膀胱出口・括約筋間距離Outlet-Sphincter-Distance
超音波エコー検査で、膀胱三角部が肥厚・発達した所見は得られるものの、その存在意義が無視されてきたのが現状です。
特に泌尿器科医の超音波エコー検査の読影(診断)は、結石の存在、癌の存在、前立腺の大きさ程度しか判断しないお粗末なものです。
慢性前立腺炎と診断された患者さんの多くは、超音波エコー検査では「問題なし」と診断されてきた方がほとんどでした。そのような患者さんを丁寧に超音波エコー検査で診断すると、正常ではない所見がたびたび見つかります。その所見を私だけのイメージで納めていては、他の泌尿器科医の診断能力の進歩に役立ちません。
そこで、超音波エコー検査が少しでも分かりやすくなるように、今までもレクチャーしたつもりです。
今回、数量的に膀胱三角部の発達程度を示す指標として、膀胱出口・括約筋間距離Outlet-Sphincter-Distanceなるものを考案しました。この企てが成功するかどうか分かりませんが、とにかく前へ進みましょう。
図で示すのは、左がほぼ正常の下部尿路の超音波エコー検査側面像と、右が原発性膀胱頚部硬化症(非細菌性慢性前立腺炎の原因)の下部尿路の超音波エコー検査側面像の比較です。
左の正常像の場合、膀胱三角部は薄く、ほとんど見えないか、見えたとしても膀胱括約筋の厚さよりもはるかに薄くできています。また、膀胱括約筋のエッジは膀胱出口に近接していて、距離にして5mm前後が正常と考えます。
右側の図は、問題の原発性膀胱頚部硬化症を示しています。3D超音波エコー検査で観察すると、硬化像は一目瞭然なのですが、2D超音波エコー検査では間接的に観察するしかありません。
【実例1】
実例を供覧します。
38歳男性です。健康診断にてPSA値(前立腺癌腫瘍マーカーと信じられている血液生化学検査)を行ったところ、6.4ng/mLと高い値でした。4.0ng/mL以下が正常範囲ですから、前立腺癌を疑われてしまいました。
この超音波エコー検査で異常を認めますが、慣れていないと意味不明です。
そこで、右のように注釈を添えました。
問題の膀胱出口・括約筋間距離は12.5mmです。この患者さんのように膀胱括約筋が厚い場合は、厚みの中央地点のエッジ部分と膀胱出口を結んだ距離を測定しています。正常が5mm前後ですから明らかに異常です。また、膀胱三角部も膀胱括約筋も肥厚しています。排尿障害を示唆しています。
膀胱出口のすぐ上に硬化像を認めます。このように硬化像が容易に認められる場合はよいのですが、硬化像がない場合には膀胱出口・括約筋間距離が指標になります。
結局画像から排尿障害を強く疑われます。前立腺癌腫瘍マーカーであるPSA値は、排尿障害があると有為に高い値を示しますから前立腺癌は否定的です。
また、PSA-densityは、6.4÷30cc=0.21ng/mL/cm3でカットオフ値の0.23以下ですから、やはり前立腺癌は否定的になります。
【実例2】
52歳男性です。
会陰部痛と左ソ径部痛で来院した患者さんです。2D超音波エコー検査で、膀胱出口・括約筋間距離19.4mm(正常は5mm前後)と離れています。膀胱三角部も台状に厚くなっています。前立腺の大きさは29ccと正常(20cc以下)よりも大きくなっています。
【実例3】
58歳男性です。健康診断のPSA検査で、7.99(正常は4.0以下)で前立腺癌を疑われ来院しました。
前立腺肥大症の中葉肥大型で強い排尿障害を認めます。膀胱出口・括約筋間距離は22.6mm(正常は5mm前後)とかなりなものです。前立腺の大きさは50ccでしたから、PSA-densityは0.16と正常範囲の0.23以下ですから、前立腺癌の心配はありません。
【実例4】
59歳男性です。PSA検査で3年前から高く、前立腺癌を疑われ前立腺針生検を受けましたが、検出されません。
