性感染症クリニカルセミナー#2
11月11日(水)に私が発表した講演内容をここで掲載します。
会場に来られているのは、医師ですから内容に専門用語が使用されますので、ご容赦を。
私の持ち時間は40分でした。伝えたいことはたくさんあったのですが、何とか制限時間内に終わりました。
尖圭コンジローマについては、先ほど講演なさった高橋聡先生が詳細に述べられたので、ここでは詳細に述べませんが、空胞細胞(コイロサイトーシス)がキーポイントです。
性器に生じたイボいぼが尖圭コンジローマだと思っていると、実際に患者さんを診察する時に戸惑うことがあります。
なぜなら、尖圭コンジローマは様々な表情を持っているからです。
臨床上、尖圭コンジローマとボーエン様丘疹症を区別するのは難しいので、すべてを含めて「尖圭コンジローマ群」として視診上分類します。
トサカ型の実際の患者さんの所見です。
平面的な広がりを見せます。
表面はドライですが、水を含んでいる印象を受けます。
扁平型です。
全体的にジメジメした印象です。
融合する傾向にあります。
寿司ネタのカニ子・トビコに似たのが泡粒型です。
密集する傾向があります。
丘疹型の組織像を拡大して観察すると問題の空胞細胞が認められます。
この明るく見える部分を電子顕微鏡で観察すると、御覧のようなウィルスの粒子が確認できます。
ウィルス粒子は整然と並んでいます。スターウォーズに出てくるクローン軍の兵士のよいうです。
爪のように硬くなるのが硬化型です。
今までにご紹介した尖圭コンジローマが治療中に良性化現象の所見です。
以上の尖圭コンジローマ群を視診的に分類したのが、このスライドです。
性器に出来るイボいぼ病変として、尖圭コンジローマ群と鑑別しなければならないものを提示します。
一番有名なのが、真珠様陰茎小丘疹です。成人男性の30%前後に認められる生理的現象です。悪徳医師が尖圭コンジローマかも知れないと除去手術と包茎手術をすすめるケースが多々あります。
包皮小帯、俗に言う「裏スジ」の左右に出来るのが包皮腺・タイソン腺です。これも生理的現象です。
やはり生理的現象として存在するのが、フォアダイスです。
毛のない毛根の皮脂腺と考えればよいでしょう。
いわゆるオデキ(粉瘤・アテローマ)が性器に生じることはよくあることです。
性器ヘルペスを尖圭コンジローマと誤診することはないでしょう。
帯状疱疹は細かく湿疹が生じるので、誤診されるかも知れません。
包皮に包まれた亀頭がごつごつしていると、尖圭コンジローマ?と思いますが、包皮をむいてみるとこのような惨状です。
原因不明の丘疹もあります。
これは、カンジダ性亀頭包皮炎の丘疹タイプでしょう。
下着に血液が付き、血尿だと来院される方がいますが、実は陰嚢に生じた血管腫だということが往々にしてあります。
これまで述べた鑑別疾患と尖圭コンジローマ群の視診分類を知識として持っているからといって、実際の現場で直感的に診断できるとは思えません。
そこで、いろいろ考えた挙句、思いついたのが「フラクタル図形」です。
一定の法則で図形を構成していくと、極微から極大にいたる造形の中で、繰り返し同じような図形が生じる現象をいいます。
代表的なフラクタル図形が海岸線です。
伊豆半島を中心に拡大すると、そこここに「ゴジラ」図形が見えてきませんか?
植物にはフラクタル図形がたくさん認められます。
木の枝ぶりや葉がその典型です。光合成を目的に木全体で効率よく日の光を浴びるためにフラクタル図形になるのです。
私は食したことはありませんが、ロマネスコという名の野菜が典型的なフラクタル図形だといいます。
このロマネスクをジ~と観察していると、右の尖圭コンジローマに見えてきませんか?
