平滑筋の謎と秘密
膀胱や前立腺に存在する平滑筋は、解明されているようで実は完全には分かっていません。
私の本当の治療相手は、前立腺でもなく膀胱でもなく、実はこの平滑筋だと思っています。
この平滑筋について、少し詳細に述べようと思います。(私の空想・仮説も時々混じっていますから、だまされないように客観的にご自分の心の目でお読み下さい。)
【α-ブロッカーとαレセプター】
私がよく前立腺肥大症や慢性前立腺炎にα-ブロッカーを処方します。α-ブロッカーは何に作用するかご存知ですか?
前立腺平滑筋や膀胱平滑筋のαレセプターに作用するのです。
αレセプターは、交感神経から放出されるノルエピネフリンに反応して、平滑筋を収縮させます。α-ブロッカーはこのノルエピネフリンとαレセプターの間に邪魔に入り、その作用を弱め、平滑筋の収縮を抑制し弛緩させるのです。
平滑筋は、心臓を除くすべての内臓や血管に分布します。その部位によってレセプターの種類が異なります。
血管はα1b、前立腺はα1aとα1d、膀胱はα1dレセプターにすみわけができます。(図ではα1dは?になっていますが・・・)
【筋肉の種類】
平滑筋はどのような特徴があるのでしょうか?
この図は、平滑筋・心筋・横紋筋の特徴を示した表です。平滑筋は内臓筋で、横紋筋は骨格筋です。心筋は筋肉の種類からすると横紋筋ですが、働きは力強い内臓筋の作用を持っています。要するに心筋=(横紋筋+平滑筋)÷2の性格を持っています。
横紋筋の収縮は神経に完全に依存しています。そして緊張度は筋紡錘という特別な装置でコントロールされています。
心筋は、多数の心筋細胞がペースメーカーの働きで全体として一つのまとまった動きをします。しかしペースメーカーの働きが弱いと、それぞれの心筋が勝手に収縮します。それが不整脈です。心筋は隣り合う筋肉同士の電気的情報のみでコントロールされていて、緊張度をはかる感覚器(筋紡錘)はありません。
平滑筋は、神経に完全にコントロールされたグループ(血管など)と、筋肉の電気的結合によって一つが全体に、全体が一つにまとまった動きをするグループ(胃・膀胱・子宮など)とに分けられます。平滑筋の緊張度をはかる感覚器がないにもかかわらず、平滑筋は緊張・収縮を適度に保っています。これが不思議なのです。
【平滑筋の仕組み】
平滑筋は、神経刺激や化学伝達物質、ホルモン、物理的伸展刺激などにより、カルシウムイオンを細胞内に取り込み、収縮をします。すなわち平滑筋内のカルシウムイオン濃度が高まると収縮するのです。
刺激が強いと、当然収縮するのですが、生理的には一定の緊張度を保ちながら我慢するのです。感覚器がないのに緊張度をはかれないのに我慢するのです。これが不思議な現象です。
例えば、オシッコがいっぱいたまったのに我慢できるシステムの詳細が、生理学でも臨床医学でも完全に解明されていないのです。
【膀胱知覚入力メカニズム】
この図は、現在考えられている膀胱知覚入力メカニズムの想像のチャートです。
膀胱内に尿がたまり膀胱は物理的に伸展すると、膀胱粘膜が伸展します。すると粘膜から化学伝達物質(アデノ三リン酸・一酸化窒素・アセチルコリン・プロスタグランディンなど)が放出されます。この化学物質が知覚神経を刺激して尿意を感じるという経路が一つあります。
化学伝達物質が筋線維芽細胞(Myofibroblast)を刺激して知覚神経末端に情報がながれる経路が2つ目にあります。
三つ目の経路として、膀胱の物理的伸展が筋線維芽細胞を直接刺激する経路です。
この図は、ネズミの膀胱平滑筋の電子顕微鏡組織像です。
F:筋線維芽細胞、Nとn:神経線維です。他はすべて膀胱平滑筋です。上図のメンバーが確かにすべてそろっています。
しかし、上図の膀胱知覚入力メカニズムは回りくどいと思いませんか?一見本当そうで、それにしては複雑です。尿意を感じるシステムがこんなに複雑な訳がないと思いませんか?
