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膀胱頚部硬化症の内視鏡手術手順

慢性前立腺炎症状を持った膀胱頚部硬化症患者さんの内視鏡手術の際に、注意しなければならないことがあります。
膀胱頚部硬化症の患者さんの多くが性行為年齢だということです。若い方で16歳、高齢の方でも60歳代です。膀胱頚部硬化症の患者さんに前立腺肥大症と同じ手術を行うと、かなりの確率で逆行性射精という後遺症が出現します。すると、セックスの際の射精時に、射精感はあるのですが、精液が尿道から出なくなります。結婚なさってお子さんのおられる方はいいでしょうが、20歳未満の男性ではなかなか承知してくれないでしょう。
そのため、膀胱頚部硬化症の内視鏡手術では逆行性射精になりにくい工夫が必要になります。

【麻酔】
日帰り手術ですから、短時間に手術を行い、手術を終えてからすぐに歩行できるようにしなければ、本当の日帰り手術にはなりません。
実際は、12時(正午)に麻酔を行います。13時に手術を始め14時には手術終了です。1時間ほど休んでいただき、15時30分には帰宅していただいています。
そのためには、仙骨神経ブロックと呼ばれる麻酔j法を利用して手術を行います。麻酔薬は0.5%マーカインと0.25%マーカインの2種類を利用しています。患者さんの身長と性差で薬液量を決めます。
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麻酔薬        0.5%マーカイン  0.25%マーカイン  総量
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身  160cm       10ml         10ml       20ml
   
長  170cm       10ml         15ml       25ml

   180cm        15ml         10ml       25ml 
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脊椎麻酔の場合は、効きがよく、術中全く痛みがないのですが、その反面、手術後数時間は歩行できない、手術後1週間から2週間程度の頭痛がある、麻酔中ショックのリスクがあるなどの弊害があります。
麻酔がよく効いて、手術に全く痛みがないのは喜ばしいのですが、手術後歩けなくなっては日帰り手術ではなくなります。安全と手術後すぐに歩行できることを優先して、仙骨神経ブロックを行なっています。ですから、手術は脊椎麻酔ほどは効き目がある訳ではありません。仙骨神経ブロックでの手術中は、電気メスの感覚ありますが、チクチクという程度です。
caudal-tech手術を受ける患者さんはうつ伏せ(腹仰位になっていただきます。おしりの割れ目の少し上の部分に、仙骨裂孔という隙間があります。そこに24G の針でゆっくりと注射します。

caudal-xp麻酔薬は写真のようにゆっくりと仙骨腔内から脊椎硬膜外腔に拡がって行きます。この写真は麻酔薬10ml注入した直後の映像です。仙骨腔内全体に樹枝状に拡がった薬剤が確認できます。薬剤は腰椎5番の高さまで拡がっています。直後の写真ですが、時間が経過すればさらに上昇していきます。通常さらに4椎体ほど上昇し、腰椎1番から胸椎10番位まで上昇します。膀胱・前立腺の感覚が仙骨2番~4番の高さですから、麻酔領域としては十分な高さになります。

【手術】
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【解説】
私が行なっている膀胱頚部硬化症の内視鏡手術を簡単に解説します。ただし、図で示しているのは一つの方法です。患者さんの所見により切開の位置・方向・深さ・数は異なります。また、ご婦人の膀胱頚部硬化症も基本的には同じ手順の手術を行ないます。理解を深めるために模式図と実際の手術写真とを一緒にお示ししましょう。
実例写真の患者さんは40歳男性です。主な訴えは頻尿・下腹部痛・右睾丸痛です。20年前から排尿障害を覚え、10ヶ月前に恥骨部の痛みが出現し慢性前立腺炎の診断でセルニルトンの処方を受けました。1ヶ月前に1時間半に1回の頻尿を訴え、近くの泌尿器科医で膀胱頚部硬化症と診断されました。しかし、主治医はハルナールの処方だけで積極的な治療を行なわないので高橋クリニックを受診、患者さんの強い希望で内視鏡手術になりました。

