友人の死

私の友人が亡くなりました。
救急病院の勤務医時代に、内科に関することを教えてくれた東大出身の内科医です。現在の臓器移植ネットワークの基礎を作った人です。当時、腎臓移植の延長線上にあった臓器移植の主導権をとろうと、既得権のある総合病院・有名病院・大学病院の魑魅魍魎の医師たちの争いの中で、まったくしがらみのないネットワークとセンターを作り上げました。当然、臓器移植ネットワークの初代総裁になるべき人物だったのに、完成されたの確認してからゴタゴタの責任を全て持って、在野(SONY健康管理部)に降りた人でした。「もったいない!」と私は思いましたが、正義を貫いた人でした。人脈も豊富で博識で尊敬できる医師でした。一流をとても愛した人でした。

武蔵高校を卒業、慶応大学医学部を現役で合格し、お父上の親戚が皆東大出身だったので、お母様のために翌年東大の理Ⅱに入り、教養課程で最高の平均点を上げ、理Ⅲ(医学部)に転部した脅威の頭脳の持ち主でした。
私の医師としての考え方、物事の曖昧さを排除し、事象をクリアカットに定義し、分からない部分は不明と定義するそんな考え方を教わりました。ですから患者さんにもクリアカットに説明できるようになりました。医師が曖昧に説明すると、混乱し困るのは患者さんだからです。
泌尿器科医の苦手とする超音波検査を私が得意となったのも、彼の1回のアドバイスで受けた一言(真髄)のお陰です。

お父上も東大出身で順天堂大学の有名な内科教授で、教授の任期中に心臓で亡くなられていました。
彼も18日の朝、自宅において急性心不全で亡くなられたそうです。

17日の夕方から私は体調を崩し、風邪気味?でした。その日は午後8時に就寝しました。翌18日の朝、午前中から手足が何となく自分のものではないような感覚があります。
Yamakawakazuo翌19日には、身体の右半分がしびれています。力が出ないわけではありませんが、頭の先から足のつま先まで、正座をしてしびれた足のようです。本日20日になって、しびれは軽減してきました。大分治ったと思って、新聞を開いたら死亡欄に友人の記事です。

今回の私の症状は、風邪ウィルスによる脊髄神経根の炎症が原因でしょう。風邪症状の翌日から発症で全身の右側半身だけというのが、脳梗塞でもなければ、ギラン・バレー症候群でもありません。こんな風邪症状の患者さんを、医師になってこの29年臨床現場で経験したこともありません。友人が旅立つ前に、私にチョッといたずらし、勉強させてくれたのかも知れません。

お通夜に行きました。大勢の参列者がいました。彼の叔母さんで同時に私の患者さんでもある方と会釈をしました。参列者に話しを聞くと、彼は5月に不整脈で入院精査していたそうです。6月には仕事場に出ていたそうです。突然の死です。
私の右手は90%近く回復し、自分の氏名をいつもと同じに記帳することができました。私と違って、例えいたずらでも、やることにそつがない先生でした。味方にすると頼りがいがあり、敵にすると恐いタイプの友人でした。

彼のご冥福を、合唱。

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時間の存在

最近、「時間はどこで生まれるか」(橋本淳一郎著 集英社新書)を読み面白かったの感想を述べます。

本によると、ニュートン物理学の世界観では、絶対的空間と絶対的時間が存在していました。我々人間が五感で容易に認識できる世界観です。
ところが時代が変わり、アインシュタインの相対性物理学の世界観では、時間と空間は密接に関係しており、相互に変動する可能性があることが分かりました。空間そのものもエネルギーに変換しうるというのです。でもこの現象は五感を持った人間にはとても理解しにくい現実です。
さらに量子物理学のミクロの世界では、時間も空間もエネルギーも存在しないというのです。我々凡人には到底理解できない現実です。

時間という概念は、マクロ世界の人間も含めた生命が認識する概念なのです。生命が存在しなければ「時間」という概念は存在しないのです。宇宙はただそこに存在するだけのものなのに、生命が存在することで、宇宙に時間というものが生じたことになります。

生命が時間を認識するためには、変化を認識しなければなりません。その変化の認識によって、生命は「好し」と評価し、自分が生きていると自覚し喜びの状態になるのでしょう。
すると、変化がないときには、生命は「不快」と感じるのでしょうか?その事こそが「病気」の原因かも知れません。

Time例を具体的に挙げましょう。
排尿のサイクルは右のイラストの如くです。蓄尿・排尿・リセットの各相が存在してます。毎日の排尿回数を5回~6回とするのならば、蓄尿時間は7千秒~1万秒、排尿時間は30秒前後、リセット時間は10秒前後でしょう。
脊髄や脳はこのリズムを心地よく感じていて、それを正常な排尿と認識するのです。このリズム、すなわち秩序ある時間の流れの繰り返しこそが、生命の好物なのでしょう。

Time2ところが、何らかの原因で排尿障害があると、このリズムは狂います。生命にとっては不愉快極まりない状態です。
排尿障害で膀胱頚部が振動し、そのため感覚器である膀胱三角部が硬化すると、蓄尿相に膀胱三角部が十分に伸展しない、排尿時に膀胱三角部が漏斗状に変身しない、排尿直後に膀胱三角部がリセットしないと、本来の排尿サイクルのタイミングを失います。すると秩序あるリズムでなくなるので、脊髄も脳も不愉快になり、正常なリズムを捜そうと脊髄内の神経回路が発達し、増幅回路になり頻尿や関連痛の温床になるのです。

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願い

Negai2「ザ・シークレット」で宇宙の法則を説明しましたが、ここではもう少し具体的なテクニックについて説明しましょう。ほとんどの内容が本からの受け売りなので、そのおつもりで・・・。
ご自分で望んだ未来にしかならないという法則なのですが、望む姿が具体的な状態でなければ、具現化しないのです。一部の人間を除いて、世界中の人間がおそらくは大金持ちになりたいと思っているでしょう。その場合、ただただお金持ちになりたいでは、お金持ちにはならないのです。まれに、宝くじが当って億万長者になったとしても、それで終わりです。その後お金持ちの状態は長続きしなくなり、結局は破滅のパターンがやってきます。

Negaiでは、どのようにして思えばよいのでしょうか。
例えば、私の場合であれば、高校を卒業してから浪人を経験して何とか医科大学に入学でき留年もせずに6年間で無事に大学を卒業しました。卒業した年の国家試験に合格して晴れて医師になり、そのまま研修医として大学病院で修行しました。その都度その都度、見上げると目標があり、何とかクリアして、現在は泌尿器科専門医・外科認定医・消化器外科認定医・スポーツドクターです。
現在の自分の仕事を可能な限り努力することで、名医と呼ばれるようになるかも知れません。さらに神の手(ゴッド・ハンド)と呼ばれるようになるかも知れません。研究研鑽しているうちに、新しい発見や発明をするかも知れません。それを評価されノーベル賞を受賞するかも知れません。そして偉人として伝説の域に到達するのです・・・。
・・・以上のことは夢物語ですが、このように極めて具体的に想念して願うのです。この具体的な思いの中には、「お金」という概念は出てきません。「お金」は、あくまでも社会を生きていく上での手段であって、目標にはならないのです。人間は「お金」にはなれません。当たり前のことです。自分が成れる具体的なイメージに付随する存在が「お金」なのです。
こんな私ですが、開業してから18年を経過し、税務署に2回も入られ、見解の相違?という理由でかなりの「お金」を追徴されました・・・。それでも何とか支払って、こうして生きている訳ですから「お金」は付随するのでしょう。

