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頭の良い友人

私が救急病院に勤めた時に知り合った友人が、山川さんです。東大を卒業した優秀な内科医でした。私は彼にエコー検査を教えてもらいました。日本の臓器移植ネットワークを作ったのは彼でした。そして最初の会長でした。しかし、58歳で天国に行きました。多くの人が深く残念に思いました。彼の叔母さんが私に紹介されて今も通院しています。85歳です。

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私の友人の山川和夫先生が亡くなりました。

救急病院の勤務医時代に、内科に関することを教えてくれた東大出身の内科医です。現在の臓器移植ネットワークの基礎を作った人です。当時、腎臓移植の延長線上にあった臓器移植の主導権をとろうと、既得権のある総合病院・有名病院・大学病院の魑魅魍魎の医師たちの争いの中で、まったくしがらみのないネットワークとセンターを作り上げました。当然、臓器移植ネットワークの初代総裁になるべき人物だったのに、完成されたの確認してからゴタゴタの責任を全て持って、在野(SONY健康管理部)に降りた人でした。「もったいない!」と私は思いましたが、正義を貫いた人でした。人脈も豊富で博識で尊敬できる医師でした。一流をとても愛した人でした。

武蔵高校を卒業、慶応大学医学部を現役で合格し、お父上の親戚が皆東大出身だったので、お母様のために翌年東大の理Ⅱに入り、教養課程で最高の平均点を上げ、理Ⅲ(医学部)に転部した脅威の頭脳の持ち主でした。

私の医師としての考え方、物事の曖昧さを排除し、事象をクリアカットに定義し、分からない部分は不明と定義するそんな考え方を教わりました。ですから患者さんにもクリアカットに説明できるようになりました。医師が曖昧に説明すると、混乱し困るのは患者さんだからです。

泌尿器科医の苦手とする超音波検査を私が得意となったのも、彼の1回のアドバイスで受けた一言(真髄)のお陰です。

お父上も東大出身で順天堂大学の有名な内科教授で、教授の任期中に心臓で亡くなられていました。

彼も18日の朝、自宅において急性心不全で亡くなられたそうです。

17日の夕方から私は体調を崩し、風邪気味?でした。その日は午後8時に就寝しました。翌18日の朝、午前中から手足が何となく自分のものではないような感覚があります。

Yamakawakazuo翌19日には、身体の右半分がしびれています。力が出ないわけではありませんが、頭の先から足のつま先まで、正座をしてしびれた足のようです。本日20日になって、しびれは軽減してきました。大分治ったと思って、新聞を開いたら死亡欄に友人の記事です。

今回の私の症状は、風邪ウィルスによる脊髄神経根の炎症が原因でしょう。風邪症状の翌日から発症で全身の右側半身だけというのが、脳梗塞でもなければ、ギラン・バレー症候群でもありません。こんな風邪症状の患者さんを、医師になってこの29年臨床現場で経験したこともありません。友人が旅立つ前に、私にチョッといたずらし、勉強させてくれたのかも知れません。

お通夜に行きました。大勢の参列者がいました。彼の叔母さんで同時に私の患者さんでもある方と会釈をしました。参列者に話しを聞くと、彼は5月に不整脈で入院精査していたそうです。6月には仕事場に出ていたそうです。突然の死です。

私の右手は90%近く回復し、自分の氏名をいつもと同じに記帳することができました。私と違って、例えいたずらでも、やることにそつがない先生でした。味方にすると頼りがいがあり、敵にすると恐いタイプの友人でした。

彼のご冥福を、合唱。

【追記】

Yamakawadrあれから2年が経ちました。

平成22年6月6日(日)神谷町近くのお寺で三回忌法要があり参列しました。その後、ホテルオークラで「偲ぶ会」がありました。

生前の山川先生のお人柄や業績をみんなで歓談し、とても和やかな会でした。奥様をはじめ三人のお子様も立派に成長され、山川先生もきっと安心されていることでしょう。


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