術後の認知症
先日のテレビ番組で、武田鉄矢さんの金八先生に女性校長先生として出演していた、女優の赤木春恵さんのエピソードが紹介されていました。
それまで元気に女優業を行っていたのですが、91歳の時に自宅で転倒し、左大腿骨頚部骨折を受傷してしまいました。整形外科を受診し、外科的な手術(人工関節置換術、骨頭固定術)か、手術をしない保存療法のどちらかの選択を迫られました。彼女は、手術をしない保存療法を選択し女優業の引退を決めました。
そこから、彼女の苦労が始まりました。骨折部が自然固定するまで安静にしていなければならず、その後は安静のために生じた筋力の低下を苦労して、苦労して、リハビリを行なったのです。その途中でパーキンソン病にかかり、93歳の現在に至っていますが、頭はシッカリしています。
このエピソードを観ると、手術を選択しておけば、もっと早くに動けるようになり、リハビリで苦労することもなく、女優業を続けられたと思われます。一見、赤木さんが選択を誤った印象です。しかし、一般の人はご存じないのですが、手術、特に人工関節置換術の後遺症として、手術中に骨髄成分の脂肪組織が静脈から中枢に多数飛び、微小な肺梗塞や脳梗塞を併発するのです。手術直後は症状が出ませんが、退院後に次第に症状が出始めます。脳の細かい血管が多数詰まることにより、詰まった血管の先の脳細胞が死に(マイクロ脳梗塞・塞栓)、認知症になるのです。
ところが、手術執刀者は、高齢者がほとんどなので、入院が長引いたのでたまたまだろうと勝手に推測して責任を感じていないのです。手術の速い上手と言われる術者ほど、素早く力強く行うので、骨髄の脂肪成分の飛散の仕方が過激です。骨の中にチタン製の人工物を挿入するために、骨髄を破壊するので、飛散は顕著です。ですから、上手な術者ほど認知症をたくさん作ることになります。
人工関節置換術は大腿骨頚部骨折に限らず、変形性ひざ関節症などもあります。近所の患者さんで元気な中年のご婦人がいました。ご夫婦で個人商店を商っていました。このご婦人の変形性ひざ関節症のため痛みで苦しんでいました。痛みに我慢できず、通院していた病院の整形外科で手術を勧められ、遂に手術を承諾してしまいました。
当院には、内科で通院していたのですが、数カ月後、受付で、だんだんとおかしな事を言い始めました。薬をなくした、薬が何を飲んでいるのか分からない、昨日に1カ月分処方したのに、翌日薬をもらいに来た等々です。そのうちご主人が来院し、妻が変だと訴えて、遂にご婦人は認知症で入院し、退院することはありませんでした。
以上のことから、赤木春恵さんの手術をしなかった選択は、苦労はしましたが、正解だったのかもしれません。もし手術をすれば、テレビに出演できないほどの認知症になった可能性がありました。
【参考】
https://www.jstage.jst.go.jp/article/jjsca/32/3/32_395/_pdf
https://www.jstage.jst.go.jp/article/shinzo/43/7/43_1010/_pdf
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