現在の私は、富士山で例えれば五合目までも到達していません。田子の浦港から上陸して富士市を経由して、まだ麓の富士宮を少し上がった地点です。願いの大きさに躊躇することもしばしばです。

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お妾(めかけ)さん

風邪で来院した患者さんが体験したお話です。

今から15年前、彼が独身だった頃の2月、そう今頃です。6畳の部屋で一人で寝ていると、深夜に突然寝苦しくなり、急にかけ布団ごと誰かにガバっと上半身が起こされました。
すると目の前に40歳代の女性の姿がありました。恐くて仕方がありません。この日を境に、この現象が1ヶ月も続き、屈強な彼もさすがに精神的にまいってしまいました。

Omekake_2家族に相談して、そっちの方のスペシャリストを呼んでもらいました。その方の支持で部屋をいろいろ捜してみると、仏壇の奥に小さな木魚があり、さらにその奥に亡くなった祖父のアルバムを見つけたのでした。心霊写真と思しき写真が何枚かありました。もちろん、まともな写真があり・・・その中に・・・祖父のお妾さんの写真があったのです。その顔・姿が深夜に突然に現れるご婦人その人だったのです。【お妾さんの浮世絵】

そのお妾さんはすでに亡くなっていますが、彼女の命日が話しをしている患者さんの誕生日と同じだという偶然が重なり、さらにその年が亡くなって50年、50回忌の年だったのです。

そこで成仏してもらおうと、スペシャリストの方に祈祷をしてもらうことになりました。角部屋で三方が窓になっている部屋です。部屋を閉めきり部屋の真ん中に線香を一本立てました。読経しながら線香に火をつけました。線香の煙が初めの内は一本線になってゆっくり立ち昇っていました。しかし次第に「ボッボッ」とあってはならないリズムを取りながらお線香が燃え始め、アッと言う間にその線香は燃え尽きてしまいました。

スペシャリストの方が「窓を開けてこの部屋の魂を解放しましょう!」と言って、一斉にすべての窓を開放しました。窓を背にして座っていた患者さんは、突然ガクッとなって気持ちが悪くなりゲーゲー吐き始めました。
スペシャリストの方が、「窓を背にして座り、魂の通り道を邪魔したので・・・」と言って霊的な処置を施してくれ、事なきを得ました。

その後、深夜のこの怪奇現象は起こらなくなりました。患者さんの診察の時間よりも、このお話を聞いていた時間の方が長かった・・・ある日の暇な診察室での出来事でした。

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工事の人は何処へ?

先日、自宅の電話回線をデジタルに変更しました。
そのため、東京ガスから連絡が入り、メーターと電話との接続をアナログからデジタル交換機に変える必要があるとのこと。そして、昨日、クリニックの私の方に東京ガスの下請けの工事会社の人から午前の診療中に電話が入り、「今日の10時に工事に参ります。」という内容でした。「工事に立ち会うのは妻だから、自宅に電話して欲しい」と伝えました。

午後の休み時間に、妻に工事のことを聞いたら「?」と、電話連絡は来ていないとのこと。また午前10時の工事にも誰も来ていなかったのでした。急遽工事中止の理由が不明でした。
午後の診療中に妻から、工事会社から連絡が入り、今日工事に来る予定のスタッフが朝から行方不明だ!というのです。午後予定の工事現場にも姿を現さずに、午後の予定現場から連絡が入り、私の自宅に訪問したかの確認の連絡だったそうです。自宅を出ているのは確かなのだが、本人の携帯電話にもつながらず工事会社はてんやわんやの大騒ぎをしているらしいとのこと。

本日、工事会社から連絡が入り、別のスタッフを派遣してあらためて工事を行なうとこと。問題のスタッフは未だ発見できず、家族も捜索願を出したそうです。
どうしたんだろう?理由が分からない!私の電話の対応がまずかったのかい?結末を知りたい!

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ザ・シークレット

Secret書店に「ザ・シークレット:秘密」という題名の本が山積みになっています。そして、その関連書がいくつも平積みになっています。例えば「引き寄せの法則」、「マスター・キー」などです。
この宇宙には、究極の「因果律」が存在し、自分の周囲で起きる現象や人生のエピソードは、良いにつけ悪いにつけ、すべて自分の思考の結果だというのです。
「悪いこと」を思考すれば「悪いこと」が起き、「好いこと」を思考すれば「好いこと」が起きるというのです。
宗教の中の逸話などにそのことが見え隠れします。「求めよ!さらば与えられん!」「汝の敵を愛せよ!(敵を愛せるように努力すれば、いつしか味方になる)」「情けは人のためならず(回りまわっていつしか自分が困窮した時に、自分が助かる)」「人を恨まば穴二つ(恨んだ相手が死ぬかもしれないが、自分も死ぬような目に遭う)」「我思う故に我在り コギト・エルゴ・スムス(チョッと違うか?)」などなどです。
このブログをお読みの方も、幾つか経験したことがあるでしょう。願っていたら思いがけずに実現したことなど。
そのような現象を「たまたま」と思わないで、「法則」として積極的に取り入れようというのです。
私事ですが、高校2年生のクラス分けの時に、1年生のエリートクラスから普通クラスに落とされました。勉強不足もあったのですが、さすがに悔しい思いをしました。一度、思いっ切り勉強してやろうと1学期の中間試験を一生懸命勉強しました。普通クラスの生徒なのに・・・、一番をとりたい、その一心で・・・。テストの結果、何と学年で一番の成績を取ったのです。人生の中で一番を取ったのは、これが最初で最後でしたが・・・。2年生のクラス分けをした先生たちは大慌てです。勉強のできるエリートクラスからではなく、普通クラスの生徒が一番の成績を取ったのですから・・・。『思いはかなうものだ!』と実感したのでした。そして、その学年の年間最優秀成績の生徒として表彰されたのです。(その後は下る一方でしたが・・・医学部に入学するのに2年浪人しました・・・_l ̄l○)

Perfectvision3思わず自分の過去を吐露してしまいました。さてさて、話を本題に戻しましょう。
 宇宙に存在する無尽蔵のエネルギーが、有形・無形のあらゆる具体的な存在の形となって、思考した通りに目の前に実現するというのです。(超科学ですが、理論的にはエネルギーは物質に変換可能)
この法則で注意しなければならないことは、因果律そのものは人間のように善悪の判断をしないということです。また、細かい所まで思考の内容を反映しないのです。思考した最重要項目、全体像のみを反映するらしいのです。そして思考した概念と同じ性質のものを創り出すのです。ですから思考するサイドは注意を要します。

Perfectvision2私の領域で例えを上げれば、病気になった患者さんは、『病気から逃れよう』、『早く病気が治って欲しい』と病気のことしか思考しなくなります。この患者さんの思考で何が最重要事項かというと「病気」そのものです。ですから宇宙の因果律で、「病気」のことをなお一層思考できるように、病気がだんだん治りにくく、あるいは再発するというのです。

