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膀胱平滑筋の謎と秘密

前回、平滑筋というテーマでお話をしましたが、テーマが大きく内容が多方面にわたり専門的だったりして分かりにくかったかも知れません。
そこで、今回は膀胱平滑筋にしぼってお話しましょう。慢性前立腺炎の病態に、前立腺ではなく膀胱平滑筋に本質が隠れていると私は思っていますから、慢性前立腺炎の方は「何だぁ・・・前立腺じゃないのか・・・」などと思わないで下さい。
私は泌尿器科医ですから、平滑筋の専門家からすれば素人同然です。プロの切り口ではない素人の切り口で膀胱平滑筋を見ていきたいと思います。詳細に知りたい方は、日本平滑筋学会で調べて下さい。
平滑筋について分かりやすく解説のある専門書Cellular Aspects of Smooth Muscle Function (CAMBRIDGE)から、写真をお借りして説明します。

Cellaspsmfuncfig2p4【正常の膀胱平滑筋】
前回も使用した、ネズミの膀胱平滑筋の正常な電子顕微鏡組織像です。
F:筋線維芽細胞、Nとn:神経線維です。他はすべて膀胱平滑筋です。
これからの説明で、常に比較していただきたい正常組織像です。
細胞は瞳(ヒトミ)型あるいは紡錘(ぼうすい)型でほぼ均一です。細胞の一個一個に核が存在します。細胞の中に複数の黒っぽい●を見つけることができます。これが有名なミトコンドリアです。エネルギーを産生する細胞の中のシステムです。ミトコンドリアは母親のミトコンドリアのみが遺伝します。父親のミトコンドリアは遺伝しません。
組織写真は横断面なので、紡錘型の断面を観察していますから、紡錘型には見えません。大きく見える細胞は紡錘型の中央の断面で核が見えます。小さく見える細胞は紡錘型の端の部分ですから、丸みをおびて核が見えません。下のイラスト(Campbell-Walsh Urologyから)を参考に立体的に想像して下さい。

Smimagej組織標本のスライスの仕方で、すべての細胞が同じ形に見えませんし、細胞のすべてに核が入っているようにも見えませんが、本当はそうなのです。また細胞の辺縁もとても滑らかです。
細胞と細胞の間(細胞間隙さいぼうかんげき)も狭く、細胞間の情報が伝達しやすくなっています。
正常の組織像を見て、くどくどと解説しているのは、異常所見があったときに理解しやすいからです。組織が正常の構造を保つためには、整った環境でなければならないということが、後の解説で理解できると思います。

Bladderhyperrat【膀胱平滑筋の病的変化】
この図は、上の電子顕微鏡の同じ種類のネズミに実験的に排尿障害を作り、その後検査した所見です。
膀胱平滑筋の形が大きくなり、細胞内の核も腫大し染色も均一になっています。細胞質に空胞構造や切れ込み(陥入)が散見できす。平滑筋細胞の間(細胞間質)に、今までなかった物質(コラーゲン線維?)が出現しています。
排尿障害があると、このように膀胱平滑筋は変化するのです。しかし、臨床では排尿障害があっても、膀胱平滑筋は疲れているだけ程度にしか思われていないのです。医師の頭の中の想像と現実の間には、このようにギャップがあるのです。このギャップから生じる患者さんの訴えは、「気のせい」と片付けられることが多いのでしょう。

【考え方 その1】
細胞と核の形が正常時と異なるということは、生命現象にとってはとても大変なことです。
この状態を理解する方便として、膀胱平滑筋細胞を大きな工場として説明すると理解しやすくなります。
膀胱平滑筋全体が大きなオートメーション工場だと仮定すると、核は工場の中枢にあるコントロールセンターです。核が大きくなっているということは、コントロールセンターがフル稼働していているということです。コントロールセンターのコンピューターがフル稼働しているかどうかは、現実の世界では外見上は分かりません。しかし、生命活動の世界では核が大きくなっている、あるいは染色が正常ではないというのは、核が正常の状態ではないということが外見的に判断できるのです。
また、細胞が腫大している=工場がフル生産していることになります。この状態は一時的なら問題ありませんが、長期の場合には、工場の過剰生産あるいは工場内機械がオーバーヒートを起こすでしょう。従業員は過労のために次々と倒れるかも知れません。工場内の機械はオーバーヒートで発火し火事になるかも知れません。工場内には工業製品があふれ、足の踏み場もありません。工業製品の搬送もできません。
資材を調達する資金は枯渇し、工業製品の運搬路も崩壊し、この工場を持つ会社は倒産寸前です。
一枚の組織写真からここまで推理できると、病理組織学は奥行きが出てとても面白くなります。

組織学・病理学は形態学的検査ですが、上記のように、その背景にある生理学・機能学を想像しなければ生きた学問や検査にはなりません。しかし、最近の診断医は目の前の形態的異常のみに目を奪われ、その奥に潜む病態生理を見逃すことがあります。
話がずい分と横道にそれてしまいました。
この組織像から、表向きは上記のように説明がつきます。しかし、世の中は一方向からの観点からだけでは、誤った判断をすることがあります。チョッと視点を変えてみましょう。