最近のPSA値が11とさらに高くなったので、セカンド・オピニオンで高橋クリニックを訪れました。
2D超音波エコー検査の所見では、膀胱出口・括約筋間距離26.1mm(正常5mm前後)とかなりの長さです。膀胱三角部も台状に鎮座しています。硬化像も認められます。明らかな排尿障害の構造です。前立腺の大きさも44cc(正常20cc以下)と大きい方です。
結論として排尿障害によるPSA値の異常と判断するべきでしょう。
【実例5】
61歳の前立腺肥大症を治療中の男性です。
初診当時、夜間頻尿5回で訪れました。超音波エコー検査で前立腺の大きさは85cc(正常20cc以下)ですから、普通の人の4倍以上の大きさになります。
治療としてアボルブを服用していただいた半年後の2D超音波エコー検査の所見です。前立腺はまだ大きいとはいえ52ccまで小さくなりました。約40%のサイズ・ダウンです。
膀胱括約筋は肥厚しています。膀胱三角部は前立腺肥大症の突出部と一塊になり区別がつきません。
見方を変え、膀胱出口・括約筋間距離を測定すると30.4mm(正常5mm以下)と、まだまだかなりのものです。膀胱出口・括約筋間距離が長いということは、膀胱三角部が肥厚あるいは伸展していることになりますから、夜間頻尿になるのは当然です。しかし、以前に比べたら夜間頻尿は減り、現在0回~1回で済んでいるそうです。
【実例6】
この考え方は、男性ばかりだけではなく、女性の場合にも当てはまります。
この患者さんは50歳のご婦人です。
25年前から年に2回膀胱炎を繰り返す、その都度、1ヵ月くらい残尿感と尿道口のジクジク感が残ります。
1年前くらいから、1日20回以上の頻尿で苦しんでいます。そのご婦人の2D超音波エコー検査の所見です。
超音波エコー検査所見に注釈を付けました。
ご婦人の場合、男性に比較して膀胱括約筋の肥厚は目立ちません。その分、膀胱三角部は厚く肥厚して見えます。膀胱出口は明確に見えていて、硬化像も伴っています。
膀胱出口・括約筋間距離は8.7mmと今までの男性患者さんと比較すると短い方ですが、5mmを超えていて異常です。ご婦人の場合、前立腺という臓器がないので、男性ほどには膀胱出口・括約筋間距離が長くなりません。前立腺の存在は、必要以上に膀胱出口・括約筋間距離を過大に表現してくれます。
【実例7】
46歳の男性です。
8ヵ月前に慢性前立腺炎と診断され治療を受けていますが治りません。症状は、会陰部痛・亀頭部の擦れる感覚・左ソ径部~太ももにかけての痛みです。排尿回数は1日7回~10回です。
2D超音波エコー検査では膀胱出口の硬化像と前立腺結石を認めました。前立腺の大きさは20ccと正常範囲内です。
膀胱出口・括約筋間距離8mm(正常5mm前後)と若干長めです。
尿流量測定では、ご覧のようにギザギザが目立つ膀胱頚部硬化症・慢性前立腺炎の特徴を示す排尿曲線を示しています。
【実例8】
52歳男性です。
10ヵ月前に慢性前立腺炎と診断を受けクラビット・バクタ・セルニルトンの処方を受けましたが、症状は改善しません。症状は下腹部から両太ももに至る痛みです。排尿回数は1日8回~10回で夜間1回です。
2D超音波エコー検査では、前立腺結石と膀胱三角部の肥厚、膀胱出口の硬化像を認めます。前立腺の大きさは35cc(正常20cc以下)と大きめです。
膀胱出口・括約筋間距離は12.8mm(正常5mm前後)と長めです。
尿流量測定では、ご覧のように力のない前立腺肥大症型の排尿曲線を示しています。
前立腺が大きめであることと、膀胱頚部硬化症の所見から、ユリーフとプロスタールを処方しました。
治療3ヵ月後の2D超音波エコー検査所見です。
プロスタールの治療効果があったので、前立腺の大きさは35ccから24ccにサイズダウンしています。
しかし、膀胱三角部の所見はほとんど変化がありません。膀胱出口・括約筋間距離も同じです。
症状は、半分近くに軽減しましたが、刺激物を食すると症状が増悪するそうです。