では、宇宙の因果律を利用して、今現在の病気の苦しみから逃れるにはどうしたらよいのでしょう。
方法は単純です。思考の中心の重要事項を「病気」でないもの、すなわち「健康」なるものを置けば良いのです。
上の文面は、病気の人が宇宙の因果律を利用して、現在の状態から脱出するためのおまじない(呪文)です。「この宇宙」を「神様」でも「御仏」と置き換えても構いません。ご自分で文面を工夫・アレンジして下さい。
就寝前と寝起きに頭の中で唱えるか、実際に口に出して唱えるとよいでしょう。

地球上で意味のある言葉が発せることのできるのは人間だけです。人間は言葉に乗せて思考を確実なものにすることができます。ですから、バカバカしいと思われる呪文であっても、真面目に取り組んで損はしないでしょう。希代の陰陽師、安倍清明が真剣になって呪を唱えていたのです。荒唐無稽とあからさまに否定はできないでしょう。現在の科学だって400年後には陳腐なものになるでしょう。

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匠(たくみ)

Takumi私も今年で56歳になります。
幼稚園の園児から始まって大学卒業するまで、同学年の同級生だけで1300人以上にはなるでしょう。もちろん会話した人も見たことがある程度の人も含めてです。
開業医として18年診療し、2万を超える患者さんのカルテがありますから、2万人も診察・診療したことになります。勤務医の時代が大学8年、救急医3年の11年ですから、1万人以上は診察・診療にかかわっていたでしょう。医師との交流もあり、総勢3万3千人くらいは何らかの形で接触しています。

このように多くの人と接していると、さまざまな人の才能の形が何となくおぼろげに見えて来るものです。私が「凡才」だっただけに、才能豊かな人に憧れることもありました。勉強に関していえば、どうしてパパッと理解できないのか?一瞬にして解答が出せないのか?計算ミスをいつもするのか?授業中に自信を持って手を上げることができないのか?・・・。

上のイラストは私が考えた「才能」のイメージです。
人の才能を植物に見立てています。人が「認識できる世界」をはさんで上に「無限の神の宝庫」があり、下に「有限の人智の宝庫」が横たわっています。
私たち一般人は、「凡才」ですから「有限の人智の宝庫」から芽を出した植物のような存在でしょう。
「秀才」と称される人たち(東大・京大やハーバードに入学できるような人)は、「有限の人智の宝庫」にシッカリ根をはり、十分栄養を吸収して育つ樹木のようです。

「天才」あるいは「天賦の才」と称される人たちは、「無限の神の叡智・宝庫」から栄養を供給されて育つ植物のようです。このような人は本人が意識しなくても物事を認識・理解・行動ができるのです。少年で大学へ飛び級するような子供たちです。
我々「凡才」には可能性がない訳ではありません。コツコツと目標に向かって積み重ねれば、「努力の才」が花開くこともあります。


Takumi5しかし、天才や神童とマスコミなどで持てはやされた子供たちが、10年経っても20年経っても、一向に表舞台に出て来ません。
たまにマスコミに出て来たとしても、「あの人は今・・・」的な番組で、普通の人、我々と同じ「凡才」になっているのを発見します。本人の立場であれば、悲しい環境でしょう。
これを理解するため右上に図示しました。
急に育てられたりこねくり回されると、根や幹が十分に育たないうちに果実が大きくなり、ついには落ちてしまいます。「天才」は「凡才」の領域に下ってしまうのです。
「天才」の人が、ジックリと育てられれば、安定した存在になるのです。根も幹も太くなり、その果実はたわわに大きく立派になります。例えれば、アインシュタインがそうです。彼が子供の頃、教師に何でもかんでも質問をする「変な子」として周囲から見られていました。周囲がチヤホヤどころか白い眼で見ていたのでした。そのことが彼には逆にラッキーだったのです。日本では「米米クラブ」のカールスモーキー石井さんがそうです。彼は子供の頃、花を見てはメロディーが、また風が吹けばメロディーが頭に浮かび口ずさんでいたそうです。周囲からやはり「変な子」として見られたそうです。

Takumi3これと同じ現象が「秀才」にも起きます。
「秀才」が、コツコツと研鑽すれば、茎は幹となり大きく成長します。すると、「神の宝庫」から援助の芽が出てきて補強しようとします。「神の宝庫」からの援助の芽は短いので、十分な高さがないと援助されません。
ところが、研鑽を怠り、ただ己の欲望のままに果実を大きくしていくと、背が低いままで不安定な樹木になります。すると、「神の宝庫」の裏に潜んでいた「闇」から援助の長い手が伸び、果実を補強します。と同時に根が腐り果実は熟してしまいます。

Takumi4私たち「凡才」にも成長の可能性があります。
コツコツと「努力」の人に成りきるのです。目標を決めても構いませんし、決めなくても結構です。がむしゃらに一心不乱にただひたすらコツコツと己の信じた道を進むのです。
すると、細い茎と根が次第に太く大きな幹となり、背の高い樹木に変身していきます。さらに成長すると「神の宝庫」から芽が出て援助の手を差し伸べてくれます。補強された時点で、「神の宝庫」からも十分な養分が供給されるので、「匠たくみ」の域に達します。
成長の段階で、バランスの悪い大きな果実を持つと、「闇」から援助の手が伸びてくることに気をつけて下さい。果実が直ぐに熟してしまいます。

「天才」や「秀才」と呼ばれる人が「匠」の人になったとは聞いたことがありません。「凡才」の人しか、まず「匠」になれないのです。
仏教の世界では、この世の人しか「仏」になれないのです。この世の人が修行して初めて「仏」という存在になるのです。仏教では、よい行いをすると天国に生まれ変わりますが、天国人は「仏」にはなれないのです。天国人が「仏」になるためには、一度人間に生まれ変わらなければなりません。

「仏教」のこの世界観と、「凡才」だけが「匠」の域に入れるというのは似ていませんか?

【注意】
このイメージは私の妄想ですから、左から右へ受け流して下さい。
特定の宗教を補佐するものでもありません。念のため。

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お金と引き換えに・・・

大田区の三医師会(大森医師会・蒲田医師会・田園調布医師会)の新年会が、ホテルで開催されたので出席してきました。
帰宅のタクシーの中で耳にした話が驚くべきものだったので、ご紹介します。

乗車したタクシーの運転手さんは60歳過ぎの方でした。かれこれ20年間タクシー業務に就いているそうです。その20年間に勤務した大手も含めた幾つかのタクシー会社で、飲食を共にしたり仲良く会話した仲間の内、50人!が亡くなっているのだそうです。
タクシー会社の運転手の中には、会話したこともない人はたくさんいますが、身近にいた運転手さんだけで50人も病気で亡くなっているそうです。その50人は、いずれも若い頃、会社の中でトップクラスの稼いでいた運転手さんだったそうです。会話をしたこともない運転手さんも含めれば、信じられないくらい多いでしょうと・・・。

最近では、飲み仲間の運転手さんが、2年前頃に酒の席で「体の調子が悪い」と言っていたそうです。話の運転手さんが「仕事を辞めたら?」と忠告すると、「年金がもらえる65歳まで頑張る」と答えたそうです。結局、年金がもらえる前の64歳で亡くなったそうです。「馬鹿野郎が・・・」と淋しそうにつぶやいていました。

