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慢性前立腺炎の症状#4 「尿臭」

慢性前立腺炎の患者さんの中には、100人に一人の割合で「尿臭」を強く訴える患者さんがおられます。
患者さんは、その尿臭の原因が、尿の切れの悪さから来る尿漏れだと信じて疑っていません。通常、外から飛来する臭い粒子は、鼻粘膜の嗅覚細胞を刺激し、電気信号となり神経を伝って視床下部に情報伝達されます。その情報が脳のどの部分を終着駅としてたどり着くのかは不明です。嗅覚領域とされる場所で刺激された嗅覚は生理学的順応現象のために臭いは直ぐに鈍くなります。トイレで排便中に、ご自分の便臭で臭いと感じていますが、用を足しトイレを出る頃には感じている便臭は薄らいでいるでしょう。あれが順応です。

ところが慢性前立腺炎患者さんの訴えるこの「尿臭」はいつまで経っても臭いがなくならないのです。
臭いがなくならないということは、順応現象が起きない=鼻粘膜の嗅覚細胞が刺激されていない=外界からの臭い粒子がない、ということです。すなわち、本来の臭い刺激の神経ルートを使用していない感覚だということです。この臭いはもっと中枢サイドで生じている感覚と考えられます。このような中枢神経だけで感じている状態を幻臭olfactory halcination、カコスミアcacosmiaといいます。
幻臭は、臭い刺激がないのに起こる感覚で、てんかん発作の前兆症状として起きることがあります。
カコスミアは、臭い刺激がないのに、いつも感じる不快臭です。常に尿臭を感じている訳ですから、慢性前立腺炎の感じる尿臭はカコスミアということになります。

【補足】
臭い、つまりは嗅覚は、動物としての種族保存のためにとても重要で必要な原始的感覚です。その生き様に嗅覚が前面に出ているのが犬です。人は進化の途中で退化したとはいえ、嗅覚は重要な感覚です。食事の際に嗅覚が欠如すると、味覚は30%~10%以下になります。味覚は嗅覚が存在して初めて生きるのです。風邪をひいて鼻がつまった時の食べ物のまずいこと!は経験したことがあるでしょう。鼻をつまんでカレーを食べてもカレーの味はしません。同じように鼻をつまんでチョコレートを食べてもココアの香りがなけえば、単に甘い硬いブロックを食べているだけになります。

Hypothalmusさて、その嗅覚は味覚と並んで内臓感覚として考えることができます。ですから膀胱・前立腺などの内臓感覚中枢に影響される可能性が十分ある訳です。
その根拠に、嗅覚の中枢も、膀胱・前立腺を支配している自律神経の中枢も同じ視床下部(赤い矢印の部分 解剖学アトラス文光堂から複写)なのです。
Hypo鼻の感じる臭いも下半身で感じる尿意も、同じ視床下部で情報処理されていることに驚きを感じませんか?尿意の情報操作中に、誤って嗅覚領域に情報を流してしまうのが、カコスミア現象でしょう。
慢性前立腺炎の患者さんの中には、尿意を臭いとして感じている人がいるといえます。観音様が音を見る(観る)ことができるのと似ていませんか?

嘘の感覚であるこの尿臭に患者さんの心は大いに振りまわされ、会社や学校でも挙動不審の浮いた存在になります。その影響が内に向かうと、周囲の人が臭がっている、咳払いをする、鼻をすすっているなどなど・・・患者さんの訴えの内容は様々です。
中には、同僚に自分は臭いかと尋ねたら、「臭い」と言われたと泣きながら報告される方もおられます。恐らくからかわれたのかいじめの対象になったのでしょう。

排尿障害が存在しても患者さんが自覚していないと、自律神経を介して体臭が強くなることがあり、周囲の人も気が付きます。しかし、患者さんはその体臭を自覚している場合と自覚していない場合があります。なぜなら体臭が強くてもカコスミアがなければ、順応現象で本人は体臭を自覚しませんし、カコスミアが存在すれば、自覚している体臭と周囲の人が感じる体臭とは異なることになるからです。

この原理を尿臭で悩んでこられる患者さんに外来で一生懸命に説明するのですが、半分の方は納得して検査治療を行い、実際に尿臭が軽快して喜ばれます。しかし、残り半分の方は、私の説明に「聞く耳持たず」で検査も満足に受けずに、もちろん治療も受けずに来院されなくなります。私の臨床医としての力のなさを痛感する時です。