前立腺の大きさだけが症状を作っているのではないことが、示唆されます。厚くなってしまった膀胱三角部をどうするかが治療のかなめになります。
【実例9】
59歳男性です。沖縄からの訪問者です。
症状は6年前から陰嚢がかゆい、つまり陰嚢掻痒症です。地元の医療機関を受診しても「分からない」の答えです。
2D超音波エコー検査では、前立腺の大きさ18ccと正常ですが、ご覧のように膀胱出口は突出し、硬化像も認めます。膀胱三角部も肥厚し、膀胱出口・括約筋間距離は15.3mm(正常5mm前後)と長めです。
尿流量測定検査(ウロフロメトリー)は、最大23.6ml/秒で頭打ちの排尿障害を認めます。ギザギザ曲線ですから慢性前立腺炎型・膀胱頚部硬化症型といえます。
自尿は306mlでしたが、残尿は108mlとかなり多く残ってしました。
膀胱頚部硬化症による排尿障害で、膀胱三角部が肥厚し過敏になり、頻尿にはなりませんが(この患者さんは1日6回)、その代わり陰嚢掻痒症という症状になったと考えます。
【補足】
構造欠陥(解剖学的異常)が機能低下(生理学的異常)を招き、その反応が非細菌性慢性前立腺炎だというのが、私の「自論」です。
しかし、現実はもっと奥深く、初めの機能低下(生理学的異常)が長期間にわたり存在し、その結果、構造欠陥(解剖学的異常)にまで進展し、その構造欠陥がさらなる機能低下(生理学的異常)にまで及んで、そこで初めて非細菌性慢性前立腺炎症状が出現するものと考えます。
初めの機能低下では無自覚・無症状です。この時点では患者さんが来院する訳もなく、病状は進んでいきます。病状が進んで構造欠陥にまで達すると、機能低下は著しくなりますから、患者さんは慢性前立腺炎症状を自覚するようになり、医療機関に来院するのです。
初めの機能低下は、患者さんが自覚しないので「未病」の状態になります。この時点では超音波エコー検査を受けても診断できません。なぜなら構造欠陥がないからです。ウロフロ尿流量測定検査では診断可能でしょう。
さらなる機能低下では、構造欠陥が基本にありますから、超音波エコー検査で見つけることが可能です。しかし、見つけるためには、下部尿路の超音波エコー画像を漫然と眺めているだけでは分かりません。このブログのテーマのように、詳細に分析しなくては診断できません。前立腺マッサージや前立腺液検査や細菌培養検査程度では、構造欠陥が診断できないのは素人でも理解できるでしょう。
しかし、構造欠陥が超音波エコー検査で発見されても、【実例1】や【実例4】の方たちのように自覚症状はなく、PSA値の異常で発見されることもあります。PSA検査をしなければ、構造欠陥がたとえ存在したとしても「未病」という状態で分からなかったに違いありません。
【あとがき】
今回、解説している膀胱出口・括約筋間距離は絶対的な正しい指標ではありません。(世の中には絶対はありませんから・・・)膀胱出口・括約筋間距離が長くても硬化像がなければ排尿障害はありませんし、逆に膀胱出口・括約筋間距離が正常範囲内であっても、硬化像があれば排尿障害は認めます。
硬化像は3D超音波エコー検査で一目瞭然に直感的に観察できますが、2D超音波エコー検査では不明瞭な場合もあります。産科医なら持っている可能性の高い3D超音波エコー機器ですが、泌尿器科医にとっては無用の長物と思われ、持っている泌尿器科医はほとんどいないでしょう。3D超音波エコー検査機器がなくても、2D超音波エコー検査で容易に排尿障害を視覚的に画像的に予想できる膀胱出口・括約筋間距離という観点は重宝すると考えています。
泌尿器科学はこのように繊細な検査をしなければ分からない病気が多い学問です。しかし、泌尿器科医の中には、大雑把に理解していて診断できる簡単な学問だと誤解している医師もいます。大昔であればそれで良かったかも知れません。慢性前立腺炎で苦しんでいる患者さんの中には、『適当に診察された』という印象を受けた方もいるでしょう。極端な話、「尿がきれい」で「前立腺液に白血球が見つからない」と、安易に心因性・精神的・ストレス性と断言された患者さんの何と多いことか!大学病院でさえ、そうなのです。