その運転手さん曰く、
「長生きするためには、稼げるからといって無理をしたらダメなのですよ。」
「今日はこれで仕事は上げます。」

・・・私も仕事はほどほどにしたいです・・・。

【補足】
高血圧で通院中の患者さんでタクシー運転手さんがいます。
先の話を尋ねた所、患者さんの会社でも昨年の一年間に5人が病気で亡くなっているそうです。中には高速道路を運転中に心筋梗塞の発作で運転を誤り壁に接触したそうです。幸いにお客さんは乗っていなかったのですが、運転手さんはそのまま息を引き取ったそうです。

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薄い影#2

午前の早い時間帯の診療中、50台の男性が、「昨日から風邪のようだ」と言って、診察室に入ってきました。
『!』・・・愛想の良い笑顔の患者さんですが・・・その笑顔が白いのです。・・・私の見え方でいえば、「影が薄い」のです。

風邪の症状をお聞きすると、体がだるく胸が少し痛いとのこと。風邪のウィルスで胸肋関節(胸骨と肋骨の関節)の軟骨が炎症を起こすと痛みます。痛みのある部分を押しましたが患者さんは痛がりません。通常、胸肋関節炎は自発痛と圧痛があるので容易に判断できますが、この患者さんには認められません。

しかし、お顔を見ると・・・「影が薄い」のです。・・・胸の痛みなので、心電図を取りました。すると、見たこともない心電図の所見です。典型的な心筋梗塞であれば、容易に診断できますが、心筋梗塞の心電図所見でも狭心症の心電図所見でもないのです。

地元の医師会に、循環器の専門医がいるので、その先生を紹介し、すぐに行ってもらいました。
診察室を出るときに患者さんは、「大丈夫ですよね?」とニコニコしながら私に尋ねました。さすがに「影が薄い」とは言えずに、「風邪のウィルスで心内膜炎や心嚢炎になることがあるので、専門医に診ていただきましょう。」と告げました。

午後の診療中に紹介先の循環器の先生から電話連絡がありました。その先生も診察した時点で急を要すると判断し、近くの赤十字病院へ紹介しました。即刻入院、ICU(集中治療室)で治療を受けているそうです。

月曜日に循環器の先生から連絡がありました。患者さんが風邪で来院したのは、木曜日です。当日に赤十字病院に入院しましたが心臓の働きが次第に悪くなり、土曜日に急遽、最新高度医療病院に転送になり、緊急バルーンパンピング(機能不全に陥った心臓を助けるために、心臓・大動脈に特殊な装置を挿入し心臓を補助する)をしましたが、残念ながら日曜日に亡くなられました。診断は「劇症型心筋炎」だそうです。何らかの原因(風邪のウィルス?)で、心臓の筋肉が炎症を起こし、炎症を起こした心筋は死にます。心臓全体の筋肉が炎症を起こした時点で、心臓が停止するというものです。(日本心臓財団HPを参照

私が感じている「薄い影」は、近い将来から半年後の将来の間の生命の危機を暗示します。絶対的な運命ではなく、先の「薄い影」の患者さんのように生還される可能性が多々あります。健康面の「薄い影」についての理論は、前回のテーマで詳述していますから、参考にして下さい。
しかし、患者さんをぼんやりと診察していたり、検査やデータだけに注目していると見逃すのです。最近の若い医師は検査データ至上主義です。また、患者さんを直に診察していると言っている割には、直感を低く見ています。井原さんの霊感ではないけれど、もっと感性を高めましょう。そのような覚悟で患者さんを観察すれば、見えるようになるのです。何事も訓練・鍛錬です。

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薄い影

先日(9月21日)、前立腺肥大症の術後の66歳の患者さんが、術後報告に来院されました。
手術後の経過は良好で、排尿状態もすこぶる良く、手術をしてもらって良かったと喜んでおられました。・・・しかし、・・・しかし、その患者さんの「影が薄い」のです。貧血で顔色が悪いのでもなく、とにかく影が薄く見えるのです。

「体の調子が悪くありませんか?」と尋ねると、否定されます。しつこく尋ねると「胃がチョッともたれます。」という返事です。
「地元の大きな病院で、必ず胃カメラを行なってもらってくださいね!」と私に念を押されて、患者さんは帰られました。

Maca20039m66pathoその2ヵ月半後の本日(12月8日)、その患者さんが久しぶりに来院されました。患者さんの影が戻り濃くなっているのです!
「先生の言いつけ通り、地元の病院で胃カメラを行なったら、胃前庭部に胃癌が見つかり、手術しました。」
「地元の外科の先生が、胃前庭部に発赤がある。私は様子をみたいと言ったら、主治医が胃癌を疑うので手術をすすめられました。」
「術後の結果は悪性度が中くらいで、浸潤も転移も発見されませんでした。」と喜んで報告されました。

Maca20039m66私もホットです。「実は・・・」と言って、カルテを患者さんに見せました。殴り書きのカルテでお恥ずかしいですが・・・カルテには「胃不快」の記載の下に「白い」とコメントをつけています。「白い=影が薄い」の私の隠語です。
患者さんも泌尿器科医である私が胃カメラ検査をしつこく念を押したのが気になっていたんだそうです。

影で何かを診断した、最近あった実話です。

【補足】
Kageこれだけの話しだと、非科学的と云われてしまうので、少し科学的な根拠を説明しましょう。
前立腺肥大症があり排尿障害が存在すると、オシッコを我慢することが多くなり、交感神経が常に興奮状態にあります。
また、癌細胞が体内にあると、癌細胞を殺すために免疫抗体を産生しようと副交感神経が興奮します。
高校生の時に学習した生物学でご存知のように、交感神経が興奮すると、体が戦闘体勢に入る状態になります。副交感神経が興奮すると、体が安静な状態になります。この二つの自律神経が同時に興奮すると、体は交感神経と副交感神経の興奮が混在した表現をとります。それが影の濃さになるのでしょう。一見元気に見えるのです。

Kage2しかし、内視鏡手術で排尿障害が軽快すると、排尿障害による交感神経の興奮は少なくなります。そのため副交感神経の興奮だけになります。免疫抗体産生顔貌になり、おそらく、その表情が「影が薄く」見えるのでしょう。

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幽体離脱

先日、前立腺肥大症の術後の74歳の患者さんが、1ヶ月ぶりに術後出血で深夜来院されました。午前0時36分です。
カテーテルを挿入し保存的に止血を懸命に試みましたが、止血できずに止む無く緊急手術になりました。
Coagulatampon12518m723超音波エコー検査で膀胱内にたまった血液の塊(凝血塊)を確認できます。
カテーテルを挿入して洗浄するのですが、一向に止血される形跡がないので止血手術に踏み切ったのです。

Coagulatampon12518m72上記の超音波エコー検査の3D画像です。
丸い球のように見えるのが凝血塊です。
手術が終了したのが午前2時47分です。
Coagulatampon12518m722止血洗浄で凝血塊は除去して、カテーテルだけが膀胱内に確認できます。
この後も、出血が続くので緊急止血手術になりました。

