突然の腹痛発作
下腹部の疝痛発作が幾度も起き、地元の医療機関で調べても、原因不明で困った末、大阪から来院した患者さんのエピソードです。
【既往歴】
7年前に子宮頚癌の手術(広範囲子宮全摘+卵巣全摘)を受け、浸潤・リンパ節転移がなかったにもかかわらず、術後放射線治療された48歳の患者さんです。
患者さんが持参したメモには下記の内容が記載されています。
【メモの要約】
●平成18年3月末、子宮頚癌Ⅱ2期のため、広範囲子宮卵巣全摘術を受けた。
浸潤・リンパ節転移がなかったにもかかわらず、予防的に術後放射線治療された。
定期検査では、徐々に尿素窒素(註:BUN)と尿酸値が上昇。
神経因性膀胱で尿意が無い上、浮腫がひどいと医師に伝えると、「ラシックス(註:利尿剤)」を投与され、6年間飲み続けた。
●平成22年
目まい、ふらつき、ホットフラッシュ、不眠症、全身の痛みが強くなりはじめる。
●平成23年11月
早朝、血尿が出た。
2日後、はじめて「疝痛」が起こった。
冷や汗と激痛で救急搬送され、膀胱破裂を疑われた。
この時はじめて「膀胱鏡」で検査をしたが、破裂は認められなかった。
泌尿器科医師は「放射性膀胱炎(放射線障害性膀胱炎)」と言った。尿意がないので「自己導尿」をすすめられた。その後、疝痛は頻発し、2~3週間無事に過ごせる事もあれば、1日の中で朝、夕方と発症する事もある。
急激な気圧の変動でも疝痛が起こり、飲酒(たまに缶チューハイ1本350ml程度)をすると、高い確率で、明け方に疝痛が起こった。
疝痛の間、数日はその後腹膜炎の様な「筋性防御(註:腹膜炎の刺激で生じる腹直筋の硬直)」が起こり、BUN、クレアチニン、CRPが高値になり、数日間、抗生物質の点滴をした。
寝返りを打つ、椅子から立ち上がるなど、ふと下腹に圧力がかかった時にきっかけを作ってしまう事が度々あった。
【診察・検査】
来院時の患者さんの排尿前と排尿後の超音波エコー検査所見です。
この患者さんは自分で自然排尿が出来ないので、自己導尿で排尿していただきました。
この写真だけでは、何が何だか分かりません。
そこで写真の中にコメントを付けたました。排尿前に、膀胱外にかなりの量の腹水が溜まっています。導尿にて尿を排泄しても腹水の量は変わりません。
ご婦人で腹水が貯留する理由はいくつかあります。
❶癌が腹膜に浸潤して癌性腹膜炎を起こしている状態
❷大腸憩室炎や虫垂炎で化膿性腹膜炎を起こしている場合
❸卵巣出血で血性腹膜炎を起こしている場合
❹胆嚢炎や膵炎などで胆汁や膵液が腹腔内に漏出して酵素刺激性腹膜炎を起こしている場合
❺肝硬変や低栄養でタンパク漏出性腹水が貯留する場合
❻腎不全で水分代謝が低下して腹水が漏出する場合
❼膀胱破裂によって腹腔内に尿が漏出し、尿浸潤性腹膜炎を起こしている場合などです。
これだけ腹水が貯留している状態で、診察中に痛みがなかったので、❷❸❹は否定的です。
全ての状態を考慮して、この腹水の原因は、膀胱破裂を考えるのが妥当でしょう。
この患者さんには現在に至るまで、いくつかの回避できたポイントがありました。
★まずは、手術後の放射線治療です。手術の結果では浸潤・リンパ節転移がなかったにもかかわらず、念のため、あるいは予防的に膀胱が障害を受けるほどの放射線治療を施したのです。これは過剰医療でした。あるいは、放射線科医の未熟かも知れません。
★また、神経因性膀胱になった原因も手術による後遺症か、放射線治療による後遺症かも知れません。どちらにしろ患者さんが尿意の欠如を訴えたにもかかわらず、その時点で泌尿器科に相談していないのも婦人科医の怠慢です。
★浮腫だけで利尿剤を6年間も漫然と投与し続けた愚行にも腹が立ちます。
★BUN(尿素窒素)やクレアチニンが高くなったのは、今から考えれば膀胱から漏れ出た尿を腹膜が再吸収して高くなったと考えられます。BUN上昇・クレアチニン上昇=腎機能低下と判断したのは、早合点でしょう。カンファレンスなどで症例検討会を実施すれば、頭脳明晰な人が気が付いたかもしれません。
★腎機能低下と早合点したのには、もしかすると患者さんに言えない他の理由があったのかも知れません。例えば、手術中に誤って尿管を縛ってしまったとか・・・。
★膀胱破裂を疑われた時点で、膀胱に造影剤を注入してレントゲン検査でその漏出を描出造影することは可能です。その結果、膀胱留置カテーテルで膀胱が長期間膨らまないようにすれば、膀胱破裂した部分は閉じたかも知れません。
★神経因性膀胱は、ブログで解説しているように内視鏡手術で膀胱頚部を切除・広げることで改善します。膀胱出口が十分に開かないことにより、膀胱内圧が極端に上昇したため、膀胱破裂に至ったと考えることができます。
【治療】
膀胱の破裂した穿孔部を探し出し、その穴を閉じればいいのですが、ここで問題があります。
放射線治療で被爆した組織は、縫合しても閉じないのです。
また。腸管を利用して人工膀胱を作成しても、やはり放射線治療の影響で縫合出来ないのです。
最終的には、膀胱を摘出し、両側の尿管をお腹の横から外に出す(尿管皮膚瘻)のです。
患者さんが、身体障害者を避けたいのであれば、膀胱破裂があることを自覚し、膀胱に圧力がかからないように生活習慣に充分に配慮することをお伝えしました。
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