膀胱そのものが引き伸ばされているのに、膀胱粘膜が間に入って引き伸ばされたと知覚神経に連絡を取るのです。マンガみたいでしょう。膀胱に尿がいっぱいにたまって引き伸ばされたのなら、膀胱壁の膀胱平滑筋が伸ばされたと知覚するのが一番自然でしょう?
化学伝達物質についても疑問がでます。
アデノ三リン酸・アセチルコリン・プロスタグランディンは、平滑筋の収縮作用を強く持っています。
一酸化窒素は平滑筋の弛緩作用を持っています。
平滑筋の動態に直接作用するこれら化学伝達物質が、平滑筋のそばで放出される膀胱知覚入力メカニズムに疑問を感じませんか? これらメカニズムを思いついた研究者の生理学的発想のセンスを疑います。
まだ不思議なことはあります。
交感神経に接続した平滑筋は、ノルエピネフリン(NE)で収縮します。
副交感神経に接続した平滑筋は、アセチルコリン(Ach)で収縮します。
要するに、平滑筋は自律神経によってコントロールされていますが、一つの平滑筋が2つの化学伝達物質NEとAchによって収縮するのです。
収縮の程度は変わりませんから、2つである意味が不明です。なぜ2つなのでしょう。
生物には意味のないことは存在しません。2つである理由がある筈です。
そこで一生懸命に理由を捜してみると、あるんですね!それがこの下の図です。
要するに、自律神経の標的細胞である平滑筋に交感神経も副交感神経も同じように接着していますが、それぞれの神経から、他の自律神経の興奮を抑制する枝が出ているのです。
これで一件落着と思いきや、そうは行かないのです。
どちらの神経も平滑筋を収縮させる作用があるのです。これではどちらかが興奮して他方を抑制しても、何のことはない、どちらも収縮作用になってしまいます。
結果、平滑筋が収縮するという形は同じかも知れませんが、収縮するまでのプロセスが異なる可能性を疑いたくなります。交感神経で収縮するのと、副交感神経で収縮するのとでは質が違うと考えるのです。
交感神経でも副交感神経でも、自律神経命令で平滑筋にカルシウムイオンが流入して収縮するのですが、そこにいたるプロセスが異なれば、平滑筋の性格は異なる筈です。
その命令が一つの平滑筋に同時になされた場合は、その平滑筋がどのような態度を取るか知りたいと思いませんか?私は知りたいです。
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平滑筋 の状態 | 収縮 | 弛緩 | 収縮 | ? |収縮
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交感神経の興奮 | + - - + +
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副交感神経の興奮| - - + + +
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上の表は私の仮説です。交感神経と副交感神経が同時に興奮すると、平滑筋は?というパターンがあると、生命反応の複雑さが表現でき、それこそ生命!と私は思うのです。
普通に考えれば、三つの収縮と一つの弛緩しか考えられません。
ところが、交感神経と副交感神経が同時に興奮にした場合には、収縮でもない弛緩でもない第3の平滑筋の状態が起きても不思議ではないでしょう。
しかし、もしも交感神経専属の平滑筋と副交感神経専属の平滑筋とにグループ分けされていれば、話しは違ってきます。例えば、膀胱頚部から前立腺にかけての平滑筋は交感神経のみで、膀胱体部(膀胱頚部を除く膀胱のほとんどの部分)の平滑筋は副交感神経のみといった場合です。
写真は、【アセチルコリン・エステラーゼ染色した膀胱平滑筋】です。茶色に染まっている部分にアセチルコリン・エステラーゼが存在する=アセチルコリンが存在する=副交感神経の専属平滑筋ということです。染色されていない膀胱平滑筋は、副交感神経専属ではないという事になります。
