慢性前立腺炎の統計的検討#1
脊椎麻酔の後遺症が、慢性前立腺炎の原因の一つになっているかも知れないと思い、以前このブログに掲載しました。
その後もコツコツとデータを集めていました。私の取り柄といえば、根気・努力・忍耐です。私は聡明な医師とは違って、「一を聞いて十を知る」人間ではありません。そんな人間がこのような世界で生業としてやって行くには、ひたすらカメに徹して歩み続けなければなりません。時には、華やかなウサギをうらやましく思うこともあります。
さてさて、私のぼやきはこの辺にして本題に入りましょう。脊椎麻酔と慢性前立腺炎との関係を調べるべく、2006年の3月から始めて9月の現在までの約7ヶ月間に、コツコツとデータを集積すると、慢性前立腺炎症状の患者さんが347名来院していました。(ちなみに、慢性膀胱炎・間質性膀胱炎症状の女性患者さんが146名来院していました。)
30歳代の方が一番多く、84名(24.2%)、次に40歳代75名(21.6%)、50歳代61名(17.6%)の順です。
最高齢者が91歳でした。一番若い方で16歳です。慢性前立腺炎といえば、30歳代から40歳代にかけて多いように感じていましたから、データは予想通りです。
10代後半の患者さんは、慢性前立腺炎という診断ではなく、「心因性」や「気のせい」と診断され、精神科や心療内科の治療を受けていました。
70歳代から上の患者さんは、「年のせい」という診断が下されていました。
会陰部痛と大腿部痛の悩みのある49歳の男性は、心療内科でECT治療(電気ケイレン治療)を全身麻酔で8回も受け、2ヶ月間だけは痛みがおさまったのですが、記憶障害という後遺症をもらってしまいました。2ヶ月経過したら再び痛みがひどくなり、途方に暮れて来院しました。
過去の手術の既往をうかがうと、下記のようなデータになりました。
虫垂炎手術の罹患率は、前回の報告では23%でした。統計を取りはじめ、患者さんの数が増えるのに従い、その率は若干減少し、虫垂炎手術(脊椎麻酔)罹患率は19.3%に落着きました。下がったといっても慢性前立腺炎症状の患者さんのうち、5人に1人の確率で虫垂炎手術を脊椎麻酔で受けているのです。一般的には虫垂炎の罹患率は15人に1人の7%の確率ですから、「!」ですね。
虫垂炎手術も含め、ヘルニア・痔の手術などを脊椎麻酔で手術を経験した患者さんは、347人中88名(25.4%)でした。実に4人に1人が脊椎麻酔を経験しているのです。尋常な数字ではないでしょう?
慢性前立腺炎症状の患者さんのうち、4人に1人の割合で脊椎麻酔を受けているという事実から考えて、慢性前立腺炎という病気の本質が見えてこないでしょうか?ただ単に原因不明の炎症だという考えに、少し疑問を感じます。
ある掲示板に、こんな記述がありました。
「これだけ昔から多く行われている脊椎麻酔で、長期の神経障害が起こっているなんて誰も言っていない事を正当化するには、もう少し理論的な裏付けが必要かと思いますが。」
別に正当化するつもりはありません。ただ単に私の集めた事実から、常識を疑ってみる私の姿勢は、医師としてあるいは科学者として当然の理論展開でしょう。思いついた仮説を誰の気兼ねなく発表できるブログは、在野に埋もれた開業医にとって、絶好のメディアです。学生時代~研修医を経て自分の吸収した常識だけに呪縛された頭脳の人にとっては、とても非常識でしょうが、「誰も言っていない」からこそ、誰かが言うのです。
川崎病で有名な川崎富作先生が、誰も報告したことがないこの症候群について報告した時に、従来の常識に凝り固まった有名な大学教授や大御所たちから、散々な批判を受けました。
現在では常識のピロリ菌を基礎医学者が胃潰瘍の原因として報告した時、ほとんどの臨床医は笑ったのでした。
脚気の原因が感染症と思われていた明治時代、高木兼寛先生は特定の栄養失調を疑いました。その際、東大出身の医師森鴎外たちから攻撃されました。
