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目の前に見える事だけ❌

A0f6b157e671416b92fda9418cf86df8 昔、自宅近くの高田馬場の小学校に2年生まで通学していました。勉強のできる「坊や」でなかった私を心配して、環境を変えるために、両親が公立の進学校である千代田区立永田町小学校に転校させることにしたのです。2年生の担任の教師に、転校の挨拶に母親と行きました。その際に母親がその教師に言われたことがありました。

「高橋君は、どこへ行っても変わりませんよ(有名な学校で勉強しても、馬鹿なままですよ!変わりませんよ!)」と言われたそうです。母親は『カッチン!』ときたそうですが、うなずいただけでした。

その時の女性教師は、目の前に見える当時の私の才能で評価したのです。ヒトは時間の経過とともに、過去→現在→未来へと必ず変化していくのです。その教師は、当時の私の評価だけで判断したのです。当時の学芸会の幕開けに、私が一人で冒頭挨拶をしました。教師から渡された長い文面内容を丸暗記して朗読しました。ある意味で、『記憶力があるんだな?』と、どうして思わなかったのでしょう? 2年生のクラスメートで元気で発言力があり優秀な同級生が何人かいました。しかし、私以外で医師になった者やエリートサラリーマンや出世した有名人はいませんでした。目の前に見える評価だけで、人物を判断してはダメです。

そのような教師たちに教えられた学生が医師になるのであれば、やはり教師と同じように、目の前の患者さんの瞬間しか見ないのです。

臨床現場の医師でさえ、数日で今の医師としての能力を持った訳ではありません。何年も何十年もかけてコツコツと学習研究して、臨床を体験して得られた能力です。にもかかわらず、患者さんを診察する際には、目の前に見える患者さんの症状や所見でしか判断材料にしないのです。病気が異なっても、同じ症状の病気はたくさんあるのです。例えば、咳の患者さんの病気としては、風邪、気管支炎、肺炎、喘息、結核、気管支拡張症、肺気腫、肺癌など様々な病気があるのです。ですから、あらゆる情報を参考にして病気を診断しなければなりません。

Ad53bfdb31b54207bed07f75dd848567 診断学の基本には、必ず、主訴と既往歴と家族歴の情報収集しなければなりません。ところが、臨床では患者さんの訴える主訴しか聴いていないのです。目の前の患者さんは『薄っぺらい』存在ではないのです。遺伝的にも時間的にも個性的にも体質的にも幅の広い存在なのです。ですから、医師も自分の幅広い存在を自覚して、患者さんの幅広さを認識しなければなりません。少しでも疑問を感じたら、徹底的に追求しなければなりません。

 

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