« 頻尿の薬一覧 | トップページ | 高見さん、今日もお元気ですか? »

慢性前立腺炎と「ベルヌーイの定理」と「てこの原理」

難治性の慢性前立腺炎の原因として、膀胱出口閉塞症、膀胱頚部硬化症、小さな前立腺肥大症などの排尿障害が大本の原因だというのが私の自論です。(ご批判も多いようですが・・・)
排尿障害といえば、男性の前立腺肥大症が代表的な病気ですが、この前立腺肥大症の排尿障害については、別のブログでご説明していますので、そちらを参照して下さい。

【正常の排尿メカニズム】
Vernmlstこの図は、尿をためている際の下部尿路の状態です。膀胱・前立腺・尿道の順に図式されています。
黒い矢印は、上から順に、内尿道括約筋(膀胱平滑筋)、前立腺内平滑筋、外尿道括約筋(骨格筋)です。
平常時は、これら筋肉は閉まっていて尿を外に出さないようにしています。

Vernml_1さて、ひとたび排尿命令が脳中枢から伝達されると、これら筋肉はいっせいに開放されて、排尿になります。
自分の意志でゆるむのは骨格筋である随意筋の外尿道括約筋で、他の二つ筋肉は不随筋の内臓筋ですから、自律神経を介して自動的にゆるみます。
白い矢印は各筋肉がゆるんでいる状態を示します。
勢いよく青い矢印のように排尿されます。前立腺部尿道を尿流が勢い良く流れますが、ここに流体力学的な負の要素が出現します。それがベルヌーイの定理です。

【ベルヌーイの定理】
Bernui_1排尿障害を説明するのに必要な物理学の法則として、ベルヌーイの定理があります。この定理は流体力学に必ず出てくる重要な法則です。排尿の尿流は流体力学の素材でもありますから、この定理を知った上で、前立腺肥大症や慢性前立腺炎(膀胱頚部硬化症)の排尿障害を考えると、とても理解しやすくなります。
空気や水などの粘性のない流体が、一定の閉ざされた空間を流れる時、どの時点においても流体の全エネルギーは常に一定であるという法則です。
大雑把で正確ではありませんが、理解しやすい式として表すと、
P1+V1=P2+V2=P3+V3=・・・=Pn+Vn=K(一定)
P:流体の圧力、V:流体速度の二乗の1/2

になります。つまり、流れがゆるやかな時には圧力が増し、流れが速い時には圧力が低下するというのです。
電気掃除機の吸引口とゴミをためるダストボックスを考えれば、ベルヌーイの定理の応用だということが理解できます。吸引口は狭いので空気の流れが速く、そのため圧力が低下してゴミを吸い上げます。掃除機の本体の中では広いスペースに空気の流れが入りますので、流れの速度は遅くなり、圧力は増すので、ゴミを置いて行きます。
また、ソバを食べる時に、口元をすぼませてソバをすする自然な行為は、ベルヌーイの定理を無意識に利用していることになります。

【膀胱出口閉塞症の場合】
Verboo膀胱出口が十分に開放しない膀胱出口閉塞症や神経因性膀胱の場合、流体である尿は狭い穴を通過するので流れが速くなり、前立腺部尿道を流れる尿は急流(ジェット流)になります。流れが速くなると、ベルヌーイの定理で説明したように圧力が急激に低下して、吸引力(赤い矢印)が作用して前立腺が引っ張られ、尿道が狭くなります。
高齢の男性は前立腺が硬いので、前立腺の拡張する力が弱く吸引力に負けて、排尿障害が強く出ます。
若い男性は前立腺が軟らかいので、前立腺は十分に拡張して尿道は広くなりますから、尿道粘膜に陰圧がかかり渦流が生じます。その渦流が前立腺部尿道粘膜にポリープ結石を発生させるのです。
ここには、それ以外に紫の疑問符?で示した黒い矢印の力が、膀胱出口にかかります。

Verboo2排尿時に、膀胱出口=前立腺入り口が開きが悪く狭いままですが、前立腺出口は外尿道括約筋の働きで十分に開きます。すると、前立腺出口が力点になり、膀胱出口が作用点になるような前立腺内に仮想のてこが出現します。そして、ますます膀胱出口を狭めるのです。
そして、機能性ではない器質的な病気、膀胱頚部硬化症に進んでいくのです。

