第56噺(145噺中) 「慢性腎臓病CKD」
日本の慢性腎臓病CKD患者さんは、推定1330万人にも上り、現在も毎年増加傾向にあります。透析患者さんも30万人を越えており、社会的にも大きな経済的負担が問題になっています。慢性腎臓病CKDの主な原因は2013年の統計で、糖尿病性腎症(43.82%)、慢性糸球体腎炎(18.75%)、高血圧性腎硬化症(13.01%)の順で、糖尿病性腎症の発症率がダントツに高くなっています。それは私のように糖尿病の患者さんが年々増加しているためです。
実際に私がこの慢性腎臓病に罹ったことで遅ればせながら、非常に興味のある疾患になりました。【グラフ:日本内科学会雑誌104-3 2015 から】
私が入院・退院・通院を経て主治医とコンサルトしながら知り得た情報を私なりに理解し、模式図に表わすと、この図のようになります。
図式化することで、糖尿病に対する私の適当な自己治療が、病状を悪化させた事が分かります。
糖尿病のチェックは、一般的に血糖値とHbA1c(ヘモグロビン・エイワンシー平均血糖値の指標)を定期的に見ていきます。私には父親譲りの糖尿病体質が以前からあることが分かっていました。34歳頃から糖尿病が発症し、食事制限したり色々なサプリメントやジョギングなどの運動で対応していましたが、開業した38歳過ぎからは糖尿病の内服薬でもコントロールが難しくなりました。
40歳過ぎからは、インスリン注射で糖尿病は容易にコントロール出来ました。血糖値もHbA1cも正常範囲内に収まっていて安心していました。ところが、ここに油断あるいは盲点があったのです。
最近の糖尿病の新知見によると、血糖値の変動幅は大きいほど糖尿病が悪化・進行することが分かっています。その場合、空腹時血糖値が低くてもHbA1c(平均血糖値の指標)が正常範囲内であっても糖尿病は悪化するのです。
現在の主治医によると、血糖チェックはインスリン注射の直前に毎回実施しなければなりません。かなり頻回です。1週間で14回のペースんもなります。当時の私は検査を滅多にすることもなく、たまの検査で正常範囲であることを喜んでいたのです。実はこの時に病魔は密かに進行していったのでした。
恐らく、血糖値の変動幅が乱高下しており、たまの血糖値とHbA1c(平均血糖値の指標)では把握しきれていなかったのです。糖尿病は糖化最終産物(AGEs)という毒素が体を構成するタンパク質に付着(糖化)し動脈硬化を作るのです。糖尿病の場合、特に腎臓の細動脈を硬くし、糖尿病性腎症が進行していくのです。この時に、定期的に尿検査で尿タンパクや尿アルブミンをチェックすることで腎症を早期発見することができます。それを私は怠っていました。
糖尿病性腎症は徐々にではありますが、次第に進行していきました。
さて、腎臓には尿を作る以外にも、幾つかの機能があります。
①体の老廃物(BUN尿素窒素、Crクレアチニン、Kカリウム)を排泄
②赤血球を作るホルモンを分泌
③血圧を上げるホルモンを分泌
④糖新生、ブドウ糖を作る
⑤インスリンを分解する
⑥タンパク質を再吸収する
以上です。
糖尿病性腎症が進行すると、これらの重要な機能が次々と異常行動を起こすのです。
まず、私の場合、腎臓の血液から作った元の尿に漏れ出たタンパク質を再吸収出来なくなり、タンパク尿が出現しました。タンパク尿の1日量が3g以上漏出病態をネフローゼ症候群と呼びます。
タンパク尿が多くなると、血液中のアルブミンタンパクが減少し(低アルブミン血症)、血液の浸透圧が低下するので、尿からのNaナトリウム再吸収が亢進し、体にナトリウムが必要以上に貯留するようになります。ナトリウムは水と強く結合しますから体内に水が蓄積します。それが「浮腫」になります。今回の入院検査で胸水・腹水・心不全にまでなり、体重が水だけで12kgも貯留していたことになります。
糖尿病性腎症が悪化・進行するためには、糖尿病が悪化する理由があります。私はインスリン注射で血糖値やHbA1cをチェックしながら安心していたのですが、低血糖と高血糖の乱高下までは把握することが出来ませんでした。血糖の乱高下は糖尿病を悪化させるのです。
糖尿病性腎症が進むと、腎臓から赤血球を作るホルモン、エリスロポイエチン分泌が低下します。そのため次第に貧血になりました。いわゆる腎性貧血です。
腎臓の細動脈の動脈硬化が進むと、思うように腎臓内に血液が流れなくなります。この状態は致命傷になるので、腎臓は血圧を上げて血流を確保しようとします。これが腎性高血圧です。しかし残念なことに高血圧になればなるほど動脈硬化は進むので、さらに糖尿病性腎症は進むのです。
そんなこんなで腎臓はますます悪くなっていきます。腎臓には肝臓と共同して糖新生、ブドウ糖を作る大事な機能があります。肝臓で80%、腎臓で20%のブドウ糖が作られるのです。腎臓が悪くなると、腎臓の作るブドウ糖を肝臓で負担しなければなりません。一時的なことであれば問題ありませんが、長期間負担が続くと肝臓もさすがに疲れてきます。そして次第に肝臓もブドウ糖が作れなくなります。ブドウ糖が作れないと、空腹時の血糖を維持できなくなります。つまり低血糖になり、食後と空腹時の血糖の乱高下が強調され、糖尿病は悪化します。
腎臓はインスリンを分解する機能も持っています。腎臓が悪くなると、インスリンも分解できなくなります。分飽されないインスリンは血液中に過剰に存在することになります。インスリンが過剰にある訳ですから、血糖は必要以上に低下します。またまた低血糖になり、血糖は乱高下し糖尿病は悪化するのです。
かくして私の腎臓はますます悪くなり、遂には老廃物であるBUN尿素窒素、Crクレアチニンという尿毒が溜まりに溜まり、結果、腎不全・尿毒症になってしまったのです。
高々、糖尿病であったのに、ここまで複雑に体のシステムが変化していきます。仏教用語でいう「縁」という言葉を連想させます。物事はすべからず「縁」でつながっているという考え方です。この模式図を見ながら私の病気の成り立ちを考えると、世界の不思議さを考えないではいられません。まるで「風が吹けばおけ屋が儲かる」的な現象とも言えます。今回の私の病気で、病気に対する私の考え方が深くなったということは、医師として良い機会でした。ある意味「塞翁が馬」とも言えるでしょう。
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