歴史が示唆するように、科学である医学の領域でも、科学的な根拠で証拠を示してもなかなか受け入れてもらえません。なぜなら、従来の科学的常識を維持し守る科学者と、新しい発見や発明をする科学者とでは人種が異なるからです。悲しいかな同じ人間でも時期が異なれば常識を守る側の科学者になってしまいます。相対性理論を発表したアインシュタインは、その後に発表され今では常識となっている量子力学に対して「神はサイコロをふらない!」と言って反対しました。人間はそのような習性を持つのです。おそらく私もそうなるのでしょう。
ここ10年、医学界では、EBM(根拠にも基づく医療)が賛美されました。しかし最近では、EBM中心の考え方に異をとなえる人が増えてきています。EBMのEとはエビデンス(根拠)ですが、過去の見知らぬ他人が出したエビデンスだけを根拠に理論武装する他力本願的な医師が多くなっている風潮に、不愉快に思うグループが出てきてもおかしくない状況です。自らが根拠を作って、新しい知見を生み出す自力本願的な医師がドンドン出てこないと、日本の医学・医療は進歩しません。過去のエビデンスの上にあぐらをかいて人を批評することは、安全でたやすいことです。自作のエビデンスを無責任な批評に耐えながら作り上げるのは、骨の折れることです。
2008年以降から泌尿器科学会で順次発表していきます。お楽しみに。
掲示板の話ついでに、ご質問にお答えします。
今年の3月から9月までの半年間に慢性前立腺炎症状で内視鏡手術をお受けになったのは、61名の男性患者さんです。私は毎年、年間180件以上の内視鏡手術を行なっています。そのうち慢性前立腺炎の患者さんが130件、慢性膀胱炎・間質性膀胱炎の女性患者さんが40件、前立腺肥大症の患者さんが10件ほどです。
「仙骨麻酔(硬膜外麻酔)と脊椎麻酔は範囲や部位が微妙に異なりますが、同じようなものです。脊椎麻酔の影響で膀胱や尿道の神経が障害されるなら、仙骨麻酔や仙骨ブロックで麻痺した神経にも後遺症が残る可能性があるのではないかと考えるのが普通でしょう。 」
この先生のご意見と私は異なります。麻酔がいったんかかったなら、脊椎麻酔も硬膜外麻酔も仙骨麻酔も同じだから、後遺症は同じだというご意見です。私は麻酔の深さが異なれば、神経に及ぼす薬剤の障害程度は異なると考えます。脊椎麻酔で12時間以上歩行不可能な麻酔深度の状態と、仙骨麻酔後1時間以内に歩行できる麻酔深度状態を同じ障害だというのに納得できません。麻酔がかかれば、0か1かの1だというデジタル的発想です。我々生物はアナログ的反応を示します。ですから麻酔にかかったとしても、麻酔深度を細かく分ければ極端な話し、1から100まで分けることができる筈です。もちろん臨床ではそこまで見分けられませんが、麻酔深度30と麻酔深度100が同じだというのは私は納得できません。0.5%のマーカイン3ml脊椎麻酔で使用すれば、麻酔深度は深く6時間~10時間以上は歩行不可能です。しかし同じ濃度の0.5%マーカイン10ml(脊椎麻酔の3倍以上の量)を同じ高さの硬膜外麻酔として利用した時には、麻酔深度は浅く手術中の電気メスの感覚はある程度感じられ、3時間もたたないうちから通常の歩行で帰宅可能です。さらに、仙骨麻酔の場合は20ml以上使用しても硬膜外麻酔ほど麻酔深度が得られません。麻酔法により麻酔深度=障害が異なります。
「排尿障害が慢性前立腺炎や間質性膀胱炎を引き起こすなら、当然脊椎麻酔で損なわれた排尿障害は、重なる麻酔やブロックによって、ますます悪くなる可能性がある。しかし、内視鏡に仙骨麻酔を、間質性膀胱炎に仙骨ブロックを勧める。 」
内視鏡検査の麻酔や間質性膀胱炎の刺激症状を緩和するために、1%カルボカイン10mlや0.125%マーカイン10mlを使用して仙骨麻酔を行ないます。脊椎麻酔の麻酔深度を100だとすれば、外来でのこの仙骨麻酔は30程度でしょう。この程度であれば、後遺症を残さずに麻酔が覚めると考えるので実行しています。私の思考の中では何の矛盾もありません。
