梅毒
梅毒は過去の病気と思われていますが、現在も現役でしぶとく生きています。梅毒の実態は梅毒トレポネーマという病原体が引き起こす慢性全身性感染症です。梅毒トレポネーマという病原体自体は非常に弱い菌ですが、熱や乾燥に弱くすぐに死滅するので、粘膜-粘膜の直接感染でしか感染しません。すなわちセックス感染のみです。
【歴史】
1492年コロンブスのアメリカ発見後、コロンブスの水夫達によって、ヨーロッパに持ち込まれたと信じられています。ですから別名「ハイチ病」とも呼ばれます。感染した水夫たちは1495年の「ナポリの攻城」【注】に傭兵として多数参加し、その後、次々に感染した他の傭兵がヨーロッパ全土に散って行ったので、ヨーロッパ全土に梅毒が急速に広がったと考えられています。
日本には16世紀中頃に到達しています。
【注】
「・・・いきなり孤立してしまったフランス軍は、兵の過半数をナポリに残した上で国王シャルルと9000の兵でもって大急ぎでイタリア半島を北上、7月の「フォルノーボの戦い」で反仏連合軍を破って本国へと帰還した。「フォルノーボの戦い」では反仏連合軍はフランス軍の4倍以上の大軍を揃えていたが寄り合い所帯で統制が甘く、フランス軍の中央突破の前に3000人もの損害を出してしまったのであった(フランス側の死者は90人)。ただしナポリに残してきた兵力はコルドバ将軍の率いるスペイン軍によって97年の2月末までに片づけられたのだが……。ここでひとつ余談、当時のナポリではアメリカから伝わった「梅毒」が流行しており、ナポリから本国に帰還したフランス兵を経由して全ヨーロッパに広がったという有名な話がある。・・・」
梅毒洋名Syphilisシフィリスは、16世紀に書かれた詩の中の羊飼いSyphilusの名前に由来しています。Syphilusは神を冒涜した罪により、当時新しい病気であった梅毒の名称になったのです。
梅毒洋名Luesルエスは、伝染病という一般名で現在でも慣用的に使用されています。
【概念】
梅毒トレポネーマ(Treponema pallidum subsp.pallidum)による慢性細菌感染症で、古典的性行為感染症の代表的疾患です。
梅毒トレポネーマは大きさ0.13~0.15×10~13μmの規則正しい深い屈曲を持つラセン状の細菌で植物性細菌と考えれています。
この植物性細菌というのに個人的に興味がひかれます。後述しますが、梅毒は治療しなければ、自然経過が何十年という気の長い歳月をかけて人の体を蝕んでいきます。動物性細菌であれば、こんなに悠長に待てません。末期には痴呆(麻痺性痴呆)で感覚もなくなって(脊髄癆)しまい、人ではありますが植物のような存在になってしまいます。まるで植物の種子が人に寄生して、ゆっくり肥料にしようとしているように思えてなりません。アメリカのどこかに梅毒の木が存在していて、人を肥料にしようと種子をばらまいている?と想像してしまいます。
厚生労働省の感染症法では、梅毒感染者を発見した場合、早期顕症梅毒(1期梅毒・2期梅毒)、晩期顕症梅毒(旧来の3期梅毒・4期梅毒)、無症候梅毒、先天梅毒のいずれかに分け、届け出の義務があります。しかし現在、晩期梅毒と先天梅毒を見ることはほとんどありません。世代交代を繰返す間に梅毒トレポネーマの力が弱くなってきた(弱毒化)、宿主である人間の自然抵抗力が獲得されたことの可能性があると云われています。
【検査】
早期であれば、感染巣から採取し暗視野・位相差顕微鏡、パ-カーインク法による明視野顕微鏡の直視下で梅毒トレポネーマの動いているのが観察できます。
血液抗体検査として、梅毒血清反応と梅毒トレポネーマ抗原検査があります。
1.梅毒血清反応(ワッセルマン法・ガラス板法・凝集法):梅毒トレポネーマによって破壊された人間の細胞ミトコンドリアを自己抗体としてカルジオリピンを抗原とする凝集反応。
2.梅毒トレポネーマ抗原テスト(TPHA・FTA‐ABS):人間の血清中梅毒トレポネーマ抗体と検査キットの梅毒トレポネーマとの凝集反応。
ガラス板法の単独陽性(16倍以上)か、ガラス板法・TPHA(320倍以上)両者同時陽性のみ、要治療の梅毒感染者と診断します。免疫反応上、TPHAは治療後治っても長期間高い値を維持することがあり、要治療感染者と医師によって誤解されるケースが多いようです。
【基準値】
ガラス板法:陰性(1倍未満)
TPHA:陰性(80倍未満)
【例】
・ガラス板法4倍、TPHA陰性の場合は、擬陽性を疑い、1ヶ月後再検査を行い、同じ結果であれば異常なしと判断する。
・ガラス板法16倍、TPHA陰性の場合は、早期(1期)梅毒と判断し、治療を開始する。
・ガラス板法16倍、TPHA陽性640倍の場合は、早期(2期)梅毒と判断し、治療を開始する。
・ガラス板法陰性、TPHA陽性640倍の場合は、無症候性梅毒あるいは梅毒既往ありと判断し、治療せずに経過観察とする。
もちろん検査にも限界があり、病気の状態を100%示すものではありません。