【参考】
慢性前立腺炎の症状#1「会陰部痛」
慢性前立腺炎の症状#2「陰嚢の痒み」
慢性前立腺炎の症状#3「尿道分泌過多症」

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コメント

はじめまして。非細菌性慢性前立腺炎になって7年目のものです。私もこの疾患になってしまってから、体臭がとても強くなったのですが(自臭ではありません。)、体感的にこの疾患になってしまってから常に体のどこかが緊張していて、リラックスしきれない個所があるように感じる事と、強烈な倦怠感がある事と関係があるように感じております。

>>排尿障害が存在しても患者さんが自覚していないと、自律神経を介して体臭が強くなることがあり、周囲の人も気が付きます。

そこで先生に御質問なのですが、排尿障害があると体臭が強くなることがあると仰られておりますが、どういう機序でそうなるのかお教えいただきたく思います。(私は素人ですので簡単な感じでも結構です。)

私も実際にこの疾患になり、体臭が酷く強くなったので困っており、先生の書かれている記事に非常に興味を持ちました。(先生以外にこの疾患と体臭を結びつけて考えられている方はいらっしゃらないと思いますので。ですが、患者からしてみますと、実際にあるのです(泣))

お忙しい所大変恐縮ですが、どうかよろしくお願いいたします。

【高橋クリニックからの回答】
間質性膀胱炎のブログの
http://hinyoukika.cocolog-nifty.com/cc/2007/02/post_89b6.html
「水分代謝と排尿障害」で解説しているように、排尿障害が存在すると、体の水分代謝の他の部分に負荷を掛けます。
それが、皮膚の汗腺であった場合、汗の分泌量ばかりでなく、汗の性状、つまり体臭にも影響を与えることがあります。

投稿: shin | 2007/03/04 16:24

高橋クリニックでお世話になっています。
診察カード番号:28867です。
今月(2015年4月)8日に診察を受け「ユリーフ」を処方して頂きましたが、症状はあまり変わりません。この薬の効果は「ゆっくり」なのでしょうか?
 前回の診察で、私のメモを見て「BCGの副作用」と言われましたが、診断の根拠は?
① 蓄尿量低下
② 会陰部鈍痛
③ 運動の翌日からの痛み
の何れでしょうか、また、「BCG副作用」は、一般に、どのような理由で、どんな症状がでるのでしょうか?

 私は29年前に、S状結腸がんの開腹手術で25cm切除し、肛門から8cmの所で縫合してあります。その後、排便障害があり、今でも続いています。
 その手術では、「勃起神経は残したが、射精神経を切除した」と言われました。その為、オルガズムはありますが、精液は全くでません。精嚢に溜った精液は前立腺までは出ると思いますが、射精しないと言う事は、前立腺の筋肉が収縮しない為と思います。その副作用は考えられないのでしょうか?
 10数年位前から、オルガズム時、陰部(身体の無い部分を含め20cm位の範囲)が10秒位痛む様になりました。

 また、38年位前(昭和53年秋頃)に「パイプカット」の手術を受け、陰嚢が10cm位に腫れた事がありました。1週間位で治ったので、診察は受けませんでした。先週末の旅行で「紙おむつ」を着用した所、陰嚢が押されて、痛みがひどくなりました。38年前の腫れた時の痛みとそっくりでした。

 何かの参考にして頂ければと思い、記載しました。宜しくお願いします。

投稿: 菊池 | 2015/04/21 15:38

何とかならないかと思いメールしました。中学生時代にホルモンバランスの乱れで慢性前立腺炎になりました。現在67歳です。痛みのほうはノコギリヤシや青汁で何とかとかおさまっていますが、栗の花に似た匂い(自分ではわからないのですが他人の感想)に悩まされています。そういうことはあまり気にしないよう、、、と言う先生は多いのですが本人はそう簡単に割り切ることはできません。匂いを消す方法はないものでしょうか。あれば回答をいただき、なければ向かい等ということでよろしくお願いいたします。
【回答】
ご自分で匂わないのであれば、慢性前立腺炎の症状ではありません。

投稿: 景山○○ | 2018/01/22 20:48

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