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過活動膀胱

■過活動膀胱とは
過活動膀胱は、蓄尿機能の障害により、急に我慢することが難しいほどの強い尿意(尿意切迫感)を感じたり、頻尿や夜間頻尿を引き起こしたりする病気です。
そもそもどうして、頻尿になるのでしょうか。例えば、500くらい溜まったところで膀胱が収縮しはじめ、尿意を感じるというのが普通だとすると、過活動膀胱患者は100くらい溜まったところで膀胱が収縮し始めてしまう。この場合、トイレに行く回数は、普通の人が1日5回だとすれば、頻尿の人はその5倍ということですから、25回にもなってしまいます。
頻尿を改善しようとシンプルに考えると、100溜まったくらいで収縮し始める膀胱を、500溜まってから収縮し始める膀胱にしてあげればいいわけです。そのためには、膀胱の容量を増大させればいいのではないかというのは、想像しやすいのではないでしょうか。
では、膀胱の容量を増大させるにはどうすればいいか。膀胱の構造を作っている、平滑筋という筋肉にそのカギがあります。

■平滑筋に存在する3つの受容体
平滑筋は、胃や大腸・小腸、膀胱や尿道など、あらゆる内臓の筋肉を構成している筋肉です。骨格筋のように、自分の意志で動かすことができる筋肉とは違い、平滑筋は、自分の意志で動かすことができません。
健康な人の場合、排尿を行うときには、膀胱で尿の貯蔵庫のような役割をする平滑筋が収縮すると同時に、尿道付近の内尿道括約筋が弛緩します。内尿道括約筋は、肛門や内尿道口などの部位に存在する輪状の筋肉で、バルブのような役割をする筋肉です。
一方、蓄尿期(尿を膀胱に溜めるとき)には、平滑筋は弛緩し、膀胱の容量を増大させるとともに、バルブとしての内尿道括約筋は収縮します。貯蔵庫が膨らみ、バルブが閉まっている状態です。

過活動膀胱患者では、こうした収縮・弛緩のバランスが乱れてしまっているため、いかにしてこれをコントロールするかがポイントです。そのために、薬物療法においてターゲットになるのが、膀胱の平滑筋に存在するムスカリン受容体、α受容体、β受容体という3つの受容体です。

■ムスカリン受容体とは
まず、ムスカリン受容体について説明します。健康な人は排尿をするとき、副交感神経の末端から分泌される伝達物質アセチルコリンがムスカリン受容体と結合することで、平滑筋がぎゅっと収縮します。
しかし、過活動膀胱患者では、蓄尿期においても、アセチルコリンが放出されて、ムスカリン受容体を刺激してしまうことで、平滑筋の異常な収縮が起こってしまいます。
ここに目を付けたのが、アセチルコリンとムスカリン受容体が結合するのをブロックする、抗コリン薬です。代表的な医薬品として、ソリフェナシン(製品名=ベシケア)をはじめ、イミダフェナシン(ウリトス/ステーブラ)、トルテロジン(デトルシトール)、プロピベリン(バップフォー)などがあります。

ただその一方で、抗コリン薬には、内尿道括約筋が弛緩しにくくなるようにする作用もあるため、副作用として、尿がでにくくなったり、残尿量が増えたりするなどの排尿困難が起こることがあります。また、抗コリン薬は、唾液腺や腸管など、膀胱以外に存在するムスカリン受容体に作用してしまうことがあることから、口の渇きなどが引き起こされることも、副作用としてよく指摘されていますね。
一般的に、過活動膀胱では標準的な治療薬として位置付けられている抗コリン薬ですが、こうした副作用の問題が治療では大きな課題となっており、わたしも過活動膀胱患者に抗コリン薬を投与するのにためらいがあります。

■α受容体とは
次にα受容体について説明します。膀胱の平滑筋の細胞膜表面には、α受容体とβ受容体と呼ばれるアドレナリン受容体が2種類存在します。普通、蓄尿期には、交感神経の末端からノルアドレナリンが放出されて、平滑筋にあるβ3受容体を刺激することで、平滑筋を弛緩させるともに、α1受容体を介して尿道が収縮します。これが排尿を行うときになると、ノルアドレナリンの放出が抑制され、平滑筋が収縮、尿道が弛緩するわけです。