アセチルコリン・エステラーゼで染色された膀胱平滑筋は多ユニット線維といい、染色されていない膀胱平滑筋を単一ユニット線維といいます。
多ユニット線維とは、一本の自律神経で多数の膀胱平滑筋がコントロールされた状態を示します。
単一ユニット線維とは、膀胱平滑筋細胞の一個一個各々の細胞が隣接する細胞と電気的結合(ギャップ結合という)で情報交換を行い、多数の細胞が一つのまとまった目的のある一定の動きをする状態を示します。
膀胱は単一ユニット線維組織として分類されていますが、実際は上の写真のように多ユニット線維もふくまれています。つまり多ユニット線維と単一ユニット線維が合体している構造をしています。多ユニット線維でコントロールされている膀胱平滑筋が単一ユニット線維の膀胱平滑筋とギャップ結合(電気的結合)しているので秩序ある動きをするのでしょう。
しかし、上の写真には盲点があります。アセチルコロン・エステラーゼ染色で、副交感神経と多ユニット線維に属する膀胱平滑筋を表示し、その他は、単一ユニット線維の属する膀胱平滑筋としています。実はここに盲点が隠れているのです。これら単一ユニット線維とされる膀胱平滑筋をノルエピネフリンで染色したら、交感神経と多ユニット線維に属する膀胱平滑筋として染色されるかも知れません。(理論展開にはいたるところにトラップが仕掛けられています・・・。)
平滑筋が収縮するするのは、システム・メカニズム・原因物質など容易に情報は得られるのですが、逆に平滑筋が弛緩する(ゆるむ)事に関しては詳細な記載が専門書でもありません。
α-ブロッカーの作用は、膀胱頚部・前立腺に集中しているα1レセプター(交感神経末端から放出されるNEによって刺激されるスイッチ)をブロックすることで、排尿中の膀胱頚部・前立腺を緩めることです。
ブラダロン・ポラキス・バップフォ・ベシケア・デトルシトールは抗ムスかリン作用(アセチルコリン・ブロッカー)で、副交感神経と直接つながった膀胱平滑筋を興奮・収縮しないようにする作用があります。
膀胱平滑筋を調べて行く内に、薬理学の雑誌に、新しい概念を見つけました。自律神経はノルエピネフリンを放出する交感神経とアセチルコロンを放出する副交感神経しかないものと考えていましたが、実は第3の神経が存在するらしいのです。
この神経は、膀胱平滑筋の弛緩を担っているというのです。他の2つの神経が収縮しかしなかったのに、弛緩をさせるために存在しているのです。待望の存在です。
名前を非アドレナリン非コリン性神経(Non-adrenergic Non-chollinergic nerve)といいます。詳細はイラストのようにまだですが、存在価値は大きいです。この神経が本当に存在するのならば、上記に挙げた私の考えた表は陳腐なものになります。論理立てて作っても、ひとたび新しい真実が出ると、仮説はそのような運命になります。
【平滑筋の秘密】
今まで、平滑筋の生理学的・組織学的事実を述べてきましたが、まだ本題ではありません。
ここから本題に入ります。
さてさて、現在の医学では、平滑筋は横紋筋と同じように運動器としての役割しか理解されていません。
運動器は運動器の存在理由しか価値がありません。しかし、私は平滑筋には筋肉としての運動器の仕事以外に、感覚器としての仕事をしているのでは?と疑っています。特に膀胱三角部の膀胱平滑筋は感覚器ではないかと強く疑っています。
膀胱知覚入力メカニズムが、未だ確立されていないのは、膀胱平滑筋が運動器としか見ていないからではないかと考えます。
もしも、膀胱平滑筋や前立腺平滑筋が感覚器だとすれば、α-ブロッカーで頻尿や関連痛が改善する理由もうなずけます。膀胱三角部・膀胱頚部を切開する内視鏡手術で、慢性前立腺炎症状や間質性膀胱炎症状が楽になるのも理解できます。
ボトックスを膀胱壁に注射することで、膀胱疼痛症候群の患者さんが一時的にではあるにしろ、症状が軽快する理由も理解できます。
コロンブスの卵です。平滑筋=運動器+感覚器と考えれば、回りくどい考え方をしなくても病態を容易に理解できるのです。
