七転び八起き#10
前回の記事のように、医師はたくさんの人を助けますが、その反対に人の死に立合うことも多いのです。テレビドラマでもないのに、私の体験した救急病院しかり、地方病院しかり、大学病院しかり、アルバイト病院しかりです。…医師になったので、これは仕方ないことです。普通は自分の人生しか見ないし体験しないのですが、医師はたくさんの人の人生を一緒に共有・体験するのです。しかもそれは、辛い体験だったり終末の体験です。その経験が多いほど、ヒトの命が見えてくるのかも知れません。逆に、辛い体験を共有したくないから、患者さんをモノとして、あるいは病気しか興味を持たない医師が増えてくるのです。
泌尿器科の手術テクニックと外科のテクニックは多少異なるのです。その救急病院では、千葉大出身でアメリカ研修の経験のある外科医と横浜市大の胸部外科の客員教授と中国の日本大使館専属の医師に指導を受けました。気胸、心膜血腫、肺ガン、胃潰瘍穿孔、十二指腸潰瘍穿孔、大腸ガン、大腸穿孔、ナイフでの切傷、気管切開、虫垂炎手術、胃カメラ、大腸カメラ、気管支鏡などたくさん行いました。さらには脳神経外科の手術にもちょっとだけ関与しました。
ある日の夕方、工事中の作業員が屋根から転落したのです。その時に庭の鉄柵に頭が当たり、頭に鉄の棒が突き刺さった患者さんが救急病院に搬送されました。よく生きているな?と思いました。その病院の横には、脳神経外科病院が設置されています。脳神経外科の医師が、手術の麻酔をお願いしたいと言って来たのです。一人では手術はできないので、応援を頼んだが直ぐには来れない。手伝ってくれれば、応援が来るまで手術の助手をお願いしますと。私はすぐに受け入れて、患者さんの全身麻酔を行いました。麻酔器を自動に切り替えて、手術の助手になりました。頭蓋骨をまず開けます。電動ドリルで数か所に穴を開けます。初めてドリルを使うのですが、突き抜けて脳を傷つけたらどうしようと思っていましたが、穴が空いた瞬間に、ドリルは自動的に空回りするのでした。そして複数の穴を電動の糸ノコで切開して、蓋のように開けるのです。その時に応援の脳神経外科の先生が間に合ったので、私はお礼を言って退室しました。後日、その患者さんが病院で歩いている姿を見て感無量でした。
また、いろいろな患者さんにも遭遇しました。胃潰瘍で入院していると思われた患者さんがおりました。胃カメラ検査を以前にも行っていたのですが、ハッキリとした胃潰瘍は認められませんでした。それでも胃の痛みはなくなりません。救急病院に勤め始めた頃のことでしたから、病棟回診の際に、腹部の触診をさせていただきました。すると『???』上腹部に塊が触れるのです。その患者さんは入院してから一度もお腹を触られていなかったのです。胃カメラですべてが分かると、みんなが思ってしまうのでした。そこでCT検査で行ったところ、スキルス胃ガンだったのです。開腹手術を行いましたが、胃の周り全てにスキルス胃ガンが浸潤していて、手術は断念しました。スキルス胃ガンで症状が出た時には、手遅れなのです。
最近の悪い慣習と同じです。PSA値が高いのに、最近の若い医師は前立腺の触診でまったくしないのです。ひたすらワンパターンで針生検!針生検!しか言わないのです。患者さんを医師が五感をフルに使ってみるべきです。この時にそのように自覚しました。
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