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骨髄細胞から平滑筋細胞へ 再生医療の扉

患者さんから興味深い文献(http://s-igaku.umin.jp/DATA/58_05/58_05_05.pdf)を紹介されました。
内容が専門過ぎて難解ということで、私なりの解釈でここに解説します。

【要約】
ネズミの実験において、傷害を受けたネズミの膀胱に他のネズミの骨髄細胞を移植したら、骨髄細胞が平滑筋に分化・成熟して、欠損した膀胱平滑筋が充填され再生したという「再生医療」に結びつく動物実験です。再生した膀胱は組織構造上も機能上も正常な膀胱と同様であったというのです。
この再生に必要な要素が3点あり、1つ目が骨髄細胞、2つ目がその骨髄細胞が生着できる場=組織基本構造、3つ目が骨髄細胞が分化・成熟させるに必要な成長因子(Growth Factor)の存在です。

【詳細】
骨髄専用のネズミ(ドナー)から、骨髄を採取し培養して増やします。骨髄を移植されるネズミ(レシピエント)は自己免疫システムが欠落し拒絶反応がないヌードマウスを利用します。
Smfluor培養した骨髄細胞には、あらかじめ蛍光抗体染色を施し、移植した部分が分かるように目印を付けます。また事前に平滑筋抗体染色を施し、骨髄細胞に平滑筋の性格がないことを確認します。写真は蛍光抗体で発色している平滑筋細胞です。

Smbladderdryice骨髄を移植されるヌードマウスには、ドライアイスで冷却した金属棒を膀胱に30秒当て、膀胱に凍結傷害(=凍傷)を作ります。写真は凍結傷害で薄くなった膀胱壁と凍結傷害を免れた厚い膀胱壁です。

Smtransplant凍傷処置を施した3日後のヌードマウスの膀胱に、骨髄細胞を10万個注射して移植します。移植2週間後、ヌードマウスの膀胱は見事に再生されます。再生された平滑筋は骨髄細胞で処置した蛍光抗体で染色されており、平滑筋抗体にも染色されました。すなわち平滑筋ではなかった骨髄細胞が平滑筋に変身(分化・成熟)したというのです。そして膀胱全体として形態学的にも機能的にも正常の膀胱と遜色なかったというのです。写真は、蛍光抗体で発色し骨髄細胞が生着したと判断できる所見(左画像)と、同じ部分が平滑筋染色で染まり、骨髄細胞が平滑筋に変身・分化したと判定できる所見(右画像)です。

【背景】
正常の組織に万能細胞といわれる「幹細胞」を移植しても生着率が1%も満たないという事実があります。この文献の報告者も、正常の膀胱組織に骨髄細胞を移植したがほとんど生着しなかったことを経験しています。
あらゆる細胞に変化・変身する能力のある幹細胞や骨髄細胞が、目的の臓器や組織に生着させるための工夫として、この実験が存在します。
生着させるに必要な条件・要因として3点が紹介されています。
1つ目が、生着に十分な数の骨髄細胞を培養し増やす事です。その際に、純粋に変幻自在に変化することのできる可能性を持った骨髄細胞だけを増やすことです。良い俳優を揃えれば、良い舞台が期待できます。

Smhoneycomb2つ目として、凍結傷害が平滑筋の細胞だけをアポトーシス(細胞死)させることが重要らしい。アポトーシスは、細胞核内のDNA指令で自滅させるソフトウエア起動の結果です。細胞周囲を破壊せずに細胞単独で自滅消滅するので、組織全体の構造・骨格(ここではハニカム構造=ハチの巣構造)が残り、空いたスペースに骨髄細胞がチャッカリ納まり生着するのだろうというのです。舞台が整っていなければ、俳優が十分に実力を発揮できないのと同じです。写真はアポトーシス(細胞死)で空洞が観察できる(右画像)平滑筋組織です。

3つ目として、骨髄細胞を平滑筋に変身・変化・分化・成熟させる成長因子(Growth Factor)の確保です。凍結傷害を受けた膀胱からは、平滑筋誘導に密接に関与している4つの成長因子、SPP1、INHBBA、GDNF、TGFB1メッセンジャーRNAが分泌されるとのこと。どうやら凍結傷害を免れ生き残った平滑筋から生成されるらしい。これは凍結傷害による偶然の産物でしょう。正常の組織からは生成されないので、正常の組織に骨髄細胞の変身誘導の可能性は少なくなる訳です。スタッフや黒子の活躍がなければ、俳優の着替えや舞台の進行が進まないのは当然でしょう。

【将来の展望】
この実験テクニックが改良され、人間に応用されれば期待が持てるかも知れません。慢性前立腺炎や間質性膀胱炎の原因が平滑筋の傷害だという私の仮説が定説になれば、実現するでしょう。しかし、慢性前立腺炎は前立腺の原因不明の難治性炎症であり、間質性膀胱炎はやはり原因不明の膀胱粘膜の炎症と思われている内は実現されないでしょう。
過去に前立腺肥大症の治療で「クライオ・サージャリー(凍結手術)」が存在しました。前立腺肥大症に冷却装置を挿入して、前立腺肥大症を凍結傷害させる手術です。しかし、その術式はフェードアウトし現在は行われていません。治療効果が劣ったからでしょう。前立腺肥大症の症状形成には平滑筋が強く関与していますから、凍結傷害でアポトーシスを起こした平滑筋細胞は、自然治癒力で新しい平滑筋細胞に置換されたでしょう。再生された平滑筋が健常なものであれば、前立腺肥大症の症状は軽快した筈です。ですが期待されるような結果にならなかったのは、手術後、大量の骨髄細胞を注入しないからなのかも知れません。

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コメント

 本日休診であるにも拘らず丁寧にご説明いただきありがとうございました。なにかこれからの治療のお役にたてれば幸いです。

投稿: | 2012/04/12 19:23

お忙しい中、我々患者の些細な質問にまで丁寧に解説していただきありがとうございました。
根本的に前立腺炎、間質性膀胱炎の治療が世界的に広がらないと私たち患者の苦悩は解消されないのでしょうね。

投稿: ひろ | 2012/04/15 19:37

先生!血の涙の後でしょう?先生無理なさらないように
【回答】
頼まれると断れない性格なのでしょう。
「豚もおだてりゃ、木に登る」ですか・・・。

投稿: けんじ | 2012/04/21 15:18

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