時間の存在
最近、「時間はどこで生まれるか」(橋本淳一郎著 集英社新書)を読み面白かったの感想を述べます。
本によると、ニュートン物理学の世界観では、絶対的空間と絶対的時間が存在していました。我々人間が五感で容易に認識できる世界観です。
ところが時代が変わり、アインシュタインの相対性物理学の世界観では、時間と空間は密接に関係しており、相互に変動する可能性があることが分かりました。空間そのものもエネルギーに変換しうるというのです。でもこの現象は五感を持った人間にはとても理解しにくい現実です。
さらに量子物理学のミクロの世界では、時間も空間もエネルギーも存在しないというのです。我々凡人には到底理解できない現実です。
時間という概念は、マクロ世界の人間も含めた生命が認識する概念なのです。生命が存在しなければ「時間」という概念は存在しないのです。宇宙はただそこに存在するだけのものなのに、生命が存在することで、宇宙に時間というものが生じたことになります。
生命が時間を認識するためには、変化を認識しなければなりません。その変化の認識によって、生命は「好し」と評価し、自分が生きていると自覚し喜びの状態になるのでしょう。
すると、変化がないときには、生命は「不快」と感じるのでしょうか?その事こそが「病気」の原因かも知れません。
例を具体的に挙げましょう。
排尿のサイクルは右のイラストの如くです。蓄尿・排尿・リセットの各相が存在してます。毎日の排尿回数を5回~6回とするのならば、蓄尿時間は7千秒~1万秒、排尿時間は30秒前後、リセット時間は10秒前後でしょう。
脊髄や脳はこのリズムを心地よく感じていて、それを正常な排尿と認識するのです。このリズム、すなわち秩序ある時間の流れの繰り返しこそが、生命の好物なのでしょう。
ところが、何らかの原因で排尿障害があると、このリズムは狂います。生命にとっては不愉快極まりない状態です。
排尿障害で膀胱頚部が振動し、そのため感覚器である膀胱三角部が硬化すると、蓄尿相に膀胱三角部が十分に伸展しない、排尿時に膀胱三角部が漏斗状に変身しない、排尿直後に膀胱三角部がリセットしないと、本来の排尿サイクルのタイミングを失います。すると秩序あるリズムでなくなるので、脊髄も脳も不愉快になり、正常なリズムを捜そうと脊髄内の神経回路が発達し、増幅回路になり頻尿や関連痛の温床になるのです。
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