もしも泌尿器科医で、このブログを読んでいる医師がおられたら、もっと精微で緻密な検査を行い、患者さんの訴えを良く聞く努力をなさって下さい。「そのうち治ります」とか「気にしないようにして下さい」とか「他の診療科の患者さんですね」とか決して言わないでください。泌尿器症状の悩みのある患者さんに対して、泌尿器科医がそのような言葉を告げるのは、泌尿器科医としての職業を自らが否定しているようなものです。ありきたりで通り一遍の検査を行い、異常が出なければ、異常が出るように検査の仕方を変えるとか、条件を変えて患者さんに臨むべきです。
私の出身大学のスローガンは、「病気を診ずして患者を診よ」です。患者さんの訴えは真実の言葉です。検査で異常が出ないのは、医師が選択した検査が不適当であったか、初めから間違った目標病名を決めてかかっているに違いありません。反省すべき点は多々ある筈です。(自己反省も込めて)
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コメント
高橋先生
先日診察頂いた実例1の者です(初診時は38歳でしたが,四十路をむかえました。)
先生に説明頂いたあと,このブログを読むと更に理解がしやすく,ブログ内の他の関連記事も勉強になります。しかし,前立腺がんは否定的とはいえ,排尿障害が消えているわけでなく,これから徐々に進んでくる可能性があるのも不安です。
そこで以下の3つをご教示ください。
①私の年代でこのように排尿障害を有している男性は稀なのでしょうか?
【回答】
稀ではありません。
②日常生活での注意事項
【回答】
水分(お茶・コーヒーを含む)を極力控えてください。
③今後,前立腺を小さくする治療と膀胱頚部硬化症の治療のどちらを考慮していくべきなのでしょうか?
よろしくお願いします。
【回答】
自覚症状がなければ、あわてて治療の必要もないでしょう。
今回はあくまでもPSA値が高くなった原因を証明しただけです。
自覚症状のない患者さんに積極的に治療する適応はありません。
投稿: 実例1 | 2010/03/30 13:21
高橋先生
先生のコメントを読んでいると救われる思いがいたします。私は最近先生に診て頂いた者の一人です。先生に見て頂くまでに数回他の泌尿器科にかかりましたが、その診察時間は高橋先生の1回の診察時間に満たないものでした。一見しただけで「気のせい」「わからない」「よく寝ろ」そういう診察ばかりでした。どう考えて気のせいではないと訴えると、変人のような扱いです。誰が好き好んで局部を見せに行くというのでしょうか。医者に行って屈辱的な扱いを受ける。冗談じゃないですね。このブログを見つけられず症状が続いていたらと思うとぞっとします。治療方法がなかなか普及していかなことは残念です。単純には言い表せない事情があるとは思うのですが、先生の治療でかなり症状が抑えられ楽になることは事実です。患者と医者にとってこれ程喜ばしいことはないと思うのです。なんとかこの考え方が広まってくれることを願っています。泌尿器科医の先生方、どうかこの病気をもう少し理解して頂けないでしょうか。そして、もう少し丁寧にこの症状を訴える患者さんに接して頂けないかと思うのです。先生方の診察の仕方次第で、別の病気になってしまう危うさもあると思います。高橋先生、これからもがんばってください。応援しています。
投稿: | 2010/04/12 19:57
福岡のまさです。
今は高橋先生が唯一の希望の光に思えます。
どうか先生がお仕事であまり無理をして倒れないようになさってください。他に代わりはいませんから。
それにしても世の泌尿器科の医師はもっと高橋先生の意見に真摯に耳を傾けて欲しいと思います。
投稿: まさ | 2013/03/01 20:34