第104噺(145噺中) 「PSA検査の本質」
以前にも、PSA値が高くなる理由について解説しましたが、医師も含めてPSA値=前立腺癌だと信じている患者さんが多いので、ここで重複するかも知れませんが、再び解説します。
まず、基本に戻って、PSAとは何なのかを説明しましょう。
PSAは前立腺が作る酵素です。酵素にもいろいろありますが、その中でタンパク分解酵素の分野に属する酵素です。
では、何の働きをしているのかというと、精液をサラサラの性状にするための酵素なのです。男性なら経験したことがあるでしょうが、精液の中に片栗粉の塊のような寒天状のダマダマが確認できることがあります。この現象は、PSAが十分に作用していない時に起こる現象です。PSAは、このダマダマをサラサラにして、精子の動きを自由にさせる作用があるのです。
ところが、PSAはタンパク分解酵素ですから、タンパク質で構成された人体に漏れ出てしまうと、いろいろな弊害が起きます。その弊害を防ぐ意味で、前立腺内の腺腔構造は頑丈に作られていて、腺腔から前立腺内にも漏れないような形になっています。
前立腺腺腔構造に部分的な破綻が起きると、腺腔内のPSAが腺腔外に漏れ出てしまいます。漏れ出たPSAは、腺腔周囲にある静脈、リンパ管に吸収され、血液に溶かされていきます。これが血液検査のPSA値高値になるのです。
今まで解説したように、PSAが高くなる理由は、前立腺腺腔構造の部分的破綻によるものです。この破綻の原因が何であるかを考えれば、PSA値が高くなる原因が理解できます。
【前立腺癌】
まず有名なのが、みなさんご存知の前立腺腺組織にできた前立腺癌です。前立腺癌は増殖するうちに腺組織の基底膜を破壊して、腺腔構造内のPSAを腺腔外に漏出させてしまいます。つまり、前立腺癌がPSAを作っている訳ではないのです。PSA値は、間接的に前立腺癌を示唆しているに過ぎません。
しかし、ここに机上の盲点があります。
早期の前立腺癌は、空間的に空いている腺腔内に増殖するはずです。わざわざ基底膜を破って、組織密度の高い腺腔外には増殖しません。腺腔が、がん細胞で充満した時点で、腺腔外にがん細胞は増殖します。ですから、早期の前立腺癌は基底膜を破りませんから、PSAは腺腔外に漏れ出ません。ですから、早期の前立腺癌はPSA値では分かりません。
PSA値はわずかに高いからと言って、前立腺針生検を実施したら、早期の前立腺癌が見つかることがあります。例えば、グレソンスコア6程度の癌です。この場合、前立腺癌が原因でPSA値が高くなったのではなく、下記に上げる前立腺肥大症や排尿障害が原因でPSA値が高くなり、たまたま前立腺針生検で前立腺癌が見つかってしまったと考えるべきです。
そういう意味で言えば、PSA検査は、前立腺針生検するための言い訳みたいなものです。まるで英会話教材商法のようです。
【急性前立腺炎】
前立腺内に細菌性炎症が起こると、白血球が大量に浸潤し、細菌を殺すために大量の化学物質を放出します。その刺激によって、前立腺腺腔構造が破壊され、腺腔内のPSAが腺腔外に漏れ出て、血液中のPSA値が高くなります。その結果、急性前立腺炎の患者さんの採血で、PSA値が100以上になることも多々あります。
【前立腺肥大症】
前立腺の硬さの密度は、前立腺肥大症になるに従い高くなります。前立腺の密度が増し硬くなればなるほど、前立腺腺組織は強い圧力で圧迫されます。特に排尿時には、さらに強く圧迫されるのでPSA値は高くなります。
一般的に前立腺の大きさが20㏄でPSA値4以下が正常ですが、前立腺が40㏄であれば、PSA値8以下が正常と考えればよいでしょう。PSA値は前立腺の大きさに比例すると考えます。
【膀胱頚部硬化症・排尿障害】
理論的には、前述の前立腺肥大症と同じです。排尿障害が存在していると、排尿によってかかったエネルギーが、すんなりと膀胱出口から尿道をすり抜けてくれません。そのエネルギー負荷が全部前立腺にかかります。当然、前立腺内の圧力は高まり、腺腔の基底膜は破壊され、PSAが漏れ出るという仕組みです。
【器質的異常】
タンパク分解酵素であるPSAが漏れ出ないように前立腺腺腔と前立腺組織が完全に隔離されています。しかし、すべての人間が完璧にそうであるとは限りません。中には基底膜の一部が不完全で、常にPSAが漏れ出る人が存在してもおかしくはありません。そして年とともに排尿障害が出現すれば、ある日突然、PSA値は高くなるのです。
【医原性】