【膀胱頚部硬化症の場合】
Verboo3排尿のたびに、この状態が続く訳ですから、膀胱出口はその刺激に耐えうる生理的形態をとろうとします。筋肉組織が発達し線維組織が増殖し、遂には膀胱頚部硬化症という状態になるのです。すると、ますます膀胱出口は狭くなり、前立腺部尿道を流れる尿流は速くなるので、吸引力はさらに強大となり、排尿障害が強くなります。この状態は、膀胱や前立腺に物理的負荷を掛け続けますから、症状として現れると、慢性前立腺炎症状になるのです。

【ハルナール・フリバスが効くメカニズム】
Verboo4この仮想のてこの原理を想定すると、ハルナールやユリーフなどのαーブロッカーが排尿障害の治療薬として作用する理由が分かります。
αーブロッカーは前立腺組織内の平滑筋の緊張をやわらげる薬理作用があります。つまり前立腺を柔らかくするのです。すると、前立腺内の仮想のてこは、軟らかいてこ、あるいは関節を持った中途半端なてこになってしまうので、作用点が消失します。あとはベルヌーイの定理で生じた吸引力のみが排尿障害の原因になるので症状が軽減するのです。
しかし、膀胱頚部硬化症の硬いタイプにまで病気が進むと、膀胱出口が非常に狭いので、吸引力が強くなりハルナールでも対処できなくなります。

【補 足】
掲示板の質問にお答えします。
ロシアの文献の「前立腺導管の開口部が塞がり慢性前立腺炎の原因になる。前立腺部尿道を吸引すれば導管が開放されて治療できる。」という趣旨の文献に関しての質問だったと思います。
私の提唱する排尿障害→膀胱頚部硬化症→慢性前立腺炎という病態では、ここでご説明したように前立腺部尿道内は常に強力な吸引力が働いていますから、経尿道的吸引療法では前立腺導管開口部は開かないという考えです。
また、膀胱出口が狭くなく正常でも、前立腺部尿道を流れる尿流速度はとても速いので、前立腺部尿道には常に陰圧の吸引力が働き、前立腺はそれに負けないように開こうと常に努力しています。

Verboo5_1もしも、吸引力が支配している前立腺部尿道内に、陰圧ではない陽圧的な要素があるとすれば、キャビテーションという現象が考えられます。
船の下の水面下で回転しているスクリューを観察すると、細かい泡が発生しています。これがキャビテーション現象です。
これは、急速の流体中の急激な圧力の低下により、水の沸点が低下して、水分子の運動が活発になり、水が気化し水蒸気の気泡ができる現象です。発生した気泡はすぐに消滅しますが、気泡の発生・消滅の過程で超音波や衝撃波が発生します。ポンプやスクリューなどが壊れる原因の一つとしてキャビテーション現象は、設計技師のとって避けて通れない難問です。それが、前立腺部尿道の粘膜に陽圧的な刺激を与えるのかも知れません。
この現象は、私がベルヌーイの定理を勉強している際にたまたま知った現象です。左図は、私が想像したキャビテーション現象です。

ここまでは、膀胱出口閉塞症・膀胱頚部硬化症の排尿障害について説明しました。ご理解できましたか?
次に小さい前立腺肥大症で排尿障害が生じるメカニズムを説明しましょう。

【小さい前立腺肥大症の場合】
Verbph小さい前立腺肥大症の場合、排尿障害を来たすのは、前立腺の位置が問題になります。すなわち、前立腺の入り口が膀胱の内腔に突出している形の人の場合に、前立腺肥大症が小さくても排尿障害になります。
前立腺の入り口が膀胱の内腔に突出すると、排尿の際に内尿道括約筋(膀胱出口平滑筋)が開こうとしても、膀胱出口は十分に開放できません。膀胱に突出している部分に膀胱の圧力が前立腺の入り口を閉じるように作用するので、いっそう開かなくなります。
狭い膀胱出口=前立腺入り口から尿が尿道に流れるので、尿流はジェット流状態になります。流体の運動エネルギーは増加しますから、圧力は極端に低下して前立腺に対して吸引力が働きます。そのため、ますます前立腺部尿道は狭くなり、排尿障害は悪化します。
ここでさらに排尿障害を悪化させる力(紫の疑問符が示す黒い矢印)が作用します。

