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第57噺(145噺中)  「医者の不養生」

私のは学校医なので、学校医会報の原稿依頼がありました。そこで、今回の私の入院について下記のように記事にしました。

「医者の不養生」
平成26年の10月、医師会の旅行で神戸異人館に至る長い坂道を上がるのに息が切れるようになりました。日ごろの運動不足が祟ったのかと思い、機会がある毎にウオーキングをするように心がけていました。平成27年1月になって、自宅の階段を上がるのにも息が切れるようになり、さすがに鈍感な私でもおかしいと思い、久しぶりに自己採血をしました。検査結果を見て驚愕です。

同級生の総合診療科の教授に連絡をとると、即刻入院になり、やはり同級生の糖尿病内科の教授と二人が主治医になって12日間治療に当たってくれました。診断は糖尿病性腎症、ネフローゼ症候群、慢性腎不全で、入院中に体重は73.5kgから61.5kgまで減り、そのほとんどが何と水でした。

得られた多くの情報から解釈すると、大よそ次のような病態生理に落ち着きます。
私は以前から糖尿病があり、誰に相談もなくインスリン注射を20年以上も継続していました。空腹時血糖は100以下、時には70以下の低血糖になることもあり、ヘモグロビンA1cは5.0~6.0台とコントロール良好でした。実は、ここに盲点があったのです。

最新の知見によると、低血糖、高血糖の変動幅が大きいほど糖尿病は進行するそうです。たまの空腹時血糖とHbA1cのチェックだけでは血糖の乱高下を把握することはできません。恐らく私の糖尿病は徐々に進行し、かくして糖尿病性腎症にまで悪化したのでした。

糖尿病性腎症が進行したために腎性高血圧になりました。3年ほど前から確かに血圧が高かったのを本態性高血圧と自己判断して、降圧剤でコントロールしていました。高血圧により腎臓の動脈硬化はさらに進み、糖尿病性腎症は益々悪化しました。

腎臓は糖新生の20%を担っています。腎機能が低下すると肝臓だけに糖新生の負担がかかります。肝臓も疲弊し糖新生機能が低下し、空腹時の血糖を維持できなくなります。結果、低血糖、つまり血糖の乱高下が頻繁に起こり、糖尿病が悪化するという構図になります。

腎機能の低下でインスリン代謝の低下とエリスロポイエチン分泌の低下になります。注射したインスリンは体内に過剰に残り、低血糖は増悪し糖尿病は益々悪化します。また、腎性貧血にもなりました。私が自宅の階段で息が切れたのは、実はこの腎性貧血が原因でした。Hb9.0、Ht27とかなりの貧血でした。

糖尿病性腎症は遂に「ネフローゼ症候群」として顕在化しました。大量の蛋白尿で低アルブミン血症になり、血中浸透圧低下がナトリウム再吸収亢進を促し、身体にナトリウムが大量に貯留したのです。ナトリウムは水分と強く結合し、その結果、極端な浮腫になりました。入院時の胸部写真やCTスキャンでは、胸水、腹水、心不全、腸管浮腫が認められ、入院中の減塩6g、低蛋白60gの食事制限で、体重が12㎏以上も減ったのです。

私が入院で休診中に、来院した患者さんからは、「医者の不養生」と言われてしまいました。医師として面目のないことです。専門外の泌尿器科医が、中途半端な表面的な知識、つまり血糖とHbA1cさえ定期的にチェックしインスリン注射をすれば、糖尿病は完全にコントロール出来るという誤解と妄信が、今回の私の病気の悪化の原因でした。糖尿病の専門医に自分の体を委ねなかったのも敗因でした。それこそが、「生兵法は大怪我のもと」「餅は餅屋」「蛇の道は蛇」とは、先人も上手い言葉を数々と残したものです。私の身体の中で起きている難解なパズルゲームのような病態を生半可な経験と知識で対処できる訳もなく、反省しきりです。「後悔先に立たず」です。
自分の病態生理をいろいろ考えていたら、「ハッ」と気付くことがありました。

私の身体は、現実の世界に例えると、赤字経営の会社や倒産しかかった企業そのものです。その状況を回避しようと、良い人材をヘッドハンティングし、銀行と交渉し資金を調達、新しい企画に資本注入して、何とか立ち直ることができます。しかし人間の病気の場合、今回のように絶妙のバランスが崩れたら、崩壊の一途をたどるように思えるのです。

人間の身体・仕組みは、これほど複雑で絶妙のバランスの上に成立っています。仕組みの一部が具合悪くなると、「ドミノ倒し」的に次々と伝播し広がっていきます。それを阻止することは最新の医療でも難しいのが現状でしょう。考え方によっては、我々はギリギリの状態でバランスを取って生きているのだと思えてきました。

目の前の癌を発見し、手術によって排除し、それが出来なければ抗癌剤を投与し、感染症であれば原因菌を抗生剤でたたくという、私は目の前で具体的に見えることにしか興味が持てない泌尿器科医でした。今回のことで目に見えない病態生理に心の底から関心を持てる医師になりました。糖尿病、糖尿病性腎症、ネフローゼ症候群、慢性腎不全、CKD、食事療法、インスリン治療に関する専門書を新たに10冊以上も購入し、現在、読破・理解しようと頑張っています。常に勉強しなければならない医師としては良い機会です。「塞翁が馬」というべきこの状態を秘かに楽しんでいる自分がいます。

これが私の身の上に起きたドタバタ劇です。日本人の5人に1人の罹患率であるポピュラーな病気、糖尿病であっても、これほど複雑な病態になります。さてさて、どこから手を付けて良いのか迷いますよね?まずは、食事療法、厳格なインスリン量の決定です。結果は入院中から着実に出ました。

3年前から網膜が浮腫み(網膜黄斑変性症)、眼圧が高くなり(緑内障)、治療はするものの症状が安定せず視力障害で悩んでいました。ところが入院中から体重が減るに従い視力が回復しました。眼科の先生に診ていただくと、網膜の浮腫みは消失し、眼圧も下がりました。「ヒョウタンから駒」とはこのことだと、眼科の先生と一緒に驚いています。

将来は分かりませんが、今回の入院で透析治療は回避出来ました。入院中の低カロリー食1600kcalから、今ではアルブミン合成を促すために蛋白60g制限の高カロリー食2400kcalに指導されています。入院中はもちろんですが、退院後の献立の工夫も含めて、浮腫んだ足のマッサージなど妻子の支えがなければ今の私は生きてはいません。家族には本当に感謝しています。
腎疾患委員会委員長の私が慢性腎不全とは本当に皮肉なものです。私に試練を与えるにしても、神様は悪戯が過ぎます。

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コメント

先生、我々患者はいつも先生の味方ですよ!
お勉強も絶対無理せずに、お体気遣ってくださいね。
矛盾するようですが、研究を応援します。先生は糖尿病に関しても素晴らしい研究成果を挙げられるのではないでしょうか。
【回答】
ありがとうございます。

投稿: カープ坊や | 2015/03/16 21:14

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