
PSA値が高くなると、医師から前立腺針生検を勧められる患者さんがとても多くなりました。多くの患者さんを拝見すると、前立腺針生検には、実はメリット、デメリットがあることが分かります。
このグラフを使って解説しましょう。
【メリット】
前立腺針生検により、癌細胞の組織象(=悪性度)が判別できます。上のグラフは、癌組織の悪性度別の予後(生存率)を表したものです。
5年生存率で比較すると、高分化(正常の前立腺細胞に近い顔をした良性型)が95%に対して、低分化(正常の前立腺細胞とほど遠い顔をした悪性型)が30%と、かなり生存率が低くなっているのです。したがって、悪性度の高い癌組織を早期に発見して、積極的に治療しなければならないと、普通に考えたら分かりますよね。……でも、ここに盲点があるのです。
【デメリット】
上のグラフをよ~く観察してみると、低分化(悪性型)のあまりにも急激な生存率の低下(=死亡率の上昇)は、不自然に思えませんか?
その疑問を解くために、このグラフ使って解説します。
各悪性度の死亡数を合計し、死亡率を計算すると、38.5%の前立腺癌の患者さんが5年でお亡くなりになっています。
①高分化(良性型)5年:161人×5%=8人、10年:161人×15%=24人
②中文化(中等度悪性型)5年:550人×30%=165人、10年:550人×50%=275人
③低分化(悪性型)5年:320人×70%=224人、10年:320人×80%=256人
④5年死亡数合計397人、5年間死亡率397人÷1031人=38.5%
⑤10年死亡数合計555人、10年間死亡率555人÷1031人=53.8%
ところが、厚生労働省発表の2015年統計の前立腺癌では、
罹患数: 93,400人
死亡数: 12,200人です。
単純計算で、前立腺癌患者さんのうち13%(12,200人÷93,400人)の人が前立腺癌で亡くなられています。
ここで、疑問が出てきます。上記のグラフから割出した死亡率38.5%と、日本全体で割出した実際の死亡率13%の数字のギャップの原因は何なのでしょうか?
上のグラフの高分化(良性型)が少な過ぎるのです。実際には、高分化の患者さんは、最と多く存在する筈です。
つまり、全国レベルで考えると、予後の良好の高分化の前立腺癌を必要以上に発見しているという事です。前立腺癌と一度診断されると、患者さんは、前立腺癌で亡くなることはないのですが、何十年も精神的トラウマになるのです。患者さんを救うはずの医師が、患者さんを不幸にするとは、何という事でしょう!
前立腺癌の組織を確認し確定診断するのは、泌尿器科医として常識です。医師が病理組織を観察したいという気持ちの結果です。しかし、前立腺癌を発見しようとする余りに、過剰診断・過剰治療(過ぎたるは及ばざるが如し診断・診療)が問題になっていますが、場合によっては、命に危険を伴う診断と治療になる可能性があります。

最近、話題になっているが、アオリ運転による交通事故や交通トラブルです。大人しい人間が、ひとたび車運転をすると、横柄で横暴な気の短い人間に変身して交通トラブルを起こすのです。
長い年月、人の前立腺の中に潜んでいた癌細胞を針生検により刺激して、突然として横柄で横暴な気の短い前立腺癌に変身するのかもしれません。
最近のコメント