麻酔は仙骨神経ブロックですぐに歩行できます。手術中の録画を患者さんに説明しました。
その後、午前3時15分に手術台から立ち上がろうとした時に、いわゆる立ちくらみ状態で、患者さんが軽いショック状態になり一瞬意識を消失しました。すぐに気がつきましたが、完全ではないのでしばらく安静にしてもらいました。
結局、しっかりとした足取りで帰宅したのが午前6時ちょうどでした。

自宅の妻は0時前に、急患で私がクリニックに呼ばれたのを知っています。午前3時過ぎにふと目を覚まし、私がまだ帰宅していないのに気がつきましたが、また夢の中に入りました。
その時妻は、患者さんがショックを起こして私がてんやわんやになっている夢を見たそうです。午前3時15分に患者さんがショック状態になりましたから、まさにその時刻なのです。
緊急手術で止血に手間どり遅くなると思ってもよいのに、術後に患者さんがショックを起こしていると夢見たことに驚きです。私の手術技量に妻が絶大の信用を置いてくれているのか?、はたまた幽体離脱でクリニックの現場を見ていたのか?不思議な出来事でした。

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排尿障害と水分代謝と原因不明の病気

【人体は宇宙】
人の体は小宇宙にたとえられます。宇宙のようにすべての次元が幾重にも織られて造られた複雑な存在です。現代医学で理解されているの人間の構造やシステムは、未だに不完全です。
しかし、科学が万能だと勘違いされている人たちは、重箱の隅をつつくような努力はしていますが、現在の診断法や検査手段に固執し旧い考え方から脱却できないでいます。

実際に原因不明の解明されない病気は結構存在します。シェーグレン症候群然り、最近話題になった線維筋痛症然り、間質性膀胱炎然りです。原因が不明だと、自己免疫疾患やアレルギー疾患という分類に何でもかんでも収めて、後でジックリ考えようという態度に思えて仕方がありません。

【医師の思考回路】
重箱の隅をつついて研究し没頭する世界は、受験勉強の難問を解くのに慣れている医師たちにとっては、心休まる世界です。特に知能指数の高い医師にとっては、難問の世界は仮想世界ではなく、現実世界と錯覚していたのでしょう。小学生、中学生、高校生と難問の解答の先が現実の世界にそぐわないものであった事実に虚無感を覚えた、若かりし頃の気持ちはすでになく、現実に苦しむ患者さんをよそに、研究のための研究というのが現実です。
数年前に癌治療学会の席上、高名な医師が「これら基礎研究が実際の臨床現場で役立つのか?」と苦言を呈したことがありました。
研究のための研究は、「木を見て森が見えない」状態だと私は思います。
【葉と枝と木と林と森】
さてさて、前置きが長過ぎました。
ここで水の流れを中心に、人の体を「森を見る」ようにして考えてみましょう。
臨床で調べる検査データは「枝葉」を視ることです。人の解剖学・臓器を調べるのは「木」を診ることです。人の生理学・内分泌・代謝は「林」を見ることです。全体像=森=真実を観るためには、さらに大きな視点から観ることが必要になります。大きな視点は、科学的な現代医学からは逸脱することがありますから、その辺はご了承下さい。
Watercycle_1
【水の流れ】
上記の図式は、細かい医学常識を無視した「水の流れ」の大よそのイメージです。(こころの中のこのイメージが大切です)
食事や飲水で口から体の中に入った水は、水分代謝の世界を作ります。大腸で吸収された水は、血液の溶媒として流れに乗ります。この水を「場」として内分泌システムや免疫システムが円滑に稼働します。もちろん血液細胞・免疫細胞・免疫抗体・胃液腸液胆汁などの消化液も水という「場」なしでは存在は考えられません。
この水が作る「場」はとても重要です。生命現象であるイオン反応・電離現象・酵素反応などのあらゆる化学反応は、水の「場」という存在なしには考えられません。しかし、重要な生命反応が華々しい表の現象であるために、「場」としての水の本当の顔、つまり裏の重要な現象である「水の排泄」が見えなくなってしまうのです。血流や免疫反応を「単なる水の排泄現象だ!」とは誰も思いもよらないでしょう?
血圧の維持も水が必要です。涙が出なければ視界を確保できませんし、唾液が出なければ食事ができないばかりでなく会話もできなくなり、人としての社会性までもが阻害されてしまいます。

Water_1生命の営みは極論すれば(あくまでも極論です)、水の様々な形での「排泄」の一言に尽きます。血液システム・内分泌システム・免疫システムでの「場」としての水は、内部環境への水の排泄ですし、尿・汗・涙・消化液での水は外部環境への水の排泄です。
この排泄のどこかに支障があれば、システム全体に狂いが生じるのは容易に理解できるでしょう。よっぽどのことがない限りシステムに狂いが生じないと考える方が、無理な考えだと思います。

【水と臓器の役割】
尿は腎臓で生産され尿管を通過して膀胱にたまり排泄されます。
涙は涙腺から分泌されます。唾液は唾液腺から分泌されます。肺呼吸の呼気からは水蒸気が排泄されます。運動を行なった時の汗は汗腺から分泌されます。食物の消化・吸収に必要な消化液は、胃腺から胃液が膵臓からは膵液が肝臓からは胆汁が腸腺からは腸液が分泌されます。
骨髄で血液細胞・免疫細胞がつくられます。脳下垂体・甲状腺・副腎・膵臓・心臓・腎臓からホルモンが分泌されます。これらすべての臓器・器官は血液中に溶けたホルモン・電解質・濃度や自律神経を介して複雑に微妙にコントロールされています。一部が全体であり、また全体が一部であるという状態です。
ここまでは、葉から枝へ、枝から木へ、木から林への思考の広がり的考え方です。

上図のシステムの中で、一番多く排泄される水が尿ですから、尿排泄の微妙な変化は、たとえ微妙であっても他の水排泄に関わっている器官や臓器に負担をかけるというのはうなずけると思います。
調べてみるとわずかな排尿障害があり、頻尿と陰部の痛みがあるご婦人が、涙と唾液の出ないシェーグレン症候群を合併していると聞き、「排尿障害を治療したらシェーグレン症候群が軽快するよ!」と予言したのを全く根拠のないホラとは思えないでしょう?
汗分泌に負担がかかる皮膚や免疫の異常で生じるとされているアトピー性皮膚炎が、排尿障害の治療で軽快できると予測が立つのです。
掌蹠膿疱症という原因不明の手のひらと足の裏の皮膚炎が、排尿障害の治療で治ったと聞き、不思議に思わない私です。
シェーグレン症候群に関しては、次のように考えます。
軽微な排尿障害で膀胱が過敏、頻尿になった状態を体がフィードバックで抑え込もうとしたのですが、腎臓・膀胱を抑え込めなかった。その代わり、他の器官が被害を受け、涙腺と唾液腺が抑えられ、その結果、涙と唾液が出ないシェーグレン症候群になったと推理したのです。
ここでは、自己免疫抗体の存在やアレルギーなどという言葉は使用しません。大きな目的のために、複雑な過程を経て小さな器官が被害を受けたという認識でいいのです。最近は、科学的エビデンス(根拠)を追求するあまり、森が見えなくなっているのが現実です。困っている患者さんは今困っているのです。10年後20年後に治療法が考案されても遅いのです。

