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因果応報

因果応報(いんがおうほう)とは、ご存知のように仏教用語です。
端的に言えば、原因があるからこそ必然的に結果が存在するということです。逆に言えば、この世に原因のない結果は存在しないとも云えます。原因を「気のせい」とする医師の何と多いことか!
私がこうして医師として生きていけるのも、私が医師になろうと思い、その道を進んだからこそ、医師としての私が存在するのです。
私が糖尿病であるのも、父の糖尿病の遺伝子が脈々と私に受継がれたからこそ、インシュリンを打っている私が存在するのです。
一見原因のない唐突な事件や事故であっても、必ず原因がある。100歩譲って現世で原因がなければ、前世に原因があったと考えるのです。私は特定の宗教を信じている訳ではありませんから、お話の内容は右から左に聞き流して下さい。

さて、慢性前立腺炎や間質性膀胱炎の表向きの原因が、細菌・ウィルス・アレルギーで、その結果が慢性前立腺炎症状・間質性膀胱炎症状になるというのが、現在の考え方でしょう。

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ところが、ハッキリした原因が特定されないにもかかわらず、抗生剤の投与や抗アレルギー剤を処方してお茶を濁しているのが現状です。小さくなった膀胱に麻酔をかけて無理やり膨らませるという暴挙に出るに至っては、医学だとは到底思えません。

上の図は、因果応報を図示したものです。
Aという原因があれば必ずBという結果が再現される時、A→Bが証明されます。常に再現されれば、この現象あるいは命題は科学的に証明されたことになります。(ある若い記者が、この「再現性」について力説したことを思い出します。彼は科学信奉者でした。私にインタビュー取材に来たのに、私に散々意見して帰られました。・・・)
ところが、本当はCという隠れた原因が存在していて、C→A、C→D→Bという流れだとすると、A→Bという命題は真実ではなくなります。
さらに、Eという深くに埋もれた原因が存在していて、E→C→A、E→F→D→Bという流れが本当の命題だとすれば、・・・
さらにさらにGという深遠に埋もれた原因が存在し・・・
きりがないのでこの辺にしておきましょう。

要するに、私たちが容易に理解できる原因→結果という命題は、このような真実を常に包含しているのです。ですから、科学的な証明やエビデンスといえども、新しい発見の前では陳腐なものになります。
私の排尿障害が慢性前立腺炎や間質性膀胱炎の原因だとする理論も怪しいものです。

この図を見ると、慢性前立腺炎の原因が細菌やウィルス、間質性膀胱炎の原因がアレルギーと簡単に判断することに、危うさを感じませんか?

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