平滑筋を感覚器として考えることに抵抗があるのなら、平滑筋を含んだ組織集合体が感覚器として働いていると考えても同じです。
【治療のために】
膀胱平滑筋を含んだ集合体を運動器+感覚器として考えれば、慢性前立腺炎や間質性膀胱炎という病気の治療目標が容易です。
膀胱平滑筋を含んだ集合体を黙らせればよいのです。交感神経収縮を阻止するα-ブロッカーでもOKです。副交感神経収縮を阻止するボトックスでもOKです。自律神経中枢を阻止する神経ブロックでもデパスでもOKです。最終的には膀胱平滑筋を直接攻撃する私の手術でもOKです。
とにかく感覚器として騒がしい膀胱平滑筋を黙らせるのです。
原因不明の謎の炎症なんて、どうでもいいのです。腸内細菌だろうがカビだろうがクラミジアだろうがマスト細胞だろうが机上の空論です。前立腺液の白血球の存在なんて・・・。
このブログは、東京の外れの住宅街でひっそりと診療をしている一開業医の個人的な情報発信の場です。宣伝や広告ではありません。私の思いついたことや診療でフィードバックされた事実を淡々とつづっています。
このブログに書かれていることは、医学会の常識ではありません。私の仮説(空想?妄想?)を信じる信じないはあなた次第です。
【参考文献】=======================
カラー図解 よくわかる生理学の基礎 メディカル・サイエンス・インターナショナル
カラー図解 神経の解剖と生理 メディカル・サイエンス・インターナショナル
臨床泌尿器科 医学書院
Cellular Aspects of Smooth Muscle Function CAMBRIDGE
中毒百科 南江堂
An Atlas of PROSTATIC DISEASES PARTHENON PUBLISHING
日本薬理学会雑誌121、299~306(2003)
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コメント
数か月前に膀胱炎になり、なぜかそれがなかなか治らず、しかも仕事が忙しくストレスがたまり、気付いたら尿道あたりと膣あたりの痛みになやまされるようになっていました。
更年期障害かも?萎縮性膣炎かもと思い婦人科でいろいろ検査しましたが異常なし。
次は泌尿器科に行くべきなんですが、婦人科で受けた検査が激痛だったのでトラウマになり病院に行けなくなり、心療内科でデパスをもらっていました。
最近、尿道あたりの激痛で、やけくそで父が飲んでいる芍薬甘草湯を飲んだら、痛みが嘘のように消えた! しかもデパスと併用したら、陰部の不快感もさっぱりしました。
でも、芍薬甘草湯の効き目が5~6時間しかなく、毎日飲み続けるのは副作用があるらしく…
こういう場合、泌尿器科で尿道の筋肉を緩める薬をもらうべきなんでしょうが、一番良い薬はなんなのか、ご教示いただけたら嬉しいです。
先生の所に診察に行きたいのですが、遠くて…
あつかましいのは分かっていますが、何かアドバイスいただけたら本当に助かります。よろしくお願いします。
【回答】
エブランチルとベタニスの併用です。
投稿: 悩める者 | 2016/09/25 17:23
ありがとうございます。
実は、婦人科では異常なしだが、カンジダが検出されたので治療が必要だと、痛みはそのせいだろうと言われていました。
でも、かゆみやその他カンジダ特有の症状がなかったので、婦人科には行っていませんでした。
芍薬甘草湯やデパス、最近飲み始めた尿道を緩める薬で陰部の痛みが消えることで、カンジダが原因ではないと確信することができました。
先生のブログを読んで、関連痛というものがあることを知り、悩んでいた膣の痛みの謎が解けました。
でも、私と同じように、婦人科に行って原因不明と言われ心療内科に回されている人や、菌が原因だと信じている人も多いことでしょう。
若い内科の医師には、なかなか治らない膀胱炎は水を飲んでいないからだと言われ、ひたすら水を飲んでいた時期もありました。
とにかく、ありがとうございました。
投稿: 悩める者 | 2016/10/02 20:02