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見えている世界

Doraemon
私たちの見える世界は、一元の世界から三次元や時間の加わった四次元の世界まですべて直接認識出来るかのように思えます。
しかし、一元の世界は点の世界であり、概念的には存在しますが、現実的には見えない筈です。なぜ点を認識出来るかというと、質量のない光子が網膜に当たり、いくつかの視細胞を刺激し、小さな平面として認識しているからです。
二次元の世界も点が連続し形成した面の世界ですから、私たちの目で確認することが出来ます。
三次元の世界は立体の世界ですが、私たちの眼の網膜には実は平面として見えています。その平面図を左右の眼で観察し、視差の程度と陰影の存在で脳で処理して立体のものとして認識しています。
四次元の世界は、三次元の世界に時間の流れが加味された世界です。しかし私たちは直接的に時間を認識することはできません。目に見える時計の運針、お日様の作る陰影、左右の耳から聴こえる音の強弱の差、季節の移り変わりや風に舞う枯葉などで時間を認識しています。

結局、私たちは、色々に見えるすべての世界を二次元の世界に置き換えて認識しているだけです。
同じような事が、この世界で起きるすべての事に言えるのかも知れません。
心の中の価値観は実は常に同じで、私たちの周囲で起きるすべてのことを評価してしまうのです。
勉強ができれば出世する、遊んでばかりいると不幸になる、お金が人生を豊かにする、健康は健全な生活をすれば得られる、病気は治る、煩悩を消滅させれば悟りが得られる、神を信じれば天国に行ける、阿弥陀様を信心すれば極楽浄土に行ける等、色々です。

これらすべての事象を常に同じ価値観で判断してしまうのです。多様な心の模様のように見えて、実は一つなのです。誰かに操作されているかのようです。まるで般若心経の色即是空、空即是色のようです。

【イラスト】ドラえもんの4次元ポケット

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コメント

受診カード34237です。
禅では「仏に会えば仏を殺し」と言います。
先生がおっしゃっていることと同じことを言っていると思います。
悟りを開いたと思ったらすぐにそれを捨ててしまえ。
捨ててしまう思いおも捨ててしまえと言います。
良寛さんは嫌いなものに「悟り臭い話」「料理人の料理」
と言われました。
私が30代後半のころ禅が解ったような錯覚をして京都の禅寺の有名な禅僧達によく禅問答を仕掛けに行きました。
今思えばヒア汗物ですが、その当時は大まじめで悟りについて語っておりました。
色即是空、空即是色とは相対性理論のE=mc2だと思います。
アインシュタインは神とは宇宙の摂理を言っていると記しています。
私も本当に誰かに操作されているのを感じます。
一切の価値観を徹底的に否定して禅の入門が始まります。
こう言っている私も禅に捕まっているのかもしれません。
禅の意識も完全に無くなつた時どんな景色が見えるか楽しみです。

投稿: 京都在住 | 2016/03/18 08:43

「見えている世界」というタイトルを見て、そして本文を読んで、ある事を思い出しました。
高校生の頃微分積分に頭を抱えてる時、こんな事学んで実社会で役に立つの?何のために勉強するの?と自問自答していました。
一週間程自問自答したでしょうか、ある日突然答えが出ました。およそ人間が作った目に見える物、テレビやビル、有形無形のサービス、等々。
全て理論の上に成り立っている、と。
理論すなわち目に見えないただの数字の羅列だったり、おかしな記号だったり。
それが理解出来ない者は新しい物は作り出せないし、物や出来事の本質を理解出来ないんじゃないだろうか、と気付きました。
その理論を知るために勉強が必要なんだ、と気付きました。

ただその直後、こんな事誰も教えてくれなかったなー、と自分に関わってきた大人達を少し恨んだり。
ただ勉強しろ!じゃわからないよ。なんて思ったもんです。(笑)
先生をヨイショする訳でなく。
ネットで時々見かけるアンチ高橋先生の事、先述の事が私の根っこに有るので全く聞き耳持たないです。(笑)

投稿: 31356 | 2016/03/18 12:55

お疲れ様です。先生とドラえもん好きです。

投稿: 羽○○ | 2016/03/19 11:07

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