18070m40bns【模式図①】膀胱頚部硬化症を内視鏡で観察した典型的所見です。大きな円は内視鏡検査で観察できる視野の領域です。円の中心の黒い丸が膀胱出口です。直径約2mmです。正常であれば、膀胱出口の黒い丸が直径6mm以上なければなりません。大きな円の6時の位置に見えるのが、精丘(精阜)と呼ばれる精液の発射孔の膨らみです。精丘の手前が尿道括約筋になります。この視野の位置では尿道括約筋が視野に入らない位の手前の位置ですから、安心をして(誤って括約筋を切る事故を起こさないという意味で、実際、目の前に括約筋がなければ切ることができない)手術ができます。
【実例】この患者さんではこの位置からでは膀胱出口が確認できません。粘膜に黄色の石灰(結石)が所々に付着しています。この空間においてジェット流と渦流が発生していることが想像できます。
18070m40bns2【実例】直径6mmのループ型電気メスを押し当ててみると膀胱出口が確認できます。電気メスと比較すると膀胱出口が直径1mm前後であることが分かります。膀胱頚部硬化症の絶壁状の柵形成bar in the skyが明瞭に確認できます。

18070m40bns3-2【模式図②】膀胱出口の6時の位置を電気メスで切除します。この目的は、一つに膀胱出口を広くすることと、二つ目に膀胱出口と膀胱三角部を切り離す二つの意味があります。膀胱出口と膀胱三角部がつながっているので膀胱三角部が硬く過敏になってしまったことが、慢性前立腺炎症状を複雑にしたからです。
【実例】この写真は6時の方向を切除した直後の写真です。切除面が白いのは膀胱出口の平滑筋が露出しているからです。膀胱も含め内臓の筋肉である平滑筋は白いのです。
18070m40bns3【実例】6時の位置を切除した後、視点を後にずらすと、2番目の写真の位置に戻ります。2番目の写真と比べ膀胱出口が6時の方向に下がり緊張がゆるんだのが分かりますか?従来の膀胱頚部硬化症の手術はこれで終了だったのですが、私の手術はこれからです。

18070m40bns4【模式図③】開いた膀胱出口の6時の位置を電気メスで縦てに正中切開します。少しでも開きたいのと、通常の切除ですと切り過ぎることがあるからです。
【実例】これは針型電気メスで6時の位置を切開している場面です。膀胱出口(膀胱頚部)の輪状に走行している平滑筋が完全に消失するまで切開を進めます。
18070m40bns5また、6時の切開線は膀胱三角部まで十分に到達するようにします。出来れば交間靭帯を超えて切開します。関連痛や頻尿のある患者さんの場合、外せない重要なテクニックになります。
【実例】これは膀胱三角部を切開している場面です。
18070m40bns6膀胱頚部硬化症や中葉肥大型前立腺肥大症の手術の際に、膀胱三角部に切開を十分に入れないので、膀胱頚部硬化症は手術を行っても症状が改善しないと、一般的な泌尿器科医は誤解してしまうのです。このブログをお読みになっている若い泌尿器科医の先生!ここがポイントです。前立腺肥大症の手術の際にも、前立腺にしか目が行かず、前立腺だけを切除するので、頻尿や残尿感が強い前立腺肥大症の患者さんの場合、手術後症状が改善しないのです。
【実例】この写真は膀胱三角部を切開した直後の膀胱三角部の全体像の写真です。
18070m40bns7前立腺だけをきれいに切除する手術の上手な泌尿器科医よりも、手術が下手で誤って(手が滑って)膀胱三角部まで切除してしまうような泌尿器科医の方が、術後の経過が良いという奇妙な逆転現象が起きてしまいます。
【実例】この写真は切開する前の膀胱三角部の写真です。膀胱三角部の粘膜表面に細かい血管が無数に認められます。膀胱三角部炎の所見です。手術直後の上の写真と比較して下さい。