多汗症という原因不明の病気があります。緊張すると手・顔・腋の下からポタポタと滴り落ちるほど汗が出るのです。自律神経の病気あるいは心因性とされることがあります。健常人からすれば、汗ぐらいと思われるでしょうが、患者さんは悩み苦しみます。
隠れ排尿障害が存在していて、水分代謝に負荷がかかり、その結果、汗腺を刺激して発汗しやすくなっているのかも知れません。
この辺で、林から森への思考の広がりになりました。しかし、この広がりは恐らくまだまだ続くでしょう。

Water_1【補足 図の説明】
水の代謝の観点から考えれば、生物は水を取り込んで、ただひたすらに排泄している存在です。水の排泄形態が、尿・汗・消化液・血液・リンパ液・ホルモン・涙などの様々な形をとります。それぞれの排泄形態に付随的機能があり、医学的生理学的には、その付随的機能が重視されていて、水の排泄が軽視されているに過ぎません。
尿の出が悪ければ、他の水排泄形態に余分な負荷がかかり、汗だけに負担がかかれば多汗症になり、汗と免疫のセットで掌蹠膿疱症になると考えます。また、消化液に負担がかかれば過敏性腸症候群に、消化液と免疫に負担がかかれば潰瘍性大腸炎になるのです。

【補足】
【東洋医学の考え方】

東洋医学は、日本の漢方、古代中国の漢方、中医(現代中国医学)、チベット医学、アーユルベーダー(インド医学)に大まかに分類できます。インド医学はチベット医学や古代中国漢方に強い影響を与えています。古代中国の漢方は、日本に伝わり、日本独自の漢方になりました。中国漢方では、脈診・舌診を重視し、日本漢方では腹診に重点をおきます。中医は西洋医学に強く影響され古代中国の漢方とは別の医学と考えた方が良いでしょう。
現代医学は、解剖学・生理学・病理学・微生物学・臨床検査学を駆使して、病気と原因(病因)を科学的な手法で調べ実証しています。実証できない背景が前提となっている場合、例えば気の流れ、経絡、ツボ、チャクラなどというのは、実証できないので存在しないことと等しくなり、それらを土台にして成り立つ医学は荒唐無稽の絵空事の医学になります。
しかし、歴史的には、本来科学は神が創った混沌としたこの世界を浅はかな頭しかない我々人間の理解できる言葉で表現しようとした学問です。正確にいえば、信仰が宗教と哲学に分かれ、哲学が概念だけで思考する狭義の哲学と再現性を求める実証主義の科学に分かれたのです。何千年経過しても歴史から見れば当然完成されず、未だに手探り状態です。科学を真に知る人は謙虚ですが、中途半端に科学を知る知識人は科学を妄信します。ある意味、宗教に近いものがあります。「科学教」とでもいうべきでしょう。
私も科学的な思考法にどっぷり浸かった人間です。ですから一生懸命に科学的な考え方をするように努力しますが、それ故、科学的思考法の溝にはまり抜けなくなることがあります。
歴史が示すように、再現性のある実証、つまりエビデンス(証拠)が呪縛になり、問題の解決を遅らせるのは科学のはらんでいる矛盾でもあります。解決を早めるためには、呪縛から解放された頭の中で繰広げられるイメージの力が必要です。このような思考法が非科学的とののしられても構いません。患者さんのために科学が存在するのであって、役に立たない科学は一時でよいですから引っ込んでいるべきです。
科学的思考法は、思考が膠着し油断するとそれこそ非科学的思考に陥ることがあります。新たな科学的思考や証拠を拒絶するという愚行に出ることが、歴史を振り返るとしばしばあります。一例を挙げましょう。
出産後の産褥熱で産後の婦人がバタバタと亡くなる時代に、医師の汚い手が原因に違いないと、今では常識の医師の手洗いを薦めた医師がいました。【注】しかし、周囲の医師からは手の汚れが人間を殺せるわけがない、非科学的だとののしられました。たとえ科学的な根拠をリアルタイムに示すことができなくても、科学的な発想で証明することに意義があります。

【注】
『・・・一方,「傷は化膿して治る」という常識への挑戦も,同じく1840年代に始まる。その最初は産婦人科医,ゼンメルワイスだった。当時,出産には産褥熱がつきもので,多くの場合,それは避けられないものと考えられていた。 しかし彼は,医者が行なった出産介助で高率に産褥熱が起こっているのに,助産婦が介助した場合にははるかに少ない事に着目する。医者と助産婦で何かが違っているはずだ,とゼンメルワイスは考えた。さまざまな可能性について考え,最後に行き着いたのは「医者の手」だった。 医者は病人や産婦を見るだけでなく,病理解剖も行うが,助産婦が解剖を行なう事は無い。 当時,手術や処置の前に手を洗う習慣は無く,素手で解剖を行なった後,手についた膿を布でぬぐって,出産にたち合う事もしばしばだった。ゼンメルワイスは,解剖の時に何かが医者の手に付き,それが産婦の体内に入り込み,産褥熱を起こすと考えた。これが最も合理的に,助産婦と医者の間での産褥熱の発生率の差を説明できる。 彼は直ちに「出産に立ち合う前には,必ず手を洗うように」と医局員に命じる。それにより,産褥熱の発生は劇的に下がり,多くの産婦が救われた。 しかし,医学会は彼のこの簡単な提案とそれによる産褥熱の発生率の圧倒的な低下のデータを,徹底的に拒否した。「手を洗うなんて煩わしい」「手を洗うなんて,教科書に書かれていない」「手を洗うなんて誰もしていない」という理由で・・・。結局彼は,病院から追放され,紆余曲折の果てに失意のうちに発狂し,人生を終える。・・・』外科の夜明け(トールワルド,講談社文庫)から

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重い段ボール箱

院長夫婦が、ヨーロッパ旅行に行きました。
帰国してからしばらくたったある夜のこと、病院と自宅の間の廊下を重い荷物の入ったダンボールを引きずる音がします。「ズー・ドン、ズー・ドン」と聞こえる音です。『こんな夜遅くに、荷物が届いたのかしら?』とその時院長婦人は思いました。
翌日、院長婦人が病院スタッフに尋ねると、誰も荷物の搬入を知りません。『???』と思いながら、気にも留めませんでした。
その日の夜も、「ズー・ドン、ズー・ドン」と重い荷物の入った段ボール箱を引きずる音がします。ご主人である院長も聞いています。
その翌日も、荷物の搬入を誰も知りません。
Gyokuza【玉座のナポレオン】

日がたつにつれ、院長夫婦ばかりでなく、病院のスタッフも謎の音を聞くようになりました。
院長が次第に体調が悪くなってきました。困った院長婦人は、日頃から信心深かったので、常日頃相談する霊能力者がおり、早速訪問してもらいました。
開口一番、「最近どこかに行かれました?」
「ヨーロッパ行きました!」
「そこで何か購入しませんでしたか?」
「いいえ、特に。」
「旅行中、写真をとりましたね?全部見せてください。」
ヨーロッパ旅行をした際に撮りためた何十枚もの写真を言われるままにすべて机にひろげました。
「これは?」
「フランスの古いお城で撮った玉座の写真です。撮影してはいけないと注意されていたのですが、とてもきれいだったので思わず撮ってしまいました。」
「この玉座に憑いていた非業の死を遂げた王様の霊が写真に憑依して憑いてきたのでしょう。」
「その音は長いガウンをまとった王様が歩く音です。重いガウンを引きずる音です。」
「直ぐに写真とフィルムを処分しなさい。」
言われて、話題のお城に連絡をとると、直ぐに送って下さいとのこと。しばらくして、写真とフィルムは適切な処理をしたと報告がありました。手際のよさから、同様の事件が何例もあったのでしょう。玉座の撮影禁止も、実はこのような事件がおきないようにとの配慮だったのだろうと、後日話が盛り上がりました。