α受容体を大きく分けると、α1、α2、α3とサブタイプがあるのですが、前立腺や膀胱で働くのはα1受容体です。α受容体は、交感神経から放出されるノルアドレナリンに結合すると、平滑筋を収縮させたり、尿道を収縮させたりします。尿道が収縮して狭い状態になると、尿が出にくくなり、残尿状態になってしまうこともあります。するとすぐに尿が溜まってしまうので、排尿回数が増えることにもつながります。
α1受容体とノルアドレナリンの結合をブロックすることで、平滑筋や尿道の収縮を抑制するのが、前立腺肥大症治療薬として用いられるα-ブロッカーです。ウラピジル(エブランチル)、タムスロシン(ハルナール)、シロドシン(ユリーフ)、ナフトピジル(フリバス)などが知られています。

■新規作用機序「β3受容体作動薬」の登場
最後に、β受容体について説明します。β受容体にも、β1、β2、β3というサブタイプがありますが、膀胱の弛緩作用に関係するのは、β3受容体です。

健康な人の場合、蓄尿期では、ノルアドレナリンが放出され、β3受容体に結合すると、排尿筋が弛緩します。しかし、先述のとおり、過活動膀胱では、蓄尿期でもアセチルコリンが放出され、ムスカリン受容体に結合し、膀胱の収縮が起こる。このため、十分な量の尿を貯められるだけの弛緩が起こらなくなってしまっています。

ですから、膀胱の容量を増大させようと考えた場合、β3受容体を刺激したら都合がいいわけです。そこで、2011年9月に発売されたミラベグロン(ベタニス)は、β3受動体を作動させることで、膀胱の弛緩作用を増強させ、膀胱の用量を増やします。そうすると、膀胱内圧が下がるから、尿意も下がり、頻尿が落ち着くだろうというのが、一般的な考え方ですね。
抗コリン薬やα-ブロッカーが平滑筋を「収縮させない」方向に働くのに対して、平滑筋を「弛緩させる」方向に働くわけです。

国内で行われたフェーズ3試験では、ミラベグロン群は、主要評価項目である平均排尿回数の変化量のほか、副次評価項目とされた平均尿意切迫感回数、平均尿失禁回数や平均切迫性尿失禁回数のいずれの変化量に関しても、プラセボ群に比較して有意な改善を示しています。
また、安全性の面で、フェーズ3試験で見られた主な有害事象の発現率は、ミラベグロン群で74.1%となり、プラセボ群およびトルテロジン群と同程度でした。発現率が10%以上であった有害事象は、血中ブドウ糖増加(19.5%)、尿沈渣異常(14.2%)、鼻咽頭炎(13.2%)、血中クレアチンホスホキナーゼ増加(12.9%)などでした。
わたしも臨床試験に参加しましたが、抗コリン薬で見られるような、副作用としての排尿困難が、ベタニスでは抑えられたように感じたこと、また、中には改善された患者もいたことが非常に印象的でした。

平滑筋、「感覚装置」としての側面も?
一方、実際に臨床で使ってみてから、わたしにはミラベグロンの薬理作用や平滑筋の役割について、別の可能性も見えてきました。

「膀胱の容量が増大し、膀胱内圧が下がることが、尿意切迫感の改善につながる」。これが一般的に説明されるミラベグロンの作用ですが、わたしには疑問もありました。
そもそも膀胱の平滑筋は、「動力装置」として、膀胱を収縮させたり、弛緩させたりするのが役割です。少なくともわたしの調べた範囲では、組織学の専門書にも病理学や生理学の専門書にも、膀胱粘膜に、尿意を感じるための「知覚・感覚装置」があるという記述はなく、現在の医学における平滑筋の位置づけは、尿意や尿意切迫感などに関与する「感覚装置」ではないはずで、あくまでも「動力装置」なんです。それにもかかわらず、知覚神経遮断薬(麻酔薬・神経作動薬)でもないミラベグロンの服用で、尿意切迫感が軽快するというのは不思議だなと思っていたんです。

膀胱の収縮や弛緩を司る「動力装置」としての平滑筋に作用するベタニスが、なぜ、尿意切迫感などの知覚・感覚にも影響を及ぼすのか。これが分かれば、そもそも「尿意や尿意切迫感はどこで感じるのか」ということへの答えも見つかるかもしれません。
これは、あくまでもわたしの考えですが、常識的に「動力装置」だけだと思い込んでいる平滑筋の機能には、実は「感覚装置」としての機能もあるのではないでしょうか。そう考えれば、平滑筋が収縮すれば「尿意」を感じ、収縮が解除されれば「尿意」が消失すると考えることも可能です。