要するに、尖圭コンジローマは部分を観察しても全体を観察してもフラクタル図形になります。
ボーエン様丘疹症は部分的にはフラクタル図形ですが、全体像ではフラクタルではありません。
【副作用の治療】
尖圭コンジローマで、問題になるのが、治療による副作用や後遺症です。
この患者さんは他院で液体窒素の治療とイミキモド治療で御覧のような有様になり、当院を訪れました。皮膚粘膜の糜爛(びらん)状態です。とても痛々しい所見です。
副作用の治療に関して論じる前に、イミキモドの作用気所を説明します。
イミキモドは皮膚組織内にある樹状細胞を刺激します。樹状細胞からはインターフェロンをはじめとする様々なサイトカインを放出し、ウィルス感染細胞を免疫学的に攻撃します。
「びらん」の病態生理について、私なりに考察しましょう。
ベセルナクリームで興奮した樹状細胞がインターフェロン・サイトカインなどの刺激物質を放出し、それによりマスト細胞・毛細血管・白血球が刺激を受け、皮膚組織はてんやわんやのお祭り騒ぎになります。
時系列で説明しましょう。
ベセルナクリームのイミキモドで興奮した樹状細胞がインターフェロン・サイトカインを放出します。その刺激を受けたマスト細胞などの組織球がヒスタミン・サイトカインを次々に放出し、毛細血管の膜透過性は亢進します。組織液が大量に放出され、白血球が誘引され、皮膚の細胞層が攻撃されます。白血球は皮膚の正常細菌叢を破壊し、カビが異常増殖します。白血球はカビを貪食しますが、消化することはできずに自爆します。白血球が自爆した事実を樹状細胞が探知しまたサイトカインを放出するという負の連鎖が生じるのです。
さて、この負の連鎖を断ち切るためには、いくつかの対策を考えなければなりません。まずは、ベセルナクリームを休薬するか間隔をあけるなどの工夫が必要です。
【オリジナル軟膏】
次に刺激物質を抑えることです。
高額な薬では現実的ではありません。そこでヒスタミンを抑えるようにします。
組織液が大量に放出されます。乾燥のままにしていくと、そのことが刺激になり、さらに組織液と白血球が出てきますから局所の乾燥を抑えます。保湿剤を利用します。
正常な細菌叢が破壊されカビが増殖するので、抗真菌剤を使用します。
そこで考案したのが、右の軟膏です。
先ほどの「びらん」の患者さんに、このオリジナル軟膏を使用したのが右側の写真です。
ベセルナクリームとオリジナル軟膏の使用で、患部は徐々に改善しています。
この軟膏は、びらん以外にも効果を発揮します。
この患者さんは、他の医療機関で5FUという抗癌剤で治療された方です。包皮が肥厚し色素沈着でひどい状態になり、当院を受診しました。オリジナル軟膏で皮膚が正常化しました。
この時にはベセルナクリームが市販されていなかったので電気焼灼手術を行い完治しました。
液体窒素で凍傷になられた患者さんです。
しかし、尖圭コンジローマは治ってはいません。オリジナル軟膏を塗布し、取りあえずは凍傷を治しました。
次に、オリジナル軟膏と抗ウィルス剤を混ぜ治療したところ、尖圭コンジローマは治りました。
【ベセルナクリームの絶大な効果】
副作用の治療で、ベセルナクリームの怖い面がでたのですが、実際は副作用はわずかです。そしてベセルナクリームは、とても効果的なくすりです。
ここで紹介sている患者さんは、通常であれば人工肛門にしましょうと宣言されてしまうような症例です。
20cm×10cm×10cmの大きさの巨大な肛門に出来た尖圭コンジローマです。
ベセルナクリーム単独治療で3ヵ月経過していますが、体積は4分の1までに収縮しています。今後が楽しみです。
【セカンドチョイス】
ベセルナクリーム以外にも尖圭コンジローマに効果のある薬はあります。
ベセルナクリームの効果がない場合には、これらの薬をセカンドチョイスとして軟膏基材に混ぜお使いください。
【疑問①】
臨床現場では専門書にも書かれていない事柄を経験することがあります。
想像力を働かせ仮説を交え考えてみましょう。
まず、ベセルナクリームを尖圭コンジローマ塗ると、イボの表面はそのままに、イボは小さくなります。これは不思議な現象です。
ポドフィリンや5FU軟膏の場合は、塗った部分が炎症を起こし壊死して、表面から小さくなりますが、ベセルナクリームの場合は、皮膚表面は変化がなく、全体的に小さくなります。
その答えは、顕微鏡で組織検査を行うと氷解します。
左が健康男性の包皮内板で、右が尖圭コンジローマのトサカ型です。表皮の角質層の厚さが健康な皮膚の方がはるかに厚いのが分かります。つまり、ベセルナクリームが尖圭コンジローマの深部まで浸み込むので中から組織が破壊されるのです。
右の写真は尖圭コンジローマの丘疹型です。やはり角質層が薄いのが分かります。
ベセルナクリームは、皮下組織の樹状細胞に作用し免疫を刺激するので皮下組織に浸み込まなければ効きません。正常の皮膚は角質層が厚いので影響を受けないのです。
【疑問②】
尖圭コンジローマでもベセルナクリームがよく効くものと、効きにくいものとに分かれます。その理由が分かりません。
一見有意な差のない尖圭コンジローマの組織像です。詳しく組織学的に考えてみましょう。
この組織は、尖圭コンジローマのトサカ型の組織像です。
四角く囲んだ部分を拡大したのが下の写真です。
全体を見渡して、空胞細胞(コイロサイトーシス)と思われるものが何となく見えます。ざっと数えて10個くらいでしょう。