18070m40bns8【模式図④】大きく開いた膀胱出口の2時・4時・8時・10時に先ほどと同じく電気メスで斜めに切開を入れます。0時・4時・8時の組合せや2時・10時の組合せなど、患者さんの状況に応じて臨機応変に変化します。
【実例】この写真では、まず4時の方向に切開を入れます。
18070m40bns9【実例】次に、8時の方向に切開を入れます。左右それぞれ少しずつ切開を入れては、膀胱出口全体の緊張を確認します。緊張が取れるまで切開を深くいれます。切開用の電気メスは長さが3mmです。写真では先端の0.5mmの部分で少しずつ切開をしているのが分かりますか?
18070m40bns10【実例】4時と8時の切開を終了した時点で、膀胱出口の下半分の緊張が取れたのが観察できます。この時点で、膀胱出口は直径が6mm程度に拡大しています。しかし膀胱出口の上半分はまだ緊張が取れていないので次の操作に移ります。
18070m40bns11【実例】次に10時の方向を切開します。先ほどの4時・8時の切開と要領は同じです。しかし、膀胱出口の上方向は前立腺の筋肉が集中している場所でもあるので、ある程度の緊張を残さないと、射精をする時に膀胱出口が閉まりにくくなります。程ほどの切開の深さで止めます。
18070m40bns12【実例】同じようにして2時の方向に切開をいれます。10時の方向も2時の方向もわずかな切開なので、出血時の止血操作の際がとても難しいのが難点です。一連の写真では出血がほとんど見えませんが、実際は切除や切開をする度に出血を認めます。切開した部分が閉じていると、出血点が確認できないのですが、勘で止血操作をすることがたびたびあります。この2時・10時の切開部は特にそうです。

18070m40bns13【模式図⑤】カメが逆立ちをした姿に膀胱出口が開きます。手術前の膀胱出口の面積に比べたら4倍以上に開口します。
【実例】この写真は2番目の写真と比較しても膀胱出口の面積は50倍近く拡大しています。2番目の写真と同じ位置まで下がり、ループ型電気メスを押し付けてみます。
18070m40bns14【実例】膀胱出口の柔らかさと広さの違いが確認できます。2番目の写真で確認できた絶壁状の柵形成bar in the skyがなくなり、尿流の柔らかい空間が完成しました。これで尿はスムースに流れます。膀胱の負荷も取れて難治性の慢性前立腺炎症状も軽快するでしょう。

18070m40bns15【模式図⑥】しかし、開き放しであれば、逆行性射精になりますが、複雑に入れた切開により、膀胱出口は両開きの扉のようになります。ちょうど西部劇の酒場のシーンに登場する扉のようです。閉まる時には細い隙間のようになります。
【実例】実際の手術中の所見は、全く図のようになる訳ではありません。(私の頭の中では図のように細工しているのですが・・・) 手術前の一番上の写真と比較して下さい。絶壁状になっていた柵形成部分がなくなっただけのようにしか見えないでしょう?これが自然な膀胱出口の姿です。

この一連の手術操作により、硬く閉ざされた膀胱出口は柔らかい柔軟な膀胱出口へと変身するのです。前立腺肥大症の内視鏡手術のように単純な前立腺の切除だけであれば簡単なのです。しかし排尿障害を治して、なおかつ逆行性射精を後遺症として残さないように手術するのは工夫の上に工夫が必要になります。私の手術法や治療法は常に発展途上です。いつの日か完成するのでしょうか?オシッコの神様が告げてくれるでしょうか?

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コメント

突然メールを失礼します。
私は10日に肥大で手術を受ける62歳のものですが、
担当先生の説明に、少し疑問を持ち待ちした。
銃後はセックスは可能ですが、膀胱射精になりますと、いわれました。手術方法方法はレザーと電気メスで切り取るとのことです。少し前から先生のホームページをみてましたのでおかしいなと思いました。
今大変不安です。肥大手術はこれが普通なのでしょうか。一言コメントをいただけませんでようか。
日にちがありません。どうかよろしくお願いします。

【高橋クリニックからの回答】
前立腺肥大症の内視鏡手術の場合、逆向性射精になるのは一般的な後遺症で、普通です。

私は、逆向性射精にならないように、自分で考案したテクニックを駆使して内視鏡手術を行なっていますが、それでも前立腺肥大症の場合は10%以上の確率で逆向性射精になります。
若い青年の慢性前立腺炎の場合の手術は、前立腺肥大症がありませんから、逆向性射精は1%以下の確率になります。
http://hinyoukika.cocolog-nifty.com/cp/
の慢性前立腺炎の手術をご覧下さい。

