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医師の心得

私が腎不全で身体障害者になって、初めて、患者さんの立場や本質を深く理解できるようになりました。

これまでも、鹿児島県鹿屋市で開業医をしていた親友が、脳出血で58歳で亡くなった時にも、現代医療の限界を感じていました。彼は手術がとても巧く、おそらく九州一であったでしょう。私の考案した理論を十分に理解し、快く実践してくれました。彼が入院した時には、ちょうど私も白内障の手術のために入院していたので、直ぐには鹿児島に駆けつけうことができませんでした。私が退院して、さぁ見舞いに行くぞ!と思った時には、手遅れでした。悔やまれてなりません。

Img_0044もう一人は、東大出身の循環器内科の尊敬すべき医師で、心臓が原因の突然死で58歳で亡くなりました。彼は、現在の臓器移植ネットワークを構築した、行政にも医療分野にも精通した非常に優秀な医師でした。ネットワークを構築する時に、移植件数の多い医療機関が、ネットワークの中枢になろうと先を争って彼に圧力を掛けてきました。ネットワークのセンターになれば有形無形の利益が得られるからです。彼は影の力を利用して、強欲な輩を全て排除しました。現在の公明正大な臓器移植ネットワークを創り上げたのです。そして、彼が初代会長になりましたが、ネットワークが順調に運営したのを確認してから、アッサリ辞めたのでした。その彼が自分の専門領域の病気が原因で他界したのです。私にエコー検査の真髄を教授してくれた恩人です。

同級生の内科の女医さんが、胃癌のスキルス癌で今年の3月末に他界しました。癌が発見された時点で手術不能で、癌センターで抗ガン剤治療を行いましたが、効果は一時的でした。仲良くしていた、他の女医さんたちのショックはかなりのものでした。その悲しんでいた彼女たちも医療の限界を感じていたでしょう。彼女は明るくハキハキした女性で、大学入学当初は特待生のとても優秀な学生でした。

このように医療に精通した私たち医師が、医療の限界をいやっと言うほど認識させられているのです。医学生や研修医の頃には、そのような思いは全くありませんでした。病気になってしまったのは、たまたま運が悪かった、あるいは偶然でしょうと言う程度の関心しかありませんでした。医師という生業を続ければ続くほど、この体験をたくさん身に付けなければならないのでしょう。心がタフでなければ生きて行けません。

医師は、どんなに勉強しても研究しても研鑽しても症例を経験しても、限界があり無力であることを徹底的に自覚しなければならない職業です。医師としてそろそろ終わりに近づいた、この年齢になって初めて気づくことです。しかし、幾つになっても気が付かない御仁も存在します。

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コメント

日本泌尿器科学会の統計によると、現在日本全国には
約6500名もの専門医がおられるそうです。

その中で、数人でもよいですから、高橋先生の理論に
賛同されて、実践される医師の方はおられないので
しょうか。
亡くなられた先生の親友の方だけと言うのは、余りにも
寂しい現実だと思ってしまいます。

先日TV番組で視聴したのですが、「ダヴィンチ」を
操って腎臓及び泌尿器の手術を100%成功させている、
スゥエーデン在住の日本人女医の方がおられました。
その様子を拝見していると、その姿勢やポリシーに
高橋先生がダブって見えました。

一人でもよいですから、志を同じにする医師の方が
現れて、この病に苦しんでいる全国の患者さんを
救ってあげて欲しいと、切に願ってしまいます。

先生は、大涌谷へ行かれるほどに体力を回復された
のですね。とても喜ばしく嬉しい事と思います。
こちらも間もなく術後三週間。日々変わる術後の症状
と格闘中ですが、同じく施術された諸先輩方の書き込み
を縁とし、治癒への長期戦を頑張りたいです。

投稿: NT | 2017/05/02 20:15

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