Verbph2何となく想像できるでしょう?大きな前立腺肥大症のところで説明した仮想のてこがここでも登場するのです。
小さな前立腺肥大症の場合は、前立腺の出口部分は十分に開いています。すると前立腺内の仮想のてこが、その部分で力点になり、膀胱出口=前立腺入り口部分を閉じるような力の作用点が生じます。
大きな前立腺肥大症の排尿障害と違う所は、ギーコンバッタンのシーソー運動にならないということです。すなわち、常にこの形のままなのです。もしかすると、大きな前立腺肥大症よりも排尿障害が強いのかも知れません。

Verbph3αーブロッカーであるハルナールが、仮想のてこを壊してくれますから、膀胱出口の作用点の力は消滅します。ですからこのタイプの前立腺肥大症にもハルナールは効くのですが、いかんせん、前立腺の膀胱内突出はなくなりませんから、構造欠陥による排尿障害は残ります。
前立腺肥大症が小さく、ハルナールが効かないので、「治療の必要なし」「気のせい」「年のせい」と誤診されるのが、このタイプの前立腺肥大症です。
また、膀胱にとって、無理やり吹けないトランペットを吹いているようなものなので、膀胱や前立腺に物理的負荷がかかります。そのため、膀胱刺激症状・前立腺刺激症状が顕著に出現する場合には、慢性前立腺炎と誤診されてしまいます。

|

« 頻尿の薬一覧 | トップページ | 高見さん、今日もお元気ですか? »

コメント

はじめまして。
分かりやすい説明でかなり納得できました。
一つ質問があります。
ここに書かれた膀胱頚部硬化症の元となる膀胱
出口閉鎖症はどのような原因で発症するので
しょうか?

【高橋クリニックからの回答】
それが不明です。
私が現在考えているのが、
1.成長期の10代後半の時に、膀胱全体の成長と膀胱出口の成長のアンバランスが原因ではないかというものです。
膀胱出口は、膀胱と前立腺の連結部ですから、解剖学的には、膀胱でもない、前立腺でもないという中途半端な構造です。このような構造の場所は、物理的な負荷を受けやすく疾患になりやすいのが現実です。
例えば、腱鞘炎は、骨格と筋肉を連結している腱が(骨でもない筋肉でもない)、物理的な刺激で炎症を起こします。

2.今までも説明している脊椎麻酔の後遺症が、10年単位で発現したのではないかというものです。

投稿: | 2006/11/01 21:36

はじめまして、ブログ上での回答ありがとうございました。感激です。私は泌尿器科ではありませんが医療に携わっております。今後とも宜しくお願いいたします。
殆どの泌尿器科医が前立腺炎患者をうとんじている中で、高橋先生は前立腺炎の治療を真剣に取り組んでいただいておられることに感謝いたします。これからも患者に朗報をいただけますように宜しくお願いいたします。

【高橋クリニックからの回答】
真面目な質問に関しては、一生懸命お答えするつもりです。
今回の質問の回答のために、1週間かかって、このページの模式図をワードとフォトショップを駆使して、すべて創作しました。
一つの質問に回答するためには、かなりの努力が必要です。
診療の合間にこの作業は正直疲れます。

先生の理論では排尿時にはベルヌーイの定理により前立腺部尿道内は陰圧が常に働いているので、経尿道的に更に陰圧をかけても効果は期待できそうもないという解釈でよろしいのでしょうか?

【高橋クリニックからの回答】
そのように思っています。

自分が思うのは、排尿時には陰圧であったとしても、性交時や自慰中は尿道内は陽圧になるのではないでしょうか?だとしても排尿時の陰圧で前立腺導管開口部の栓には陰圧がかかっているので、更なる陰圧は効果が期待できないとのことでしょうか?

【高橋クリニックからの回答】
1日5回から8回の正常の排尿回数からいえば、性行為の回数(多くてもせいぜい1日1回~2回)は、はるかに少ないので、陽圧のチャンスがあっても無視ができるでしょう。

もう一つ教えてください。先生の外来に来ている患者さんの発症の契機については問診はされておられるのでしょうか?性行為を契機に発症した人と性行為とは無関係に発症した人ではどちらが多いという印象を持たれておられるのでしょうか?
先生の慢性前立腺炎の病態は性行為を契機に発症した人は除外して考えたほうがよろしいのでしょうか?

