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慢性前立腺炎の症状#5「緊張すると尿が出ない」

慢性前立腺炎の患者さんの中に多く認められる症状の一つとして、公衆トイレで背後に他の人に並ばれると「オシッコが出にくい」という症状をお持ちの方がおられます。
「緊張するから出ないんだ」と安易に思っておられ、まったく気にしていない方がほとんどです。
診察に際の私の質問で、「エッ!普通じゃないの?」と初めて自覚するのが一般的です。
排尿という生理現象が緊張しただけで簡単に出なくなるというのは、それなりの理由があっての現象です。気のせいだとお思いの患者さんに、緊張するとオシッコが出なくなる根拠を説明できますか?と逆に質問するようにしています。
緊張すると出なくなるというのは、緊張すると出なくなる明らかな原因がそこにあるからだ!と考えるべきです。

前立腺肥大症の患者さんのこのような症状を遷延性排尿(せんえんせいはいにょう)という言葉で表現します。便器の前で息んでも力んでもなかなか尿が出てこない状態です。もちろん緊張するともっと出て来なくなります。遂にはオシッコするのをあきらめることもあります。前立腺肥大症の患者さんの場合は、症状として認められるのに、若い男性の場合は、前立腺肥大症がないので、「気のせい」、「緊張したからだ」、「慢性前立腺炎」として片付けられてしまうのです。こんな診断は、論理的にも科学的にもおかしいでしょう?

さてさて、アメリカでは、そのような現象を「anxious bladder、bashful bladder」といいます。直訳すると「心配性な膀胱、内向的な膀胱」とでも翻訳するのでしょうか? 意訳すると、「ビビリ膀胱、恥ずかしがり屋の膀胱」でしょう。

下記にCampbell-Walsh Urologgy に掲載された「ビビリ膀胱」の記事をご紹介しましょう。

Low-Pressure/Low-Flow Voiding in Younger Men:

The Bashful Bladder Low-pressure/low-flow voiding can be the result of a number of causes, most notably a decompensating detrusor (generally from bladder outlet obstruction-see Chapter 58, "Urodynamic and Videourodynamic Evaluation of Voiding Dysfunction" and Chapter 87, "Evaluation and Nonsurgical Management of Benign Prostatic Hyperplasia") or as a part of the syndrome known as detrusor hyperactivity with impaired contractility (DHIC-see Chapter 58, "Urodynamic and Videourodynamic Evaluation of Voiding Dysfunction" and Chapter 71, "Geriatric Incontinence and Voiding Dysfunction").
When this occurs in a young man, it is generally characterized by frequency, hesitancy, and a poor stream.
The entity is readily demonstrated on urodynamic assessment and with no coexisting endoscopic abnormality.
The patient usually notes marked hesitancy when attempting to initiate micturition in the presence of others, and some have therefore described this condition as an "anxious bladder" or a "bashful bladder." The estimate of the incidence of this problem in younger male patients referred for urodynamic assessment varies between 6% (Barnes et al, 1985) and 19% (George and Slade, 1979).
page 2039 page 2040 Barnes and associates (1985) suggested that these men are psychologically unusual but in the direction of being obsessional rather than anxious.
They suggest that these individuals have a lifelong tendency to overcontrol the process of micturition and are thus vulnerable to lower urinary tract symptoms under stress, and they recommend that a behavioral modification program be considered.
Rosario and colleagues (2000) performed ambulatory urodynamic studies on 40 consecutive symptomatic men with a mean international prostate symptom score of 19 who were unable to "perform" during conventional videourodynamic study.
They concluded that a surgically correctable cause of the symptoms could be found in about 20% of men, but only in those older than 40 years. They believed therefore that the contribution of ambulatory urodynamic monitoring in such cases in men younger than 40 years was negligible.
They also stated that they thought that evidence from the literature suggested that a significant proportion of such nonobstructed cases would respond to drug therapy or behavioral therapy.
My own experience has been similar to that of others who have stated that, in the younger nonobstructed male with this condition, neither empirical pharmacologic treatment nor transurethral surgery has had any consistent beneficial effect.

下記に翻訳ソフトでの直訳を付記します。

若い男性の低圧/低尿流排尿:

内向的膀胱・低圧/低尿流排尿は、多くの原因の結果でありえる、最も著しいのが代償不全の排尿筋(一般に膀胱出口閉塞症が原因;第58章を参照、「排尿機能不全の尿水力学的検査とビデオ排尿検査の評価」と第87章から、「前立腺肥大症の評価と保存的治療」)または障害性収縮で、排尿筋活動亢進として知られている症候群の一部である。(DHIC第58章を参照、「排尿曲線機能不全の尿水力学的検査とビデオ排尿検査の評価」と第71章、「老人の尿失禁と排尿機能不全」)
これが青年に起こるとき、それは通常、頻尿、排尿躊躇(遷延性排尿:息み時間が長い)、尿勢減弱によって特徴づけられる。
この病気は、尿力学的検査の評価と、同時に行なわれる内視鏡検査の異常所見なしの結果(注1)で直ちに証明される。
他人の面前で排尿を始めようとするとき、患者は通常なかなかオシッコが出ないことに気付く。従って、何人かは、この状態を「ビビリ性の膀胱」または「内向的な膀胱」と説明した。尿力学的検査の評価の依頼があったこの問題を抱えた若い男性患者の推定発生率は、6%(バーンズら1985)から19%(ジョージとスレード1979)の間(注2)の値である。
2039・2040ページのバーンズら(1985)は、これら男性が心理学的には珍しいことであり、心配性というよりはむしろ強迫観念の範疇であると示唆した。(注3)さらに、次のように示唆した。これら個人個人には排尿過程を過剰に抑制する(注4)生涯の傾向があり、ストレス下でこのように脆弱な下部尿路症状がある。そして、細かく考慮された行動改善プログラムを勧めた。
ロサリオら(2000)は、一貫して症状のある男性40人に携帯型の尿流動態検査をした。彼らは国際前立腺症状スコア平均19で、従来のビデオ尿流動態検査を「実行する」ことができなかった人たちである。
外科的治療可能な症状の原因が約20%の男性で見つかると結論した。(注5)ただし40歳以上の人々だけにおいて適応とした。従って、40歳より若い男性でそのような場合、携帯型の尿水力学的検査のモニタリングは価値が少ないと考えていた。
彼らも、文献からのエビデンスがそのような非閉塞性症例の大部分が、薬物療法または行動療法に反応することを示唆していると思うと述べた。
私自身の経験では、この状態の非閉塞性の若い男性には、経験的薬理学的治療も経尿道的手術も少しの一貫した効果は得られなかった(注6)と述べた他の報告者と同じ感想だ。

【補足】
アメリカの医学専門書は、上記のようにどんなにささいな現象・症状でも、このように論じていこうとする姿勢が素晴らしいと思います。日本では、どこを調べても「ビビリ膀胱」に関しては、一行も記載がありません。アメリカの医学書に脱帽です。

とは言え、アメリカ人の考えやアメリカ人の下した結論を手放しでは賛成できません。

【注1】内視鏡検査の異常所見なしの結果
局所麻酔程度では、膀胱出口の所見は痛みで修飾されていると医師が判断し、十分に開放していなくても「痛がって閉じているんだろう」程度にしか思ってくれません。ですから正確な診断はできないのです。

【注2】問題を抱えた若い男性患者の推定発生率は、6%(バーンズら1985)から19%(ジョージとスレード1979)の間
「ビビリ膀胱」は、排尿異常の若い男性患者さんのうち、9%~19%の出現率があるということです。中間を取って15%近くの出現率です。排尿異常と「ビビリ膀胱」の関係をもっと追及するべきです。

【注3】心理学的には珍しいことであり、心配性というよりはむしろ強迫観念の範疇であると示唆した。
膀胱出口が開放するか閉じたままかは、自律神経の機能に関わっています。骨格筋である尿道括約筋が自分の意志で開こうとする時(息んだり力んだりする時)、それにあわせて、膀胱出口や前立腺が自動的に(自律神経の働きだから)開こうとするのです。そこには心理学も心配性も強迫観念も存在を許しません。遷延性排尿の原因が膀胱出口ではないとしたら、尿道括約筋が開かない原因ということですから、骨格筋が自分の意志で動かないこと自体にもっと驚くべきです。

【注4】排尿過程を過剰に抑制する
ここでは原文はovercontrolと表現しています。日本語でコントロールは制御するという意味ですが、英語のコントロールは暴れ馬を抑え込むイメージです。ですからオーバーコントロールは過剰に抑制するという意味です。
排尿過程は、最初の息み・力みを除いて、自分の意志ではない自律神経の制御になります。それを「過剰に抑制する」という表現では、心療内科的に自律神経をコントロールしているのと同じです。そのようなコントロールはどのようにしたら身につけることが出来るのでしょう?

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コメント

びびった時に尿意がするのや、失禁するのも排尿障害でしょうか?

【高橋クリニックからの回答】
恐らく排尿障害が潜在している可能性があります。
病気の症状は、同じ病気で全く正反対の症状として出現することがあります。
例えば、足の血行障害の場合、足が冷たく感じる人もいれば、足が火照る人もいます。

投稿: | 2007/05/04 00:44

僕は昔からいわゆる立ちションをしようとしても尿が出ません。一人だけでしていると出るのですが人がいると出ないんです。おかしいな?まぁ緊張しているのか?と思いその場を過ごしてきましたが友達にもそれやばぃよって言われて少し怖いです。今までずっと恥ずかしいなぁと思い病院にも特に行かなかったのですが何か治す方法はあるのでしょうか?