Smimagej_2【考え方 その2】
イラストの膀胱平滑筋が収縮した絵を再度ご覧下さい。この収縮した膀胱平滑筋を中央の位置で切断すると、どのように観察できるでしょうか?
そうです、収縮していない膀胱平滑筋に比べて、細胞も核も大きく観察できるのです。つまり上の写真の【膀胱平滑筋の病的変化】は、膀胱平滑筋がすべて収縮している組織の断面図とも解釈できるのです。
核も細胞質も腫大していると判断することは、膀胱平滑筋細胞が静止状態でバカになってしまったという印象になりますが、収縮しているとなるとダイナミックな活動時の平衡状態のような印象で、全く正反対の印象です。

このネズミの膀胱組織を採取する状況を考えると、この異常さが容易に理解できます。排尿障害を作ったネズミをまず屠殺(とさつ)します。屠殺した時点ですべての筋肉、骨格筋も内臓筋も弛緩します。もちろん膀胱平滑筋もです。ところが、その後採取した膀胱平滑筋が収縮したままの形態で観察されているとすれば・・・異常でしょう?
つまりは、死んでもなお、筋肉が弛緩しない膠着状態の生きた膀胱平滑筋であったという事実に驚くばかりです。膀胱平滑筋の仕事は収縮することですから、死んでもなお収縮していると考えると、前記の【考え方 その1】の工場がフル稼働で破滅寸前という考え方にも共通するものがあります。

次に述べる専門書の実験結果は、これまでの考えを強調するものです。

Bladderhyperrat2この組織写真は、さらにネズミを使った系統的な実験の結果です。
【組織A】
何も手を加えていないネズミの膀胱平滑筋です。光学顕微鏡による正常組織像です。
【組織B】
ネズミの尿道を出るか出ないかのギリギリの状態でしばり、人工的に排尿障害を作ります。その8週間後の膀胱平滑筋の組織像です。正常組織像と比較して、膀胱平滑筋細胞が腫大しています。
A・Bまでの写真は、上の電子顕微鏡の大きな写真の光学顕微鏡像と思っていただければ結構です。
【組織C】
同じ条件で8週間排尿障害を作ったネズミを、今度は排尿障害を解除し6週間飼育した後の膀胱平滑筋組織像です。膀胱平滑筋細胞の大きさは正常の大きさに戻りました。しかし、正常組織像と比較して様子が変です。
【組織D】
8週間排尿障害、排尿障害解除後6週間のネズミの電子顕微鏡像です。要するに【C】像の電子顕微鏡像です。
正常の膀胱平滑筋の電子顕微鏡像と比較して下さい。膀胱平滑筋細胞の形が全く変わっているのが一目瞭然です。一見、インベーダー・ゲームのインベーダーのようにも見えます。また、細胞間の隙間も広がり、そこを異様な物質(コラーゲン線維?)が大きな顔をしています。
重要なことは細胞の一個一個に存在する筈の核が、この視野の中には見当たりません!
核のない細胞は、正常の命令ができない、あるいは全くスイッチの入らない工場のようなものです。この状態で正常な運転ができるまで修復するには、ネズミでも6週間では足りないという実験結果です。あるいは永遠に修復ができない可能性もある訳です。(逆に7週間では正常になるのかなぁ?という疑問も残りますが・・・)

Sm3typecoment800ここまでの現象をイラストで示します。
膀胱平滑筋が収縮-弛緩を繰り返すのであれば問題ありません。可逆的反応です。
しかし、排尿障害などの厳しい環境におかれると収縮・緊張が過度に続きます。すると拘縮(こうしゅく)状態になります。拘縮とは生理的限界を超えて収縮した状態です。もはや器質的変化を来たした状態ともいえます。
排尿障害が開放されても、拘縮に陥った膀胱平滑筋が元に戻るでしょうか?疑問です。
上図の電子顕微鏡像のように萎縮→荒廃→線維化→瘢痕状態になってしまえば、非可逆的反応になってしまい、膀胱はただの袋になるだけです。排尿時には膀胱それ自体は収縮力を失い、腹圧の力だけが頼りの排尿になってしまいます。また膀胱は完全収縮しませんから、残尿が大量に残ることになります。

細胞間隙の物質がコラーゲン線維?だとすれば、これは2つの意味を持ちます。
1つは、膀胱平滑筋が戻らずに隙間を十分に埋め尽くすことができそうもないので、取りあえずコラーゲン繊維で埋めてしまおうというものです。
2つ目は、排尿障害の期間中に動的平衡状態(綱引き状態)であったので、膀胱平滑筋を少しでも楽するために、エネルギーの必要のないコラーゲン線維が出てきた。綱引きで「ズル」をしている状態です。そして解放後も引き続き残り増殖したと考えるのです。
謎はさらに深まります。なんと、コラーゲン線維の増量は膀胱容量の低下と相関するのです。つまり膀胱は小さくなる、膀胱萎縮になるのです。もしもコラーゲン線維が増殖したために、膀胱萎縮になれば膀胱内圧が上昇し、その結果、膀胱平滑筋に圧力負荷がかかるのです。膀胱萎縮で膀胱が過敏になってしまったとしたら、本末転倒でしょう?

前立腺肥大症による排尿障害で膀胱平滑筋に障害が残る可能性は上記のように高いのです。然るに内視鏡手術後の頻尿や残尿感が取れない高齢者の患者さんに対して、主治医が「手術をしたんだから・・・」「・・・気のせい」「・・・年のせい」と告げられる悲劇が、日本中のそこここでおきているのです。
無知は、時と場合によって犯罪になります。無知を最小限にしたいと思うのは私だけではないでしょう。


【参考文献】
Cellular Aspects of Smooth Muscle Function CAMBRIDGE

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