医師が100人いれば100通りの医学の世界観があります。ですから誰が正しいと現時点では断定できません。麻酔に関してだけでも、掲示板の医師と私とでは考え方にかなりの開きがあります。その点を土台にして事象を考えますから、最終的には同じ病気について議論しているとは思えないほどの展開になります。でも議論が尽くされた治らない病気と断定されるよりも、少なくとも議論されるだけでも、病気の正しい本質に近づくのではないでしょうか?私の一見無茶苦茶な仮説で、私以外の常識的なまともな医師が興味をいだいたことに価値があると思います。
過去に慢性前立腺炎と膀胱頚部硬化症との関係を示唆している文献があります。
何と34年前の1972年に発刊されたTextbook of Surgery(クリストファーの外科学として有名)というアメリカの総合外科学教科書の泌尿器科分野-前立腺の項目に記述があります。(1543ページ)
「慢性前立腺炎が膀胱頚部硬化症や前立腺結石を作るほど重症の場合、内視鏡手術をすると慢性前立腺炎の症状が軽快することがある」というものです。
34年も前の常識から脱却できないからこそ、非細菌性慢性前立腺炎が未だに解決できないと思うのは私の独断と偏見でしょうか?過去の常識に何の疑いを持たないまま講義する医師の石頭がいつ柔らかくなるのでしょうか?
私の考えは、排尿障害である膀胱頚部硬化症を治療すると慢性前立腺炎と誤診されていた症状が治るという考え方ですが、クリストファーの外科学では、慢性前立腺炎が引きおこした膀胱頚部硬化症を治療すると、原因であった慢性前立腺炎が治ることがある?という不思議な説明になっています。炎症→排尿障害という根拠で、排尿障害の治療で炎症が治る理由が論理性に欠けます。微細な炎症が器質性(機能性の逆)の膀胱頚部硬化症や前立腺結石を作るという病態に信憑性を疑います。ハルナールなどのαーブロッカーで慢性前立腺炎症状が軽快する事実があっても、排尿障害が改善したからだと、なぜか考えないのと、逆の意味で似ています。排尿障害→炎症(正確には、炎症類似症状)という根拠で、排尿障害の治療で炎症症状が治ると考えた方がスッキリすると思えませんか?
1986年版1682ページにも同じことが記載されていますから、この慢性前立腺炎という病気に関しては、アメリカでもほとんど進歩していないことになっています。
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コメント
今まで慢性前立腺炎での内視鏡手術をされたのが61例ということでしょうか?それともこの7ヶ月間で61例ということでしょうか?
【高橋クリニックからの回答】
正確には3月14日から9月14日までの半年間で、61例です。
毎年、年間180件以上の内視鏡手術を私一人で行なっており、そのうち慢性前立腺炎の患者さんは130件ほどです。
毎週4件ペース以上で内視鏡手術を行なっていますが、最近、年のせいか?(現在54歳)、バテ気味です。疲れで内視鏡手術の際に集中力が欠けるのが恐いので、毎週3件ペースに落とし始めています。お陰で、現在内視鏡手術の予約が、来年の2月になってしまいました。
「患者さんからのレポート」で出血・痛み・再発・再手術のお話しをそのまま掲載しているのは、気の弱い患者さんにとってはストッパーになると思うからです。なぜなら、手術は患者さんが思うよりもみなさん順調な経過をとるとは限らないからです。簡単に治るんだと安易に思われても困るからです。
そういった意味で、掲示板での私の治療への批判的内容は、おおいに歓迎です。
投稿: スイカ | 2006/09/24 00:32
高橋先生!現在は手術希望したらどのくらい待ちますか?
【回答】
1ヵ月以内です。
そんなに混んではいません。
投稿: | 2012/10/30 23:31
高橋先生早々のご返事ありがとうございます。 遠方に住んでます11月に診察伺いたいと思ってます (慢性前立腺炎)が強く強く手術希望していてもとりあえず最初はアルファブロッカーでの治療となりますか?
【回答】
α-ブロッカーを服用した経験がなければ、まずはα-ブロッカーから治療が始まります。
投稿: | 2012/10/31 10:26
高橋先生ありがとうございます。先生の診察受けに11月参りますよろしくお願いします。(最終的には強く手術希望です)
投稿: | 2012/11/01 01:31