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第105噺(145噺中) 「人工呼吸」

手術をたくさんこなしていると、ヒヤッとした経験をいくつか体験しています。
医師を生業にしている人間であれば、程度の差はあれ、ほとんどの医師が経験をしているでしょう。

その中で、一番の緊迫状態が、患者さんの呼吸が停止し、脈が触れずに、血圧も測れない状態です。つまり、心肺停止状態です。この状態では患者さんは亡くなってしまいます。当然、蘇生処置をします。人工呼吸、心臓マッサージ、昇圧剤を投与するなど必要な処置をします。

Anbyubag
しかし、緊迫した時間の中で、私ひとりで全ての作業をこなすのは到底不可能です。優先順位を付けるのが常識です。通常、心臓マッサージが一番です。心臓マッサージを100回実施後、アンビューバックで人工呼吸を2回〜3回行います。この一連の作業を行っても、患者さんの反応がないことがあります。

Mouthtomouth
私は研修医の頃、麻酔科をローテーションしていましたから、呼吸管理の技術は、それなりに自信を持っています。しかし、アンビューバッグで一生懸命に呼吸させようと努力しても、患者さんの反応がありません。そのような時に、呼吸管理を原始的ですが思い切ってマウス・ツー・マウスに切り替えます。患者さんの鼻をつまみ、私自身の口を患者さんの口に合わせて、私の呼気を強制的に送るのです。すると、どうでしょう。アンビューバッグであれほど反応しなかった患者さんが、「フーッ」と息を吹き返し、自発呼吸を再開してくれるのです。

医師としてとっさのマウス・ツー・マウスは勇気がいることです。なぜなら患者さんに感染症があれば、口移しで感染するリスクがあるからです。しかし、緊急時には、そんなことは言っていられません。身を挺して処置しなければならないのです。このような状況に二度遭遇しています。一人は70台の男性で前立腺肥大症の術前の麻酔の際にと、一人は30台のご婦人で、術後1週間経過した後の術後出血の止血手術の際です。このお二人は、今も元気に年一回くらいの割合で顔を見せてくれます。

科学的に考えれば、アンビューバッグで呼吸管理しても、マウス・ツー・マウスで管理しても変わりはないはずです。ところが、患者さんの反応は明らかに異なります。ただ単に室内の空気を強制的に送る処置と、私が吸い込んだ空気を呼気として強制的に送る処置では反応が異なるのです。私の奇想天外な想像ですが、ヒトの吐く呼気には、きっと命が宿っているのです。このような状態を私は「命のひと吹き」と呼んでいます。
あるいは、私の口臭が余りにも臭くて、その刺激に患者さんが驚いて息を吹き返したのかも知れません。

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