出会い
女子大のマスールに呼ばれたのは、秋口でした。
「あなた、アルバイトを探していたわね?」
「今日、これから国領にある慈恵医大第三病院に行きなさい。」
「そこの泌尿器科教授が秘書を募集しているの。今までに優秀な子を三人も面接に行かせたのに、みんな断られたの。あなたもダメだと思うけど、取りあえず今日中に面接に行ってきて!」
『一方的だな・・・』と思いつつも怖いマスールの言い付けなので渋々面接に行きました。
面接官は、スポーツ刈りの泌尿器科教授(後に東京医大の教授になり、さらに名誉教授になった三木誠先生)と講師の先生でした。ダメもとだったので「タイプは打てますがフランス語学科なのでフランス語しか打てません。」「特に資格やこれと言った特技は持っていません。」と正直にお話をしました。
すると、「採用です。明日から来て下さい。」と予想外の言葉でした。
大学に戻り、マスールに採用の旨を告げると、「そんなバカな!」と驚かれてしまいました。
早速、翌日、教授秘書としての仕事が始まりました。教授から依頼された連絡事項を新橋の本院に伝える、郵便局に行き書類を発送する、動物実験のネズミのエサや水を補給する、手術室で摘出した臓器を医局に届ける、医局の医師に昼食の注文を受ける、医局の会計を行う、他の診療科の医局の秘書と意見交換する等々です。
ミッション系の女子大生にとって、人間の臓器を運んだりネズミの世話をするなんて、全く経験のしたことがない世界の仕事でしたが、それなりに面白かったのです。
仕事にも慣れ始めたころ、医局で忘年会が開かれました。大学病院では病棟の患者さんの具合が不安定だったりすると、医局員の出入りが頻繁で、忘年会が始まっても全員がそろう訳でもありません。
外来の看護婦さんや受付のスタッフ、製薬会社の人がいる、そんな落ち着きのない忘年会の最中、背の高いぽっちゃりした男性が医局に尋ねてきました。県立厚木病院に出向していた医師で、私のボスである教授に学会の為の資料を持って来たのです。ピンクのシャツに赤いネクタイ、薄い青色の格子柄のジャケットを着ていて眼鏡をかけたファッションセンスの全くない人でした。一見して白クマです。ちなみに私の好きなタイプは郷ひろみ・西城秀樹です。彼は愛妻家で子どもが二人、そんな印象を受ける30歳前の青年~中年の医師でした。ところが、この医師は予想に反して独身でした。名前を「高橋知宏」といい、教授に渡すものを渡したら、そそくさと帰られました。愛想のない人でした。しかし、この医師は、出会いから数年後に私の夫になる人間でした。私のこの医師に対する第一印象、彼の背後に見えた奥さんと二人の子どもは、実は将来の私と私の子どもだったのです。
備考:
私の妻の目から見た、私との出会いを書きました。