黙読と音読
私たちは、何気なく雑誌や本を黙読しています。声を張り上げて音読する事は、滅多にない事です。
しかし、私たちにとって当たり前の黙読は、明治になって西洋から学んで獲得した技術や習慣であることをご存じですか?
時代劇の寺子屋や武士の子弟が「子のたまわく…」という一見わざとらしいシーンは、黙読が出来ないから成り立つ場面なのです。やはり時代劇で奉行所からの「御達し」を群衆の中の一人が声を張り上げて読み上げ、群衆が理解する、やはりわざとらしい場面がよく出て来ます。
今の人から見ると、字の読める者が文盲の群衆のために読み聞かせているように見えます。実は、当時の日本は世界でも珍しく文盲率が低く、ほとんどの民は字が読めるのです。しかし、字が読めても音読でしか理解出来ないので、群衆が立て看板を口々に読み上げていたら、全員の声が雑音になり理解出来なくなるのでした。そこで、誰か一人が代表になって読み上げ、全員が理解するというスタイルが出来上がったのです。
当時、黙読出来るのは、長年勉強して来た者か、あるいは書類作成や文筆業を生業にした一部の特権階級だけでした。今の私たちは、幼稚園や保育園から小中高、大学や専門学校で長年読書を続けたので、自然と黙読出来るのです。黙読は後天的に獲得した能力です。これには脳生理学に根拠を見出せます。
耳から聴覚性言語中枢に入った音としての言葉は、次に感覚性言語中枢に流れ理解されます。これが文字文化のなかった頃の言語認識の基本の神経回路です。
音読は、視覚性言語中枢で認識した文字図形を運動性言語中枢を利用し発声し、聴覚性言語中枢を介したこの原始的な基本回路の応用です。
黙読は、眼から視覚性言語中枢に入った文字の図形情報を運動性言語中枢を利用しないで、一旦、聴覚性言語中枢で音に翻訳し、感覚性言語中枢に入力するという、リアルな音ではないバーチャルな音を利用する複雑な経路(回路)を辿るのです。
音読の神経回路に比較して、黙読の神経回路の方が複雑ですから、その形成には音読よりも長期に渡る教育が必要になる事は容易に理解出来るでしょう。音読の方が理解するのに時間が短く、情報のエネルギーロスが少ないので、物事を記憶するには黙読よりも優れています。
トロイの遺跡発見で有名なドイツ人シュリーマンは20か国語も駆使する事が出来ましたが、彼の語学勉強は大声を張り上げて、ひたすら何度も繰り返したとされています。音読の極みです。
私事ですが、高校生の頃、勉強の際に大声を出して記憶して成績を上げていました。学年で一番になったくらいです。しかし、周囲から勉強が出来ると評価されるようになると、声を出して勉強する事が高校生の私には気恥ずかしくなったのです。そこで黙読に切り換えたら、成績は見事に下がり、受験に失敗し、そのまま浪人生活に突入したのです。結局、私は音読の効果を過去に実体験していたのです。
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コメント
うちの子供は小学生です やはり日々音読させたほうが脳の発育 ひいては成績向上につながりますか?
【回答】
はい。
高橋先生は子どもさん達にはどんな教育をさせてきたんでしょうか?
【回答】
音読をすすめましたが、いつの間にか止めてしまいました。
理想的な行為が、続くとは限りません。
投稿: 慢性前立腺炎患者 | 2013/07/18 14:54