投稿: 北○智○ | 2007/07/08 00:20

 この手術は私のように20代後半で病歴も1年ほど、症状もそこまで重くない患者でも切望すれば手術はしていただけるのですか?
【回答】
親御さんも承諾の上で手術は受けます。

投稿: | 2012/02/05 21:58

 20歳以上ですが、親の同意が必要という事ですか?
【回答】
あなたが親だとして、ご自分の息子が無断で自分勝手に内視鏡手術を行い、その結果、後遺症である逆行性射精になり、男子不妊症になってしまった時、手術を行った医師にひとこと言いたくなりませんか?
どうして事前に教えてくれなかったのかと・・・。

投稿: | 2012/02/06 16:22

 そうですね、分かりました。ただ、逆行性射精の可能性自体はわずかですよね?
【回答】
わずかですが、ゼロではありません。
数%です。

投稿: | 2012/02/06 18:29

膀胱頸部を切開した場合、緊張している筋肉が弛緩して切開した部分が広がると思うのですが、どの程度広がるのでしょうか。径が全体的に広がるのか、切開した部分のみが例えば30度程度両側に広がるのかなど、詳しく教えていただきたいです。また「複雑に切開したことにより、膀胱出口は両開きの扉のようになります。」とおっしゃられていますが、その部分が尿の流れを悪くしてしまっていて、結局切開する前とあまり変わらないような気がしてしまうのですが、どうなのでしょうか。
【回答】
想像力を働かせて下さい。
想像できないのであれば、記録しているDVDをご覧にいれますから、お越しください。

投稿: ぴーすけ | 2014/10/24 18:11

平成23年6月、前立腺肥大症の手術受け、3年後(平成26年5月)、術後の再発、「膀胱頸部硬化症」手術時間は約10分でした。2度入院した大学病院は退院、今回、大手病院通院中ですが、今回は単なる前立腺の肥大でなく(くりぬいて切除)、膀胱頸部を念頭に担当医に相談し、前立腺から膀胱内部を内視鏡で精査してもらい、とにかく頻尿と尿意を感じてから排尿までに1分以上時間を要します。この症状から抜け出したいのです
どうか良い意見あれば、回答願います(72歳男性)
【回答】
膀胱三角部の処置と精丘近くの前立腺組織の切除が必要でしょう。

投稿: 3度目手術目前の男 | 2016/03/03 12:30

先日は貴重な回答頂きありがとうございました。通常泌尿器科の手術をする医師は高橋先様に私の病気を内視鏡で診て、高橋先生が提案される施術は理解できるのでしょうか?もし可能ならば、高橋先生に手術をしていてだければ、一番安心ですが。「膀胱三角部の処置と精丘付近の前立腺組織の切除が必要」、これを私から直接医師に伝えなくても、理解できれば幸いです。如何でしょうか。
【回答】
分かりません。
その医師の経験と対処能力によるでしょう。

投稿: 3回目手術目前の男 | 2016/03/05 21:43

今年3月に前立腺癌で摘出手術を行い6月上旬から排尿が悪くなりました。排尿時は尿道を指で押さえ溜めてから何回かに分けて出し、最後は会陰部から膀胱を押して残尿を出していました。7月に吻合部の尿道狭窄と診断され8月6日に狭窄部の切開手術を行いました。下半身麻酔だったので、切開方法は高橋先生と異なると思いますが先生の手術写真と同等の画像をモニターで見ていました。手術後暫くは排尿の勢いと切れも良かったのですが1ヵ月経過の9月上旬頃から排尿が細く、時間も長くなり狭窄が再発している様に思われます。先生の手術の場合、狭窄の再発はいかがでしょうか、また私が切開手術前の状態と同じようになった場合に次はどの様な処置が良いのかご教授いただければ幸いです。
【回答】
先ずは、膀胱出口の緊張を緩めるために、ユリーフ・シロドシンを服用してください。

投稿: わらつかみ じい | 2019/09/29 10:22

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