【高橋クリニックからの回答】
専門的に治療するしか方法はありません。

投稿: かめさん | 2008/01/14 12:58

僕も公衆のトイレで一人にならないと尿がでてきません。中学生になってからなんですが…修学旅行に行った時は、途中できなく、ホテルまで我慢しました(泣

薬とかで治るんですか?

【高橋クリニックからの回答】
排尿障害の治療薬で症状は軽快します。

投稿: 高校生 | 2008/12/19 21:02

膀胱の出口が硬いってのは
体の筋肉が硬いやわらかいと
同じようなことなんでしょうか?

【高橋クリニックからの回答】
体の筋肉が硬いというのは、一般的に関節の固さを指しています。つまり関節の柔軟さがないことを意味しているので、筋肉の硬さとは違います。

ちなみに僕は膀胱出口も
体も両方とっても硬いです。。。

【高橋クリニックからの回答】
膀胱出口の硬さは誰も自覚できません。
あなたの意味しているのは、尿道口ではありませんか?

投稿: 硬太郎 | 2009/05/05 22:28

人は緊張すると、自律神経のうちの交感神経が優位になって尿便が出にくくなる・・・みたいな内容を別のホームページでみました。やはり自分の尿が出にくいのは緊張のせいかな。。と思ってしまいます。

【回答】
そう思うでしょう?
だから、このような現象があっても「自然だ」とか「当たり前」と常識的には思ってしまうのです。
確かに生理学的にはそういう現象はありますが、しかし、その程度は、ご自分では自覚できない程度のわずかな現象です。
もしも、この現象を明らかに自覚しているのならば、それは明らかに異常現象なのです。病気が隠れていると判断するのが論理的で科学的です。

投稿: 硬太郎 | 2009/07/26 13:52

自分も中学生あたりから公衆トイレなどで周りに人がいると尿がでなくて困ってました。一人なら問題なく出るんですけどね、、まさか病気だったとは。これは市販薬等で治るんでしょうか?
【回答】
医師の処方するお薬しかありません。

投稿: せもぽぬめ | 2011/01/25 02:31

小便をするとき、隣の人も緊張するタイプの場合、お互いに意識して微妙な空気が流れます。そこで、「何だ、こいつ気が小さい奴!」と優位な気持ちになった、瞬間、膀胱が緩んで小便が出たりします。これも前立腺肥大症の可能性がありますか?

【回答】
膀胱頚部硬化症が原因で、それに前立腺肥大症が付随している人と付随しない人に分かれます。
どちらも、あなたと同じ症状があっても不思議ではありません。

投稿: しんじ | 2011/03/01 10:03

こんばんは。自分も緊張すると尿が出ない
タイプです。内視鏡手術で少しでも尿が出やすくなるなら受けてみたいのですが、今まで尿が出にくかった人が治療で改善した際に、逆に尿漏れしやすくなるなんてことにはならないのでしょうか?
【回答】
なりません。
逆に尿の出ない人が尿漏れをします。

投稿: つまり | 2011/03/08 19:57

中学生のときから、「周りに人がいると尿が出ない」という症状に困っている人が、
ここに書き込みがあるだけでも2人もいるんですね。
そこから考えると、中学生~大学生くらいの年齢だけで見ても、
けっこうな数の人が意識・無意識・程度の差はあれ排尿障害を抱えているのではないかと思ってしまいます。

「修学旅行に行った時は、途中できなく、ホテルまで我慢しました(泣」
という方は、若くしてかなりQOLに影響が出ている様子ですが、
その後軽快したのでしょうか?

投稿: レイニーブルー | 2012/06/18 00:48

精神的なものかと思ってたけど
まさか病気だったとは!

投稿: | 2012/11/02 17:17

排便時に排尿できないのは異常ですか?
【回答】
幼少頃から洋式スタイルの便器で排便する文化で育った人では普通です。
だから、洋式便器は男性の場合、ペニスが便器から外に出てしまうことがあります。
特に白人でペニスが長い人の場合はそうです。
排便時には、男性は排便だけで尿は出ないという設計思想が洋式便器なのです。

投稿: | 2012/11/03 18:22

私も、公衆トイレなどで、尿が出にくい症状を抱えています。
一度診察を受けてみたいのですが、何か用意するものはありますか?
【回答】
尿をためた状態でお越しください。』

予約は不要とありますが、直接伺えばよろしいですか?
【回答】
はい。

投稿: | 2013/09/25 20:00

何というお薬で改善されるのでしょうか。
教えて下さい。
【回答】
α‐ブロッカー(エブランチル・ハルナール・ユリーフ・フリバスなど)です。

投稿: | 2014/04/02 17:53

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