■ミラベグロン、安全性に問題は?
ミラベグロンの添付文書の「警告」の項では、「生殖可能な年齢の患者への投与はできる限り避けること」という記載があります。これは、動物実験(ラット)で大量の投与を行ったときに、前立腺や子宮が小さくなったという報告があったためです。大量投与が問題ということですから、常識の範囲内で服用する分には、大きな問題はないのではないかと思います。
しかしなぜ、動物実験では、ラットの前立腺や子宮が小さくなってしまったのでしょうか。平滑筋は過度に収縮した場合、それが戻らないと、細胞が破壊されて平滑筋は線維芽細胞に変化し、脆弱型コラーゲン線維を作り、線維組織になってしまいます。この現象が、過活動膀胱の終点である「委縮膀胱」です。
では逆に、過度に弛緩するとどうなるのか。当然、平滑筋は破壊され、最終的には組織に吸収されて、なくなります。吸収されてしまうわけですから、平滑筋の多い臓器である前立腺や子宮が小さくなってしまうということも分かります。

過活動膀胱の治療薬として見た場合、ミラベグロンのこうした側面はもちろん、注意すべき事項ですが、例えばこの副作用を逆手にとって、前立腺肥大症や子宮筋腫の治療薬につなげることも、将来的には可能なのかもしれません。新規作用機序の薬剤ですから、いろいろな可能性を持っていると思います。

■過活動膀胱治療のこれから
過活動膀胱をはじめとする排尿障害というのは、それが直接命にかかわる病気ではありませんし、医師からも患者からも、軽んじられがちです。十分な診察や、検査がなされないまま、泌尿器科で十分な治療を受けるべき患者が、原因不明だとして精神科に紹介されてしまうケースも多々あります。
でも、取るに足らないような症状であっても、人によってはそれが重大なことにつながることも多いわけですよね。もしかしたら体が何らかの異変を訴えて、その症状を起こしているのかもしれません。膀胱から脳に上がるまでの長い道のりの中にはいろいろな神経がありますから、膀胱の異常がめまいや肩こり、頚椎症や胃の痛みなどのあらゆる症状につながることも多いわけです。医療者は、患者の体が発しているサインを積極的に見つけてあげないといけません。

【備考」
この記事は、2012年にある健康雑誌に投稿した記事を一部修正しています。

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コメント

はじめまして。ブログを読んで相談させて頂きたいと思います。
今3ヶ月位膀胱炎に悩まされ、泌尿科で抗生物質を出されて飲むも治らなく、病院を変えても同じ事の繰り返しで。産婦人科に行ってみるも異常は無いとの事でした。
常に炎症してるような痛みが続いている感じで、下腹部も痛くなる時もあり、痛みからトイレに行きたいような感じもします。トイレも1時間〜2時間に1回くらいですが、行ったらまた行きたくなる時もありますが、尿はあまり出ないです。
来月は海外に行く予定があり、治して頂けるなら通院させて頂きたいと思ってます。
よろしくお願いします。
【回答】
膀胱炎ではなく、過活動膀胱の状態でしょう。
排尿障害の治療薬と過活動膀胱の治療薬で軽快するでしょう。

投稿: 30代女 | 2016/03/22 21:46

とても早い返答ありがとうございます。少し気持ちが楽になりました。近日中に伺わせて頂きます。よろしくお願いします。

投稿: 30代女 | 2016/03/22 22:15

高橋先生、こんにちは、

3/25に排尿障害と頻尿の診断をして頂いた中年男性です。水分を控えることと、処方して頂いたハルナール、ベタニスを服用して体調がドンドン良くなってきています。有難うございます。

違う要件で、血液検査を他内科医院でして頂いたところ、尿酸が10.4で、とても高く、そちらでフェブリクを処方してくれました。

尿酸の件で、再度、早めに先生に診断してもらいに言った方がよろしいでしょうか?それとも、ハルナール、ベタニスがなくなってから、再診断してもらった方が良いでしょうか?
【回答】
後者でOKです。

投稿: 40代男性 | 2016/04/01 22:07

高橋先生、こんにちは、

早速のご指導有難うございます。

療養に邁進します。有難うございました。

(o^-^o)