しかし、この画面を位相差顕微鏡で見ると・・・
違う組織像のように変化しました。
白っぽい隙間が空胞細胞です。
数えてみると、この画面だけで80個以上もの空胞細胞が存在しています。
この空胞細胞を分類してみると、4つに分類できます。
この4タイプの空胞細胞がなぜできるのかを考察してみました。
科学雑誌ニュートンの表紙を飾ったイラストをこの説明に利用します。
動物細胞の大まかな構造はイラストのごとくです。
そこに外からヒトパピローマウィルス・HPVが侵入し、細胞の核内で増殖します。
ウィルスの子供は核外に放出されます。
本来存在しない筈のウィルスが核で産生されたことで、細胞内の小胞体やゴルジ体がウィルスの放出を拒みます。
ウィルスは核のすぐ外の場所でたまり始めます。
それがわずかな空胞を持つ細胞なのでしょう。
ウィルスがたまり続けると核の周囲を空胞が取り囲むようになります。それがこのタイプの空胞細胞です。
さらにウィルスがたまり続けると、小胞体やゴルジ体が厚い壁となって圧力が著しく増加します。
その圧力は核にまでかかり、核は変形します。それがこのタイプです。
小胞体と核をつなぐ連結部が引き延ばされて切れてしまうと、風船のように膨らんだ空胞のバランスが崩れ、核は小さく押しつぶされて細胞のヘリで固まってしまいます。
これが空胞細胞の完成体です。
では、この4つの空胞細胞に何の意味があるのでしょう。
完成体(完全体)の空胞細胞を例にとり説明しましょう。
細胞内のヘリに凝縮した核は死にます。核が死んでしまったのでアポトーシス(細胞融解)という現象は起こりません。空胞によってプレスされた小胞体などの細胞生命維持装置は完全に機能停止です。
プレスによって機能停止といえば、思い出すのが「ターミネーター」という映画のラストシーンです。殺人ロボットが主人公の前でプレス機械につぶされて機能停止するシーンです。
機能停止した細胞は死んだも同然ですが、核が死んでしまったので、アポトーシスは起こりません。
皮膚の細胞が機能停止した状態は角質になったことと同じです。つまり空胞細胞は「角質もどき」になったのです。爪に変化したのと同じにことです。
空胞細胞にウィルスはいっぱい詰まっていますが、厚い壁によりウィルスは細胞外には漏れ出ていきません。ウィルス情報が細胞外に漏れなければ、ベセルナクリームで興奮した免疫システムに探知されることもありません。
不完全な空胞細胞はウィルス情報が漏れ出ている可能性が高いので、免疫システムに探知されますが、完全体の空胞細胞は探知されません。
結果、不完全な空胞細胞は免疫システムによって殺され、完全体の空胞細胞は生き残ることになります。
【疑問③】
同じトサカ型でも、ベセルナクリーム治療に対してボーエン様丘疹症は治りにくく、尖圭コンジローマは治りやすいのはなぜでしょう。
そこで、また組織検査をしてみましょう。
左はボーエン様丘疹症の患者さんの組織像です。尖圭コンジローマに比較して角質層が厚いのが分かります。角質層の厚さが厚ければ厚いほど、ベセルナクリームは浸み込みません。
位相差顕微鏡で確認すると、ボーエン様丘疹症の方に空胞細胞が組織全体にまんべんなく混在していることが分かります。
さらに拡大(1600倍)してみると、空胞細胞が明確に確認できます。
しかし、尖圭コンジローマの空胞細胞と形が少し違います。
4000倍に拡大してみると、違いが明らかです。
尖圭コンジローマの空胞細胞は核が小さくなっているのに対して、ボーエン様丘疹症の空胞細胞は核が膨張しているように見えるのです。
電子顕微鏡のイラストを利用して、この違いを説明しましょう。
尖圭コンジローマの空胞細胞は核の外にウィルス粒子がたまり、その圧力で核は小さく凝縮しましたが、ボーエン様丘疹症の空胞細胞は、おそらく核内にウィルス粒子が詰まった状態で核が膨張したのでしょう。
病気の原因と思われる空胞細胞が異なっていて、その別々の細胞が集合して組織構成したオデキに、表面上は似ていても治りの方が異なるのは当たり前でしょう。
肛門にできたボーエン様丘疹症と思われるイボです。
イボが陰部全体に多数認められたご婦人です。ベセルナクリーム治療を行って4カ月以上経過しましたが、全く変化ありません。
陰部全体に広がったイボは電気焼灼手術を行いました。
肛門のイボは鑑別のために組織検査を行いました。
拡大してみると、先のボーエン様丘疹症と異なり、角質層が薄いようです。
肛門の粘膜に生じたイボですから、角質層が薄いのもうなずけます。
位相差顕微鏡で観察すると、完全型の空胞細胞が多数確認できます。
このパターンはボーエン様丘疹症です。
さらに拡大して観察すると、核の凝縮型、尖圭コンジローマの空胞細胞のように見えます。
しかし、さらに拡大して観察すると、核の膨張型の空胞細胞であることが分かります。
4000倍に拡大して観察すると、尖圭コンジローマの空胞細胞と異なる核膨張型の空胞細胞であることが判明しました。
このご婦人はボーエン様丘疹症でした。
すべてをまとめたのがこの表になります。
尖圭コンジローマはフラクタル構造をしています。ベセルナクリームが効きにくいのは、ほとんどがボーエン様丘疹症でしょう。また、ボーエン様丘疹症は皮膚の厚い部分(陰茎・陰嚢・腹壁)にできるものと思って間違いないでしょう。
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