慢性前立腺炎の原因
隠れ排尿障害
慢性前立腺炎の患者さんは、世代的には20歳前後から40歳代の男性の方がほとんどです。症状の多くは、会陰部痛・残尿感・排尿痛などの尿路症状ですが、おしっこが出にくいと訴えて来院される患者さんは少数派です。たまに、おしっこが以前から出にくいのだが、泌尿器科専門医に症状を訴えても、「若いからおしっこが出にくい訳がない!気のせいだ!」と言われてあきらめていた患者さんがほとんどです。
そのように訴えられた非細菌性慢性前立腺炎の患者さんに尿流測定検査と残尿測定を行っていただくと、明らかな排尿障害と残尿が認められたのです。『慢性前立腺炎と診断された患者さんに排尿障害が存在する!』これが私が非細菌性慢性前立腺炎の本当の原因は排尿障害だろうと思った瞬間です。私はこれを慢性前立腺炎の「隠れ排尿障害」と呼んでいます。
治療前の慢性前立腺炎患者さんの尿流量測定ウロフロメトリー検査
治療後の慢性前立腺炎患者さんの尿流量測定ウロフロメトリー検査
排尿障害が真の原因
それ以来、慢性前立腺炎の患者さんには全例、排尿障害を捜す検査(尿流測定検査・残尿測定検査)を行うことにしました。するとどうでしょう!全員と言っていいくらいに排尿障害が見つかるのです。慢性前立腺炎のような軽微の炎症では物理的・機能的な排尿障害があってはならないのです。非細菌性慢性前立腺炎と呼ばれる病気は、実は排尿障害の症状だということが分かってきました。
内視鏡検査で証拠を
そこで、内視鏡検査を行うと、もっと明解な答えが得られました。膀胱と尿道の移行部、膀胱頚部と呼ばれる膀胱の出口の開きが悪いのです。これを膀胱頚部硬化症と云います。膀胱頚部硬化症には硬くて内視鏡すら挿入できない「器質性」膀胱頚部硬化症と、内視鏡は挿入できるが排尿する時に開いてくれない「機能性」膀胱頚部硬化症に分けることが出来ます。器質性の場合は、前立腺肥大症の中葉肥大タイプで肥大症の硬い組織が膀胱頚部にあるために開かない状態を云います。しかし、若い男性のほとんどの場合が機能性膀胱頚部硬化症で膀胱頚部の筋肉(内尿道口括約筋)と副交感神経の障害によるものと思われます。
排尿障害から慢性前立腺炎への流れ
膀胱頚部硬化症
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排尿障害
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慢性的な物理的刺激
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前立腺・膀胱の慢性的物理的障害
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前立腺・膀胱の知覚過敏
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慢性前立腺炎類似症状(無菌性)
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大脳中枢・脳幹部中枢・脊髄中枢の興奮の持続と過敏
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多彩な症状と難治性
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「非細菌性慢性前立腺炎・前立腺痛・前立腺症」
と診断される
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膀胱の萎縮
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間質性膀胱炎
排尿障害が原因でないとすれば…反論的弁証
もしも、排尿障害が非細菌性慢性前立腺炎の原因でないと仮定しましょう。非細菌性慢性前立腺炎の患者さんのほとんどが20歳から40歳代のお若い方ばかりです。前立腺肥大症などの排尿障害を来たす基礎疾患はないと考えてよいでしょう。それでは、慢性前立腺炎の患者さんの中で排尿障害が証明された際には、どのような理由付けをしたら病態生理学的に証明できるのでしょうか。