日本医師会雑誌特別号 最新臨床検査のABCに各検査の陽性率が掲載されていましたので、ここでご紹介しましょう。
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梅毒の病期 ガラス板法陽性率 TPHA法陽性率
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1期梅毒 72% 50~60%
2期梅毒 100% 100%
無症候梅毒 73% 98%
3期梅毒 77% 98%
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ご覧のように、2期梅毒を除くすべての梅毒病期に、ガラス板法で偽陰性になる可能性が20%以上の確率あります。診断する際の迷わせる原因です。
HIV感染者では偽陽性にも偽陰性にも変化し正確に診断できないことがあります。しかしHIV感染者がひとたび顕症梅毒になった場合、進行がとても早いので注意する必要があります。30年もかかる神経梅毒まで1年ほどで発病するくらい急激に進行します。
梅毒感染者の自然経過は次の通りです。
A早期顕症梅毒
1期梅毒(3か月まで):局所感染巣の梅毒です。潜伏期間は3~6週間です。初期硬結(軟骨硬の粘膜下炎症)・硬性下疳(粘膜潰瘍)の症状が有名です。しかし症状のある1期梅毒は、感染者全体の3分の1(26%)に過ぎず、3分の2の感染者はこの時期を無症候で過ごし、2期・晩期顕症・無症候梅毒へと移行します。
2期梅毒(3年まで):全身性の皮膚梅毒です。バラ疹、丘疹、膿疱、白斑、脱毛など多彩な皮膚・粘膜所見を認めます。難治性の皮膚病の場合、梅毒を疑うのも注意する点です。
B晩期顕症梅毒
3期梅毒(10年まで):別名内臓梅毒です。皮膚潰瘍と臓器ゴム腫(慢性肉芽腫)を主徴とします。
4期梅毒(10年以上):血管・神経梅毒です。大動脈瘤や中枢神経が侵され、脊髄癆、進行性麻痺となり変性梅毒とも呼ばれます。欧米では過去において精神病院患者の約半分が神経梅毒(麻痺性痴呆)の時代がありました。
C無症候梅毒:
梅毒感染者の3分の1は無症状で一生を終えます。ガラス板法16倍以上の時には治療の必要があります。
D先天梅毒:
妊婦の胎盤を通して胎児に感染します。胎盤形成前の妊娠10週未満に梅毒治療を行なえば、先天梅毒は防げます。
梅毒の把握の難しい点は、梅毒トレポネーマが巧妙な隠れ蓑の術により宿主の免疫システムの探知から逃れることです。この点を重要視する欧米諸国とそうでない日本とでは、梅毒検査に対する信頼度合いが異なります。そのため、治療により血清反応が正常化しても、定期的な検査でフォローする必要があると云われています。
梅毒トレポネーマに対して人間に免疫抵抗性があるのは、第1期梅毒感染の時だけです。梅毒治療を行なっても梅毒トレポネーマに対する終生免疫はつきません。ですから第2期梅毒以降は、梅毒が治癒しても危険なセックスを行えば、何度でも再感染の可能性があります。何度でも淋病に感染するのと同じです。
【治療】
梅毒トレポネーマは、ラセン状の「いかにも」動きのある形態をし、顕微鏡下では回転と屈曲を活発に繰り返し行なっていますが、実際は菌体の長さの数倍程度の前進と後退を繰返すのみで、感染巣からは基本的には動けません。したがって梅毒トレポネーマの移動は全て他動的な血行性・リンパ行性の移動です。限局した感染巣の時期に抗生剤による積極的治療が梅毒トレポネーマの進行・拡散を防止する鍵となります。
このことから、欧米では、性的に接触したパートナーが梅毒感染者の可能性が高い場合には、淋病予防と合わせて、予防投与を積極的に行なうようです。
早期梅毒感染者と無防備な性行為を行なった際の感染危険率は30~50%です。性行為感染症・STDとしてはかなりの危険率です。最近のオーラルセックを主とする風俗の氾濫により口腔感染による伝播も危惧されています。
梅毒の世代交代は30時間~35時間と他の細菌に比較し長いので、抗生剤の有効血中濃度を長期間維持する必要があります。2週間から1ヶ月の服用が一般的です。現在でも昔から存在するペニシリンが第1選択薬です。
【補足】
医学書院から出版の「今日の治療指針 2007年版」の149ページ【梅毒】を私が執筆しています。治療に関して具体的にお知りになりたい方は、そちらをご覧下さい。
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コメント
はじめまして
京都で医師をしております
梅毒の可能性がある患者様を担当しておりまして
いつ感染したかわからないというケースでして
おうかがいしたいことがあります
1)第1期でのFTA-ABS(IgMとIgG)の上昇パターンはわかるのですが 第2期3期のFTAの動態はどうなっているのでしょうか? これを調べることで病期がわかるのでしょうか?
