七転び八起き＃7

33歳で結婚して34歳の時に、静岡県富士市の富士市市立中央病院で1月から勤務になりました。病院の広大な駐車場をはさんで、病院の大きな建物の隣に医師の宿舎があります。病院で働いている私の姿が、宿舎から見えるのでした。病院の病室の大きな窓の全面に富士山が見えました。

泌尿器科の部長の柳澤先生は、有能で厳しい先生でした。その部下の私は、自分の能力を100%以上出して頑張りました。外来も病棟も検査も手術もたくさんこなしました。転勤してから9ヶ月目に長女が誕生しました。前日の夜、日中の仕事が残っていたので、病棟でカルテの整理と検査結果の記載を行なっていました。午後9時前に宿舎に帰宅すると、奥さんが悲壮な顔して風呂場から出て来たところでした。「何かあったの？」と聞くと、「トイレで突然オシッコでない水ぽいのが出て来た！」……破水だ！急いで病院に連れて行き、即入院しました。

ところが翌日になっても陣痛が起こらなかったのです。主治医に聞くと今夜ごろでしょうと言われました。当日は土曜日で半ドンだったので、夜まで時間があり映画でも見に行こうかなと思い、一旦、宿舎に戻りました。一休みして、そろそろ外出しようかな？と思っていると突然電話がかかって来ました。「お子さんがもうすぐでお生まれになります！急いでお越しください！『え〜！？そんな馬鹿な！夜って言ってたのに！？』と思い、急いで病院の産科病棟に走って行きました。……すると、産まれたあとでした！ベビ子は新生児ベッドで寝ています。奥さんは、出産後の処置をされている真っ最中でした。

どうして？と聞くと、病室で陣痛がなかなか起きなかったので、分娩促進剤の点滴をしてたのです。お腹の中の赤ちゃんの脈拍数が急に低下したので、分娩促進剤の点滴速度を上げたら、急に陣痛発作が起きて直ぐに分娩室へ搬送され産まれたのだそうです。その間に、私が病院内にいると思われていて、院内放送で「泌尿器科の高橋先生、至急、産科病棟にお越しください！」と何度も何度も放送があったそうです。奥さんは「夫は映画を観に行くと言っていました！」と言いましたが、私は宿舎で休んでいたのです。当時は携帯電話がありませんでしたから、今のように連絡のしようがありません。

お産に間に合わなくてゴメン⤵︎🙇‍♂️と謝りました。しかし、この私の失点については、今でも話題になります。長女は順調に育ちました。ある時、奥さんと長女が実家の東京に帰っていた時の事です。私はその日、腎臓結石の手術の執刀医になりました。患者さんに麻酔をかけ、メスを持ち肋骨の下を今まさに切開しようとした時に、手術室の婦長さんが突然手術室に入って来て、「高橋先生のお子さんが息が止まって慈恵医大病院に緊急搬送されているそうです。」それを聴いてビックリです。すぐに慈恵医大病院の救急室に電話しました。自分の娘『私の目の前であれば、私が心肺蘇生して人工呼吸しただろうに……⤵︎』『きっと奥さんはショックで二度と子供を産まないだろうな……⤵︎』

すると、柳澤部長が手術室に入って来て「高橋先生、すぐに東京へ帰りなさい！」「いえ、先生、息が止まってしまい、もう手遅れですから、今目の前の手術をさせて下さい。」と答えたのですが、だめ押しされたので、手を下ろし手術着を脱ぎ手術室を出ました。手術室ナースステーションで外線で奥さんの実家に電話したら、義理の母が出て来て、「孫が大学病院で息を吹き返したのよ！」「え〜！？」とまたまたビックリです。すぐにその足で東京に向かいました。当時の富士市には新幹線の駅はありませんでしたから、タクシーで三島駅まで行き新幹線に飛び乗って東京に向かいました。

実家に帰宅すると、長女は元気いっぱいでした。いきさつは次のようでした。妻がりんごジュースをミキサーで作っている時に、長女は待ち遠しくて大きく泣いてしまったのです。それをキッカケに過呼吸になり、見た目だけで呼吸が停止してしまったのです。救急車が来て、救急隊員は長女を見て「…難しいですね」と言ったそうです。でも大学病院に救急車で搬送されている間に、妻が長女の名前を呼び続けると、目を覚まし普通の元気な状態になったそうです。病院に到着して小児科医が診察しました。心電図、脳波、レントゲン検査を行いましたが、「元気ですね！問題ありませんね！」と診断されたそうです。過呼吸症候群による後遺症だったと推察されました。ホッとしました。