前立腺肥大症や排尿障害でPSA値が高くなったために、前立腺針生検をされた患者さんが多くいます。その患者さんが、その後もPSA検査を行って、徐々にPSA値が更に高くなることがしばしばあります。主治医はPSA値が高くなったので、また前立腺針生検をすすめます。しかし、前立腺針生検を行っても前立腺癌は見つかりません。このような愚行を何回も実施された患者さんがいます。
これの理由は簡単です。前立腺針生検によって、腺腔構造に穴が開いてしまい、針によるトンネルが作られてしまったのです。PSAはタンパク分解酵素ですから、一度作られたトンネル内に酵素が作用して、恒常的なトンネルが形成されてしまいます。その結果、PSAは容易に血液中に注ぎ込まれるのです。これは医療行為によるPSA値の異常といえます。
以上の様々な原因でPSA値は高くなります。共通することは、一度、腺構造に穴が開き、PSAが漏れ出ると、原因を取り除いてあげても、作られてしまったトンネルは修復されて閉じることはなかなかありません。なぜなら、組織がタンパク成分を利用して修復しようと努力しますが、漏れ出たPSAはタンパク分解酵素なので修復できないからです。
これは穴の空いてしまった硫酸の入った容器を硫酸に耐えられない物質でフタをするようなことです。
森羅万象とても複雑であるのに、PSA高値=前立腺癌=前立腺針生検と短絡的にワンパターンの考えは、いかに頭を使わない無能な行為であることが分かります。肉体に傷をつけるような破壊的検査を回避し、さまざまな原因を考慮することこそ、専門家の医師の取るべき姿です。
医学部で6年間、研修医で2年間、専門医として5年間の少なくても13年間医学知識と医学技術を学んだ医師なのだから、この体たらくは情け無い。
この考えの根底にあるのは、「前立腺癌を見つけて上げるんだから、PSA値が高ければ、しのごの言わずに針生検をさせろ」という論理が働いています。
前立腺癌を効率よく発見するためには、このワンパターン診療が有効でしょう。しかし、患者さんは物ではありません。あからさまに考えないパターン化した診療に、まるでベルトコンベアに乗せられた物として扱われる患者さんは不信感が募ります。
触診をして、超音波エコー検査をして、排尿障害の治療や前立腺肥大症の治療も行い、前立腺癌の他に考えられない状況になって、初めて前立腺針生検をしましょうというのであれば、患者さんも納得し、前立腺針生検を受けるでしょう。
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コメント
受診カード34237です。
私の場合は京都の病院でPSA9.06でグレソンスコア7(3+4)だったのですが、生検を3年間も拒否していたのにとまだこれでよかったのか、すっきりしません。
高橋先生に相談に行ってアドバイスをしてくださり一時の後悔はなくなりました。
触診をして、超音波エコー検査をして、排尿障害の治療や前立腺肥大症の治療も行い、前立腺癌の他に考えられない状況になって、初めて前立腺針生検をしましょうというのであれば、患者さんも納得し、前立腺針生検を受けるでしょう。
ということができていたならなあーと今更ながら思います。
この見つかった前立腺がんが治療の必要のあるガンなら納得してホルモン療法を続けられるのですが。
いつまでも頭から離れません。
全国の泌尿器科医が高橋先生のような方ばかりならどんなに素晴らしい医療環境だろうなといつも思っています。
投稿: 京都在住 | 2016/08/23 08:39
先日の永田町小学校の同窓会ではどうも! 実は、私も前立腺肥大で、一度、生検を受けました。ここの文章を読ませてもらって、「一般的に前立腺の大きさが20㏄でPSA値4以下が正常ですが、前立腺が40㏄であれば、PSA値8以下が正常と考えればよい」というのはとても勉強になりました。私の前立腺はかなり肥大しているので、それなら正常値じゃないか、ということです。これからも参考にさせてもらいます。どうもありがとうございました。
【回答】
小学校の頃から優秀だった米山君が、期待通りに優秀な人物になったのを見て、とてもうれしかったです。
小学生3年生の時、環境に馴染めなかった転校生の私でしたが、話し掛けていただいたことに、今でも感謝しています。
質問がありましたら、いつでもどうぞ。
前立腺癌・前立腺肥大症については、下記のブログをご覧ください。
http://hinyoukika.cocolog-nifty.com/bph/
投稿: 米山です。 | 2016/08/29 10:05