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第35噺 (145噺中) 「梅毒」

梅毒は過去の病気と思われていますが、現在も現役でしぶとく生きています。梅毒の実態は梅毒トレポネーマという病原体が引き起こす慢性全身性感染症です。梅毒トレポネーマという病原体自体は非常に弱い菌ですが、熱や乾燥に弱くすぐに死滅するので、粘膜-粘膜の直接感染でしか感染しません。すなわちセックス感染のみです。
最近の梅毒に関する話題が医療サイトm3.comに掲載されていたので、ここに紹介しましょう。

【梅毒の猛威、統計来最多の感染  国立感染研調査、首都圏は収束の気配なし】
2014年10月29日 国立感染症研究所

 梅毒の流行が収束の気配を見せない。国立感染症研究所の感染症発生動向調査(IDWR)速報データ第42週によると、2014年10月19日現在の累積報告数は全国で1308人に上り、統計来最多を記録した2013年の1年分を上回った。感染者は東京402人、大阪188人、愛知90人と大都市に集中しているほか、神奈川県や千葉県、埼玉県の報告数も既に前年を超えるか同水準に達するなど、首都圏での流行が目立っている。

 速報データによると東京、大阪、愛知以外の梅毒累積報告数は、神奈川86人、千葉60人、北海道41人、埼玉37人の順に続いており、首都圏で猛威をふるっている様子がうかがえる。東京都の39‐42週の報告数は9、8、12、13人と増加傾向にあり、流行に衰えの気配が見られないという。

 国立感染症研究所によると、日本の梅毒感染報告は1987年をピークに減少傾向にあったが、近年は増加に転じている。2013年の累積報告数は前年から3割以上増えて統計来最多の1226人だったが、2014年は既にそれを超えている。

【歴史】
1492年コロンブスのアメリカ発見後、コロンブスの水夫達によって、ヨーロッパに持ち込まれたと信じられています。ですから別名「ハイチ病」とも呼ばれます。感染した水夫たちは1495年の「ナポリの攻城」【注】に傭兵として多数参加し、その後、次々に感染した他の傭兵がヨーロッパ全土に散って行ったので、ヨーロッパ全土に梅毒が急速に広がったと考えられています。
日本には16世紀中頃に到達しています。
【注】
「・・・いきなり孤立してしまったフランス軍は、兵の過半数をナポリに残した上で国王シャルルと9000の兵でもって大急ぎでイタリア半島を北上、7月の「フォルノーボの戦い」で反仏連合軍を破って本国へと帰還した。「フォルノーボの戦い」では反仏連合軍はフランス軍の4倍以上の大軍を揃えていたが寄り合い所帯で統制が甘く、フランス軍の中央突破の前に3000人もの損害を出してしまったのであった(フランス側の死者は90人)。ただしナポリに残してきた兵力はコルドバ将軍の率いるスペイン軍によって97年の2月末までに片づけられたのだが……。ここでひとつ余談、当時のナポリではアメリカから伝わった「梅毒」が流行しており、ナポリから本国に帰還したフランス兵を経由して全ヨーロッパに広がったという有名な話がある。・・・」

梅毒洋名Syphilisシフィリスは、16世紀に書かれた詩の中の羊飼いSyphilusの名前に由来しています。Syphilusは神を冒涜した罪により、当時新しい病気であった梅毒の名称になったのです。
梅毒洋名Luesルエスは、伝染病という一般名で現在でも慣用的に使用されています。

【概念】
梅毒トレポネーマ(Treponema pallidum subsp.pallidum)による慢性細菌感染症で、古典的性行為感染症の代表的疾患です。
梅毒トレポネーマは大きさ0.13~0.15×10~13μmの規則正しい深い屈曲を持つラセン状の細菌で植物性細菌と考えれています。
この植物性細菌というのに個人的に興味がひかれます。後述しますが、梅毒は治療しなければ、自然経過が何十年という気の長い歳月をかけて人の体を蝕んでいきます。動物性細菌であれば、こんなに悠長に待てません。末期には痴呆(麻痺性痴呆)で感覚もなくなって(脊髄癆)しまい、人ではありますが植物のような存在になってしまいます。まるで植物の種子が人に寄生して、ゆっくり肥料にしようとしているように思えてなりません。アメリカのどこかに梅毒の木が存在していて、人を肥料にしようと種子をばらまいている?と想像してしまいます。