しかし、院長の具合はさらに悪くなり、遂には癌で亡くなりました。院長婦人は、3ヵ月後、後を追うように、やはり癌で亡くなりました。

Shiryofuunhaijo悲しい結末ですが、このエピソードは、事実を少し脚色した本当のお話です。
癌に限らず、原因が良く分からない病気は現実にあります。
すべての病気の原因を超常現象で済ませていたら、医師の存在価値がなくなり、陰陽師、シャーマン、魔法使いの独壇場になるでしょう。
しかし、医師がすべて治療できるわけでもありません。
右の図は、死霊たたりから身を守る中国の護符です。ご利用下さい。


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偶然

Kobe【ホテルオークラ神戸の33階の部屋からの景色】
4月14日(土)から17日(火)の間、神戸の日本泌尿器科学会総会に参加してきました。その間、クリニックは臨時休診にしました。
学会へは積極的に参加することにしています。なぜなら定期的に新しい情報を吸収しないと、患者さんに不利益を与えることがあるからです。
例えば、治せるものを治せないとか、明確な原因がある病気にもかかわらず、気のせいと誤診することもあるでしょう。
さて、16日の火曜日に午前中の発表を聞き、午後に興味のある発表がないので、昼食がてら神戸市内を散策しました。
Kobe2【海側から見た夜景】
三宮のセンター街入り口の薬屋さんで立ち止まっていると、5mほど先から見覚えのあるご婦人が男性と中むつまじく歩いてきます。通り過ぎたところで、「○○○ちゃん」と私が声をかけました。ご婦人は振り返りながら怪訝そうな顔で私を見ます。「東京の高橋です」と言うと、ハッとした顔から笑顔になりました。私のいとこでした。「平日の月曜日の午後に神戸で何をやってんの?」と矢継ぎ早に質問を受けました。横のご主人に握手をしました。従姉は私よりも年上で、ご主人は定年を迎えたと聞いていました。熟年カップルが、平日の午後に商店街を仲良く歩いている姿が印象的でした。
神戸の人口は152万人です。神戸には叔母さんといとこの2人の親戚がいます。まさか偶然に会えるとは思ってもみませんでした。2人とも神戸のどこに住んでいるかも知らなかったからです。76万人分の1人の確率です。

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聴診器の秘密

Tyosinki1816年フランス医師のラエネックが聴診器の原点を発明しました。

医師は、それまで患者さんを聴診をする際に医師の耳を患者さんの胸に直接当てて心臓や呼吸音を聞いていました。
音はよく聞こえないし、若い女性の患者さんなどはあぶらぎった医師が自分の胸に頬ずりするように耳を当てるのですからとても嫌がり、診察も十分に出来ません。
何か良い方法はないものかと悩んでいました。
ある時、ルーブルの中庭で少年たちが長い木の棒を耳に当て音を聞いて戯れているのを見て、ふとひらめくことがありました。
すぐに心臓の悪い若い女性患者さんの所に走り、紙を丸めて筒状にして患者さんの胸に当てて見たところ、心臓音がとても良く聞こえ病気の診断に非常に役立ったという有名な伝説です。

この伝説にはさらに続きがあります。ラエネックはルーブル中庭の少年たちに聴診器ヒントの御礼を言いたくて捜しましたが、少年たちの行方は分かりませんでした。
ルーブルの中庭で遊ぶ少年たちは存在しなかったと思われるのです。
偉大な発明や歴史の影には、人知の及ばない不思議な存在が見え隠れしています。
さしずめガブリエルとミカエル(ユダヤ教・キリスト教・イスラム教の大天使)が少年に姿を変えて神の啓示を授けに来たのでしょう。
これを書いている私には何時、神の啓示が来るのでしょう。

【写真】はHP「聴診器の広場へようこそ(北里大学医学部胸部心臓外科 風間繁先生)」からの写真転載です。

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シロアリ

Ari_m_i知人のご婦人が渋谷のネイルサロンで聞いた話です。
ネイルアーティストの女性との話の中で、彼女の実家の不思議な話がでました。彼女の実家の家にシロアリが出現したのです。シロアリはご存知のように木材を食い散らし、木造の家を破壊してしまいます。そこでシロアリ駆除の業者に早速連絡したのですが、何かの不手際で1ヵ月半も放置されてしまいました。
やっとシロアリ駆除業者が来てくれ床下をくまなく調べました。「シロアリはどこにもいません!」という言葉を残し、業者はさっさと帰ってしまいました。
一度住み着いたシロアリがいなくなるなんて、不思議なこともあるものだと思った翌々日に地震がありました。彼女の実家は石川県能登だったのです。
【キンチョールのHP】
Shiroari_bunpumapそれを聞いたご婦人はゾッとしました。その前日に読んでいた週刊文春(4月12日号)の室井滋さんのエッセイの中で、やはりシロアリがいなくなったら実家が地震だったという内容が掲載されていたからです。室井さんの実家も石川県だそうです。
【シロアリの分布図】

シロアリに地震予知能力があると初めて知ったエピソードです。

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客人

Arigato夕方、玄関のチャイムが鳴り、ご主人が疲れて帰宅しました。ドアを開けると、ご主人の他にもう一人見知らぬご老人がおられます。

その男性は口を開きました。
「ご主人には日頃から大変お世話になりました。一度奥様にご挨拶をと思い、今日機会があったので参上致しました。」ととても丁重なご挨拶です。
奥様はきりっとした顔になり、客人背後のご主人に、
「あなた、今日誰かお亡くなりになった?」と質問しました。
「ああ。長いこと闘病していた方がお亡くなりになったよ。」とご主人が答えました。
「その方があなたの目の前におられるわよ。」と奥様。
ご主人はバッと数メートル飛び退きました。

「お気持ちはありがたく承りました。でも自宅には入らないで下さい。自宅には子供もおり怖がります。このままお帰りください!」と奥様はその老人の霊にピシャリと言いました。

この話は実話です。私の2年先輩の外科医の奥様はかなりの霊感が備わっている方です。
(お嬢様の時代に、故人の宜保愛子さんにそっちの世界に入ったら大成するとまで言われたそうです)
彼女に言わせると、ほとんどの霊は図々しいので、怖がらずに「嫌のものは嫌!」と声を出してハッキリ説明しないと、迷惑であることを理解せず、いつまでも家に居候されてしまうそうです。
この接客法を覚えておくと不愉快な現象から身を護ることができます。
ただし一般の方は霊を見ることが出来ませんから、寒気や嫌な感じの雰囲気がした時には実践して下さい。