細菌性の急性前立腺炎の場合には、前立腺が腫大(大きくなる)しますから、前立腺の中心を走っている尿道が圧迫されて排尿障害の状態になります。丁度、前立腺肥大症のような状態になる訳です。ところが慢性前立腺炎は軽微な慢性の炎症ですから、前立腺は腫大しません。腫大しなければ尿道は圧迫されません。圧迫されなければ排尿障害にはならない筈です。
もしも、非細菌性慢性前立腺炎で排尿に関する自律神経や運動神経が麻痺すると仮定しましょう。神経因性膀胱のように、その麻痺のために排尿障害になるんだと説明すると、非細菌性慢性前立腺炎のような軽微な炎症で神経組織が障害を受けて麻痺するのは病理学的に無理があります。軽い逆流性食道炎の患者さんが食事がのどを通らないようなものです。慢性の上気道炎の患者さんが呼吸できなくなるようなものです。軽い痔病の患者さんが排便できなくなるようなものです。非細菌性慢性前立腺炎だけに排尿障害が起きるのは、まるで「超常現象」としか思えません。
満足なオシッコをするための条件
満足できるオシッコをするための条件を挙げてみましょう。
1.膀胱が一回に十分な尿量(300~500ml)をためることができる。(十分な膀胱容量)
2.膀胱が一定時間内(30秒)に尿を排泄する力がある。(健全な膀胱排尿筋)
3.膀胱頚部が排尿時に瞬時に十分開く。(膀胱頚部の柔軟性と健全な内尿道括約筋)
4.前立腺が排尿時に十分開く。
5.外尿道括約筋が排尿時に十分開く。
6.尿道平滑筋が排尿時に十分開き、排尿終了時に閉じて尿を残らずに尿道から追い出す。
以上の条件の一つでも支障が出ると、全ての条件に負担を掛けるので満足なオシッコは出来なくなります。排尿は一見単純な行為ですが、実は非常にデリケートな条件の上に成り立っているのです。
前立腺の軽微な炎症のみに固執し囚われていると、非細菌性慢性前立腺炎の本質や全貌が見えてこなくなるのが納得いただけたでしょうか?
膀胱頚部緊張症候群の提唱
慢性前立腺炎の症状だから短絡的に「慢性前立腺炎」と診断したところに、この病気、非細菌性慢性前立腺炎の本質を見誤ったのでしょう。医師も患者さんも「炎症」という呪縛からいつまで経っても抜けられず、長期に渡って抗生剤を投与し病気を複雑にしていたのです。
例えば、前立腺肥大症の患者さんが慢性前立腺炎を併発し症状で苦しんでおられれば、医師も患者さんもすぐに前立腺肥大症を治療しようと考えるでしょう。決して、慢性前立腺炎だけの治療を固執することはないでしょう。なぜなら慢性前立腺炎の原因が前立腺肥大症だからです。
ところが、非細菌性慢性前立腺炎の根本原因が排尿障害であるにもかかわらず、排尿障害の検査も証明もせずにひたすら炎症の治療に終始しているのが現状です。これではこの病気は治りません。私は「非細菌性慢性前立腺炎」あるいは「慢性前立腺炎類似症候群」を「膀胱頚部緊張症候群」として提唱したいと思います。そうすれば安易に「慢性前立腺炎」と診断せずに、その根本原因を探ろうと医師も必死になるでしょう。
ジェット流と乱流
膀胱頚部を十分に開放せずに排尿すると、膀胱頚部(膀胱出口)から前立腺~尿道球部(尿道括約筋を越えた直角に曲がっている部分)にかけて、尿のジェット流・乱流が生じます。
尿のジェット流・乱流は、前立腺を含めた後部尿道に物理的負担(正確には水力学的負担)をかけます。その結果、後部尿道に炎症性ポリープや血管増生などの後部尿道炎を作ることになります。
最近、美浜原発事故で蒸気噴出事故がありました。原子炉で熱せられた一次熱交換水から受けたエネルギーを二次熱交換水が蒸気になり、蒸気タービンを動かし発電機を回転させる仕組みです。この二次熱交換水の冷却後(150℃以上)の配水管が破損した事故です。事故を起こした配水管は、その手前が水流調節のために狭くなっており、ジェット流・乱流ができます。ジェット流が直接当たる配管金属の厚みが、本来の10mmが1.4mmまでに薄くなっており(86%の減肉現象)、それが今回の破裂事故になったと推測されています。
人間の膀胱頚部で生じるジェット流・乱流とは規模が全くことなりますが、後部尿道に発生する水力学的負担を無視することができないことが容易に想像できるでしょう。
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