treponema
【電子顕微鏡像 戸田新細菌学 改訂32版 南山堂から転写】

厚生労働省の感染症法では、梅毒感染者を発見した場合、早期顕症梅毒(1期梅毒・2期梅毒)、晩期顕症梅毒(旧来の3期梅毒・4期梅毒)、無症候梅毒、先天梅毒のいずれかに分け、届け出の義務があります。しかし現在、晩期梅毒と先天梅毒を見ることはほとんどありません。世代交代を繰返す間に梅毒トレポネーマの力が弱くなってきた(弱毒化)、宿主である人間の自然抵抗力が獲得されたことの可能性があると云われています。
【検査】
早期であれば、感染巣から採取し暗視野・位相差顕微鏡、パ-カーインク法による明視野顕微鏡の直視下で梅毒トレポネーマの動いているのが観察できます。
血液抗体検査として、梅毒血清反応と梅毒トレポネーマ抗原検査があります。
1.梅毒血清反応(ワッセルマン法・ガラス板法・凝集法):梅毒トレポネーマによって破壊された人間の細胞ミトコンドリアを自己抗体としてカルジオリピンを抗原とする凝集反応。
2.梅毒トレポネーマ抗原テスト(TPHA・FTA‐ABS):人間の血清中梅毒トレポネーマ抗体と検査キットの梅毒トレポネーマとの凝集反応。
ガラス板法の単独陽性(16倍以上)か、ガラス板法・TPHA(320倍以上)両者同時陽性のみ、要治療の梅毒感染者と診断します。免疫反応上、TPHAは治療後治っても長期間高い値を維持することがあり、要治療感染者と医師によって誤解されるケースが多いようです。
【基準値】
ガラス板法:陰性(1倍未満)
TPHA:陰性(80倍未満)

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梅毒の病期  ガラス板法陽性率  TPHA法陽性率
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1期梅毒        72%        50~60%
2期梅毒        100%        100%
無症候梅毒      73%          98%
3期梅毒         77%         98%
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ご覧のように、2期梅毒を除くすべての梅毒病期に、ガラス板法で偽陰性になる可能性が20%以上の確率あります。診断する際の迷わせる原因です。

HIV感染者では偽陽性にも偽陰性にも変化し正確に診断できないことがあります。しかしHIV感染者がひとたび顕症梅毒になった場合、進行がとても早いので注意する必要があります。30年もかかる神経梅毒まで1年ほどで発病するくらい急激に進行します。
梅毒感染者の自然経過は次の通りです。
A早期顕症梅毒
1期梅毒(3か月まで):局所感染巣の梅毒です。潜伏期間は3~6週間です。初期硬結(軟骨硬の粘膜下炎症)・硬性下疳(粘膜潰瘍)の症状が有名です。しかし症状のある1期梅毒は、感染者全体の3分の1(26%)に過ぎず、3分の2の感染者はこの時期を無症候で過ごし、2期・晩期顕症・無症候梅毒へと移行します。
2期梅毒(3年まで):全身性の皮膚梅毒です。バラ疹、丘疹、膿疱、白斑、脱毛など多彩な皮膚・粘膜所見を認めます。難治性の皮膚病の場合、梅毒を疑うのも注意する点です。

B晩期顕症梅毒
3期梅毒(10年まで):別名内臓梅毒です。皮膚潰瘍と臓器ゴム腫(慢性肉芽腫)を主徴とします。
4期梅毒(10年以上):血管・神経梅毒です。大動脈瘤や中枢神経が侵され、脊髄癆、進行性麻痺となり変性梅毒とも呼ばれます。欧米では過去において精神病院患者の約半分が神経梅毒(麻痺性痴呆)の時代がありました。
C無症候梅毒:
  梅毒感染者の3分の1は無症状で一生を終えます。ガラス板法16倍以上の時には治療の必要があります。
D先天梅毒:
  妊婦の胎盤を通して胎児に感染します。胎盤形成前の妊娠10週未満に梅毒治療を行なえば、先天梅毒は防げます。

梅毒の把握の難しい点は、梅毒トレポネーマが巧妙な隠れ蓑の術により宿主の免疫システムの探知から逃れることです。この点を重要視する欧米諸国とそうでない日本とでは、梅毒検査に対する信頼度合いが異なります。そのため、治療により血清反応が正常化しても、定期的な検査でフォローする必要があると云われています。

梅毒トレポネーマに対して人間に免疫抵抗性があるのは、第1期梅毒感染の時だけです。梅毒治療を行なっても梅毒トレポネーマに対する終生免疫はつきません。ですから第2期梅毒以降は、梅毒が治癒しても危険なセックスを行えば、何度でも再感染の可能性があります。何度でも淋病に感染するのと同じです。

【治療】
梅毒トレポネーマは、ラセン状の「いかにも」動きのある形態をし、顕微鏡下では回転と屈曲を活発に繰り返し行なっていますが、実際は菌体の長さの数倍程度の前進と後退を繰返すのみで、感染巣からは基本的には動けません。したがって梅毒トレポネーマの移動は全て他動的な血行性・リンパ行性の移動です。限局した感染巣の時期に抗生剤による積極的治療が梅毒トレポネーマの進行・拡散を防止する鍵となります。
このことから、欧米では、性的に接触したパートナーが梅毒感染者の可能性が高い場合には、淋病予防と合わせて、予防投与を積極的に行なうようです。
早期梅毒感染者と無防備な性行為を行なった際の感染危険率は30~50%です。性行為感染症・STDとしてはかなりの危険率です。最近のオーラルセックを主とする風俗の氾濫により口腔感染による伝播も危惧されています。
梅毒の世代交代は30時間~35時間と他の細菌に比較し長いので、抗生剤の有効血中濃度を長期間維持する必要があります。2週間から1ヶ月の服用が一般的です。現在でも昔から存在するペニシリンが第1選択薬です。

【補足】
Konniti2007医学書院から出版の「今日の治療指針 2007年版」の149ページ【梅毒】を私が執筆しています。治療に関して具体的にお知りになりたい方は、そちらをご覧下さい。

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