投稿: 40代男性 | 2016/04/02 09:43

愛知県住の20代前半の男です

一年半前に、急な尿意切迫が五分、早い時にはものの数秒で尿意が襲ってきてしまい地元の泌尿器科に行ったところ膀胱、尿には異常がなく、過活動膀胱と診断され薬を処方してもらいました
尿意のせいで自殺も考えたことがありました
時間がたつにつれて尿意切迫の症状が和らぎ普通の生活を送れるようになってきたのですが、現在また再発してしまいました
何もストレスなどを感じておらず尿意切迫などはないのですが、残尿感と頻尿で生活の質が下がってしまいました
症状としては、ペニスの先に常に尿が迫ってきている、膀胱当たり(下腹部)に違和感を感じるようになりました
それが残尿感となり外に出るのがきつくなってしまいました
出したいと思うときに力まないと尿意がでません
ですが、朝起きたときは貯まった分は自然と出てきます
これは過活動膀胱の症状なのでしょうか
過活動膀胱の時に必死にこの症状について勉強しましたがなぜまた再発してしまったのかが謎でしかたがありません。
また同じところに行っても若いという理由であっけない診察になってしまうのが怖くて仕方がありません。
宜しければ愛知県内で先生のように詳しい泌尿器専門して居られます方を紹介していただけませんでしょうか
よろしくお願いします。
【回答】
残念ながら、存じません。

投稿: kamiya | 2016/06/23 17:32

埼玉県在住の40代の男です。
お忙しいところすみません。
私は、数年前から徐々に頻尿が始まり、良くなったり、悪くなったりを繰り返していましたが何とかだましだましやっていました。
ところが、昨年の11月頃から、症状が続くようになりました。
症状は、昼の排尿は、8回~10回、夜は、2回~4回であり、排尿後、30分~1時間すると尿意を感じるようになり、1日中、尿のことを考えており仕事に集中出来ません。あと、症状としては、時々、下腹部が熱くなったり、痛くなったりします。週に1日位、症状が緩和することもありますが、長続きしませんでした。
そこで、先週、近所の泌尿器科に行ってきました。尿と血液、エコー検査をやり、PSAは、0、3、尿はきれいで問題なしとのことで、様子を見ましょうと言われました。ちなみに、バップフォーを投薬され飲んでいましたが、効きすぎたようで、8時間排尿なしで、久しぶりに、出たと思ったら少ししか出ず、投薬中止になっています。
このような状態ですが、何の病気の可能性がありますか
【回答】
膀胱頚部硬化症か程度の軽い前立腺肥大症でしょう。
排尿障害の治療をすれば改善するでしょう。

投稿: 40代男 | 2016/06/26 09:58

6月26日に投稿した埼玉在住の40代男です。
早速の回答ありがとうございます。
一度、診察して頂きたいのですが、予約なしでも診察可能でしょうか?
【回答】
はい。

投稿: 40代男 | 2016/06/28 21:32

ベタニス休薬後に、再度、膀胱刺激症状(尿意切迫感)が発症したため、昨日、ベタニスに代わってベシケアを新たに処方いただいた田中です。休み明けにもかかわらずお電話でのご対応、有難うございました。助かりました。
さて、昨日お電話ではお伝えできなかった点がありますので、補足してお伝えするとともに、先生のご見解を伺えればと思い、メールさせていただきます。
ベタニス使用中は、確かに便秘になり、結果、大腸・肛門科で洗腸する羽目になったことは診察時にお伝えした通りですが、夏バテで食事が殆ど喉を通らず、また極度に水分摂取量を控えたことも原因かなと思ったりしていますので、必ずしもベタニスの副作用だけが便秘の原因ではないと疑っています。今後、ベシケアが合わなかった場合(効かない、あるいは副作用が出る等)、再度ベタニスへ戻していただくことは可能でしょうか?
【回答】
はい。」

先生のブログ「過活動膀胱」を拝見したところ、ベシケア等の抗コリン薬は副作用が多く投与することにためらいがある旨の記述がありましたし、ハルナール&ベタニスのコンビで、一旦は尿意切迫感が落ち着いたのも事実なので、再度試してみる価値はあるかなと思った次第です。
あと、先生のブログ「フリバスとハルナールとユリーフ」を拝見しますと、「排尿障害はそれ程苦でもなく、夜間頻尿などの膀胱刺激症状が主体であれば、フリバスやアビショットがよい」とあり、私の症状も現在(今回)は膀胱刺激症状が主体ですが、ハルナール&ベシケアのコンビで1か月使用した後、効果が余り認められない場合、アルファブロッカーもフリバスへ変更していただくことは可能でしょうか。
【回答】
はい。」

投稿: 田中 | 2016/08/17 10:51

早速のご回答ありがとうございました。
薬が切れる頃、またご相談させていただきます。
なお、ベシケアですが、先生のブログにある通り、口がよく渇きます。
私にはベタニスより渇く印象です。

投稿: 田中 | 2016/08/18 15:38

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