2)再感染とは潜んでいたTPが再び活性化する再燃とは別のものとしてよいのでしょうか? つまり第1期から2期3期へ移行するのは再感染とは言わないのでしょうか?
もしよろしければお返事下さい お手数かけますがよろしくお願いいたします
【高橋クリニックからの回答】
医師からの質問は嬉しい限りです。ありがとうございます。
1)第1期でのFTA-ABS(IgMとIgG)の上昇パターンは・・・ 第2期3期のFTAの動態はどうなっている・・・調べることで病期がわかるのでしょうか?
【回答】
FTA-ABSの陽性は、STS・ガラス板法の陽性との組合せではじめて存在意義が出てくるものと、私は考えています。
ですから、FTA-ABSの陽性単独では、いかに上昇パターンや動態がどうあれ、病期を判定する価値はないものと考えます。
2)再感染とは潜んでいたTPが再び活性化する再燃とは別のものとしてよいのでしょうか? つまり第1期から2期3期へ移行するのは再感染とは言わないのでしょうか?
【回答】
「再感染」とは、一度完全に治ったが、感染者との性行為により再び感染することを指します。
「再燃」とは、症状が消失し、血液検査も陰性化して一度は治ったかのように思えた病気が、実は潜在していて、ある時に再び症状が発現、血液検査が陽性化した状態を指します。もちろんその間、感染者との性行為はないものとしての話です。
厳密に言えば(言葉の上では)、上記のように明確に区別することは出来ますが、臨床の現場では、必ずしも「再感染」と「再燃」を区別できる訳ではありません。
例えば、一度完全に治ったと証明できなければ、「再感染」とはいえない訳ですし、また症状消失・血液検査陰性化しても潜在している証明法がない現状では、「再燃」とは断定できません。
そして、第1期(あるいは第2期?)の場合は、短い期間ではありますが梅毒トレポネーマに対して一時的な免疫力を維持している可能性があるので、その間は再感染しないという報告もあります。
要するに混沌としている訳です。このような現実の中では、臨床医が大雑把な検査所見から勘を働かせて患者さんの今の状態を推し量るしか方法はありません。検査はあくまでも診断のための補助手段です。決定権は医師の経験と勘とインスピレーションだと私は考えています。
ご満足できる回答になったでしょうか?
投稿: F N | 2006/07/25 21:42
お返事ありがとうございました
また今後の臨床に役立てていきたいと思います
投稿: Fumitoshi Niwa | 2006/08/03 20:20
はじめまして。
医療従事者ですが、先日針刺し事故をしてしまいました。
患者さんの採血の結果は
平成20年3月17日の結果
TPHA定量 80倍
ガラス板 ( + )
平成13年9月4日の結果
TPHA定量 160倍
ガラス板 ( 1倍 )
ということでした。
これはどのように判断したらよいのでしょうか?
私の治療は必要になるのでしょうか?
【高橋クリニックからの回答】
過去の感染で抗体はできてはいるが、現在感染は認められないということです。
ですから、問題はありません。
しかし、どうしてもご心配ならペニシリン系の内服薬を2週間も服用すれば、安心でしょう。
投稿: 鵜○○○ | 2008/03/23 23:06
医者が医者にネットで質問してるなんてどういうことだ。本当に医者の免許持ってるんか??しかも感染に関する抗体の話だ。
いいかげんにしてもらいたい。質問した医者はもう一回医学部に行けばいい。こんなことを高橋先生に質問するはお門違いだ。
勉強しなおせ!!!
投稿: きりきり | 2008/05/19 11:59
専門外は医師にもわかってないみたいです。ぼくもよく医師偏見をもたれ必要のない投薬で副作用」になりいやな思いをします。20年前のばいどくで既往があるのでstsマイナスでも治療が必要ですか?
【高橋クリニックからの回答】
必要ありません。
投稿: ささき | 2008/07/18 22:01