香りと嗅覚と脳の進化
前回、香りの薬理作用について解説しましたが、何故に、そのように効果が出てくるのか根拠を動物の進化から探ってみました。
人間の祖先は原始人、その前は類人猿、さらにその前はサルですが、それよりもズーッと昔はネズミに近い小動物でした。2億2500万年前に体長10センチ〜15センチ程度のアデロバシレウスという哺乳動物の祖先の化石が発見されました。化石から想像できる外観は、どう見てもネズミです。ですから、ネズミを詳細に調べれば、人間の本質も見えてくるかも知れません。しかし、この体毛のあるネズミ様動物は、卵を産んでいましたから、現在の爬虫類と哺乳動物の移行期の動物でした。
この問題のネズミのさらにもっと前は、爬虫類→両生類→魚類です。ですから、まずは魚類を詳細に調べて行きましょう。
5億2000万年前に完成した小さな魚類は、食べるものを嗅覚で見つけます。深海などでは、眼・視力は全く役立ちません。魚類は食べもの(プランクトン・藻・水生植物)を味わう味覚は持っていません。なぜなら、食べものを丸呑みするからです。舌らしい組織はありますが、丸呑みでは味覚の必要はありません。おそらく、食べた物が逃げないように、あるいは、食べ物を食道に送り込むための道具だったのでしょう。道具としての舌は、カメレオンやアリクイがその良い例でしょう。人間の舌も、味覚は嗅覚から独立分化し、発達したものでしょう。その証拠に鼻をつまんで食事すると味は半減してしまいます。つまり、魚類は生きるために、生命エネルギーを探るために嗅覚が存在して、生きるためにの一番重要な感覚器なのです。その嗅覚でメスに近づいたり、食べ物を見つけたり、危険な魚から逃げたりしていました。つまり嗅覚を中心とした様々な行動が脳を発達させた原動力になったのです。魚類に至るまでの生き物は、条件反射や偶然の行動で動いていました。魚類の嗅覚による感情・意志・意図行動とは月とスッポンです。
ネズミの嗅球は、脳全体から比較すると、かなりの体積を占めています。それほど重要だったのです。食べ物=生命エネルギー=香りを探知して、自分の命を継続するためだからです。
ところが、人間の脳になると、横から観察したのでは見えません。脳を裏返しすると、ほんのわずかの嗅球の体積で確認できます。人の脳からすると、大した器官ではないと思われますよね?ところが、ネズミの嗅球の実体積から比較すると、人間のそれは10倍以上、より大きなものになっています。
食事をするときに、味覚の中で嗅覚はとても大きな位置を占めています。
実際に食事中に、食材の香りは口の中から鼻に向かって流れて行きます。その証拠に、鼻をつまんで口から香りが鼻腔に逆流しないようにすると、味覚は半減、あるいは、それ以下になってしまいます。鼻をつまんで食べると、確かに味は感じますが、平面的・二次元的な味です。つままないで食べると、味が立体的・三次元的に感じます。これが風味なのです。風邪などで鼻が詰まっている(鼻閉)人は、食欲不振になります。そして、元気がなくなり衰弱してしまうのです。一見すると、食事量が少なくて衰弱したと思えますが、見方を換えると香りのエネルギーが吸収できないから衰弱したと思われます。
爬虫類以上の動物になると、丸呑みではなく、口の中で食材を噛み砕くことが多くなり、舌の役割の重要性が高まります。その結果、味覚は発生して、旧来の嗅覚と同調して現在の味覚が完成したのでしょう。
魚類から両生類→爬虫類→ネズミ→哺乳類→猿→類人猿→原始人→人類と、5億2千万年もかけ長期間に渡って進化しました。にもかかわらず、原初の太古に誕生した嗅覚は存続し続けています。つまり、生命にはとても大切で必須の感覚なのです。私たちが今まで認識していた嗅覚と別の顔を持っているのかも知れません。この貴重な感覚の本質を熟知することで、利用すれば生命の新しい世界が開けるかも知れません。それが香りの薬理作用かも知れないのです。ヒトは見えないものを軽視しがちです。神様、仏様、他人の心、気持ち、……香りです。
【備考】
これから考えると、食べ物の香りは重要です。
食材に香りを発する物や調理により香りが引き立つ方法や調味料が、食事を能力以上にしてくれます。料理の香りを重要視すると、そのお店は繁盛するでしょうね。普通のオニギリよりも焼きおにぎりが、鰻の白焼きよりも鰻の蒲焼きの方が人気が出ます。