【高橋クリニックからの回答】
何かを契機にして慢性前立腺炎が発症したとしても、それはあくまでも「きっかけ」であって、原因ではないと思っています。
慢性前立腺炎で多い契機が、性行為感染症・STDを含めた尿道炎、過度のセックス、亀頭包皮炎、ぎっくり腰、風邪、手術時のカテーテル留置、腹部の手術後などいろいろです。
要するに、下半身を一度刺激するようなエピソードがあれば、それが契機になるのです。ですから「きっかけ」は何でもよいのです。
私の考えは、すでに以前から隠れ排尿障害があり、膀胱や前立腺が非常に疲れている。しかし何かの原因で脳中枢が気が付いてくれていない。そのような状態の時に、下半身を刺激する事件・エピソードがあると、「待ってました」とばかりに、敏感になった部分に関連した神経と無理やり接続して、脳中枢に「疲れた膀胱・前立腺」の惨状を一生懸命に伝えた状態が、慢性前立腺炎の症状になるのだと考えています。
慢性前立腺炎の症状を「頻尿派」と「痛み派」に分類して論議する方がおられますが、症状は何でもよい、また表向きの原因(契機)は何でもよいと考えます。
もちろん、この考えは私の仮説で自論です。正しいのかどうかは不明です。しかし、生理学・解剖学を基に臨床医学を再検討すると、見えてくるのです。
一般の方は、都合の好い細菌や未知の細菌・真菌・ウィルスを慢性前立腺炎の原因と考えているようです。
しかし、そのような考え方は、病原微生物に原因をすべて丸投げにして、治りが悪いのは病原微生物が悪いから仕方がないんだという考えに結局は落着いてしまうのではないかと思います。
そのため、「治りの悪い病気になった貴方が悪い」的な結果になり、悩む方をもっと苦しめているのが患者さんの現状です。
治りが悪いのは、診断が誤っているか治療が誤っていると考えるべきでしょう。
病因論としては、細菌論ばかりでなく、神経論、構造論(私の主張する所)、栄養論、環境論、精神医学論などあらゆる事象を考えるべきだと考えます。

長くなり申し訳ありませんが、お返事いただければ幸いです。

【高橋クリニックからの回答】
議論は楽しいものです。54歳にして実感します。

投稿: 患者X | 2006/11/03 02:01

ご回答ありがとうございました。
先生のホームページのいろいろな資料を見せていただいています。大変参考になりありがたく思っています。
さて、もう少し教えていただきたいのですが、先生は慢性前立腺炎患者のエコー所見で膀胱頚部所見と周囲の血管拡張を指摘されていますが、前立腺内部の所見についてはどのような傾向があるのでしょう?一人一人まちまちなのでしょうか?それともやはり正常者と比較すると低エコー部分がびまん性に頻繁に見られるのでしょうか?

【高橋クリニックからの回答】
超音波エコー検査上、前立腺に慢性前立腺炎症状の患者さんと正常の方との違いはありません。

もう一つお願いいたします。
前立腺炎で受診された患者さんで、膀胱頚部硬化症を認める患者さんは何割程度なのでしょう。頻尿を伴わない前立腺痛患者では膀胱頚部硬化症の頻度はおのずと少なくなるのではないかと思うのですが。

【高橋クリニックからの回答】
10割と思います。
膀胱頚部硬化症の患者さんがすべて頻尿や排尿障害がある訳ではありません。逆に少ないのです。ほとんどの方は頻尿や排尿障害を自覚していません。
痛み・不快感・シビレなど様々な症状を自覚している方の方が多いのです。
当院に来院される慢性前立腺炎症状の患者さんの多く(99%以上)の方に、排尿障害を認めることができます。
私は、慢性前立腺炎の症状は何でもありと考えています。そしてその多くの方が膀胱頚部硬化症(排尿障害)だと信じています。

以上、コメントいただければ幸いです。

投稿: 患者X | 2006/11/08 00:45

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 慢性前立腺炎と「ベルヌーイの定理」と「てこの原理」:

« 頻尿の薬一覧 | トップページ | 高見さん、今日もお元気ですか? »