【マンガ】 自筆

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プリンターの暴走

3月25日(日)に1年後輩の医師が亡くなりました。3月29日(木)にお通夜に参列しました。神式の葬儀でした。
彼が泌尿器科の研修医1年生の時に、研修医2年目であった私が、わずかな期間でしたが指導しました。
2年間の泌尿器科研修を終えて、彼は外科に興味を持ち外科の教室に入局して外科医として人生を歩んだのでした。その後、彼とは20年以上も会うことはなかったのですが、3月27日に泌尿器科教室から訃報が入ったのです。享年54歳です。

今年の1月5日の病院当直の日に、鎖骨のしこりに気付き、検査を行なったら胆管癌の全身転移だということが判明しました。彼の患者さんの写真だと勘違いした放射線科の医師が、余命3ヶ月と彼に宣告したのでした。
彼が1月なのに、あわただしく「忙しい忙しい」、「時間がない」と言っているのを病院のスタッフが聞いており、自分の身辺整理をしていたのだと後に判明したのでした。

通夜から帰宅して、着替えて診察室でパソコンを起動したら、突然にプリンターが印刷をし始めました。印刷内容は、何年も前に印刷した記憶のある内容です。今のプリンターは、この5年間で4代目になるプリンターです。購入して半年もたっていない新しいプリンターです。印刷された内容は、以前のプリンターで印刷したことのある内容ですが、完全な内容ではなく、かすれていたり、内容が途切れ途切れに多段に印刷したり支離滅裂です。
プリンターのストップボタンを押しても止まらず、止む無く電源を落としました。

パソコンのコントロールパネルのプリンター設定で確認すると、現在のプリンターにはドキュメントは残っていませんが、過去の3台のプリンターには、それぞれドキュメントが残っていたので、それらを消去してパソコンを再起動したら、プリンターの暴走は止みました。
パソコンを始めてから初めて経験した現象です。診察室で「おいおい冗談は止めろよ」とひとり言を言ってしまいました。

亡くなった後輩は、一言で言うと面白い男でした。通夜の席で久しぶりに会ったので、一緒についてきていたずらをしたのかな?と家族で話題にした最近のエピソードです。
合唱。

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言霊(ことだま)

この世の真理を追究するのが哲学です。その哲学を解明するために、道具としての言葉や科学的考え方があります。
科学は専門家に任せるとして、この人生や社会生活をおくっている内に経験する多くの事柄を言葉で表記すれば、たとえどんなにささいな事であっても、この世の真理・本質が見えてくるかも知れません。(もちろん見えてこないかも知れない)
しかし我々が表記する言葉は、決まった概念(言霊)にしばられています。ですから、複数の言葉を使用して正確な意味を伝えなければなりません。
座右の銘として利用される偉大な思想家や宗教家の言葉には、なるほどとうなずけることが多々あります。それを真似て、周囲で起こることを心を込めて言葉にします。
常に未完成で、私の一人よがりですからご了承下さい。

人生の言葉
1.俺が俺がの「が」を捨てて、おかげおかげの「げ」で生きる。(テレビ番組から)
2.宿命と運命は違うもの。宿命は変えられないが、運命は変えられる。宿命は大雑把な設計図、運命は精密な青写真。設計図の範囲内で青写真は修正可能。(オーラの泉から)
3.他人の顔は、自分の鏡。暗ければ笑顔で対処。
4.心無い人に遭遇したら、精神的に乳幼児だと思え。そう思えば、腹も立たない。
5.社会的ステージとこころのステージとは、必ずしも一致しない。社会的に身分の高い人でも心の貧しい人は多い。
6.社会的に本当に偉い人は腰が低い。中途半端に偉い人は横柄。(実体験)
7.極端は身を滅ぼす。良い人過ぎてもダメ、悪人過ぎてもダメ。食べ過ぎてもダメ、食べないのもダメ。運動し過ぎてもダメ、しないのもダメ。大富豪でもダメ、貧乏でもダメ。(中庸のこころ)
8.宇宙空間に慣性の法則があるように、人の心にも慣性の法則が存在する。良い習慣にしろ悪しき習慣にしろ、一度始めたらなかなか止められない。同じ習慣を続ける方が楽である。
9.「中庸」の状態とは、静止状態をいうのではなく、動的平衡状態をさす。地面に置いた綱引きの綱の中心目印は静止状態、綱引き真っ最中の綱の中心目印は動的平衡状態。
10.仕事は人生のベストタイム。仕事が忙しいと嘆くな!ベストタイムなのだから充実していると思え!(ドキュメンタリー番組プロフェッショナルから)
11.原因が分からないからと断念をするな!幾つかの仮説を立てて徹底的に熟慮・論証しろ!到達できる筋道は1本ではない、無限にあるはず。

医師としての言葉
1.一見若いからと油断をするな。体力は年齢相応だと思え。80歳の人は、どんなに若く元気に見えても体は80歳。
2.見かけの若さはエネルギーの供給能力。本当の若さは正常な守備範囲(免疫力)。広くても狭くても老化現象。
3.スキンシップで患者さんは安心する。
4.患者さんはエゴの塊、自分の事しか主張しない。そのエゴの塊を解くのが医師の仕事。ただの人である医師は、気を静め、怒らず、叱らず・・・。
5.癌は診断されにくいのが使命。容易に診断されたら癌とはいわない。早期発見とは夢物語。どんなに小さな癌でも早期発見と浮かれるな。
6.繰り返す些細な病気に悪性疾患が隠れる。
7.病気は単純ではない。A→Bと思えても、実はA→(C→D→E→F)→Bということが多々ある。因果応報は単純ではない。複雑な縁が絡み合っている。それを解くのが医師の喜びである。
8.検査で「異常なし」とは、決められた検査の決められた条件で「異常と出なかった」ということであって、「正常」ということではない。
9.安易に「気のせい」という言葉を使うな。
10.患者さんの言葉に耳を傾けろ。患者さんの守護霊が教えてくれる。
11.スポーツで健康になるというのは幻想。データ上、外見上健康に見えるだけ。過ぎたスポーツは癌の原因。何事もほどほどに(中庸のこころ)。
12.動体視力は、5歳児と50歳が同じ。一人で活発に動き回る5歳児と、いつまでも若いと思っている50歳の人間に交通事故が多いのがその証拠。
13.この世のあらゆる現象は、それが起きるのに必要な「場」というものが存在する。時間は空間がなければ存在しない。空間が存在すれば、必ず時間が存在する。生きた肉体がなければ病気は存在しない。病気が存在すれば必ず生きた肉体が存在する。しかし、「場」は起きる現象の原因になるとは限らない。「場-現象」は必ずしも「因果-応報」の関係ではない。病気を考える時に、原因ばかり追究すると、この「場」が見えてこない。
14.風邪をこじらせて起こる咽頭炎や肺炎は、白血球が作る「場=炎症」の行過ぎ結果である。風邪はウィルスが原因であるが、ウィルスを攻撃をする免疫抗体が作られるまでタイムラグがある。待つ間、免疫抗体が仕事しやすいように、白血球が炎症という「場」を作る。白血球が「場」を作る間に免疫抗体が間に合わないと、炎症にストップがかからず、暴走してしまう。それが、風邪による化膿性扁桃腺炎・肺炎・髄膜炎である。だから、風邪のひき始めに抗生剤を少しの間、服用すると、白血球の暴走を抑えることができる。

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