瘀血(おけつ)
漢方で血液の流れの悪い状態を「瘀血おけつ」といいます。
超音波の検査で偶然に見つけられる所見です。女性ばかりではなく、男性にも認められます。血液の流れが悪いために起きているであろう病気を西洋医学的には「骨盤内静脈うっ滞症候群」と称されます。
漢方の瘀血は、それだけで独立した病態で、瘀血そのものが病気の根本原因だとされています。気虚すなわち気というエネルギーが不足して、気のエネルギーを原動力にしている血流が十分に働かなくなるというものです。しかし、西洋医学的な立場からすれば、それでは納得がいきません。現在の病気の中で瘀血状態を例に挙げれば、食道静脈瘤、下肢静脈瘤、精索静脈瘤などがあげられます。(表は、基礎中医学、たにぐち書店から)
食道静脈瘤は、肝硬変が原因で門脈圧が上昇したために起きます。上腸管膜静脈→門脈→右心房ルートが閉ざされたために、血流が迂回・遠回りして、脾静脈→食道静脈と流れ、最終的には右心房に戻るルートです。ところが迂回ルートは、本来の流れではないので、静脈は病的に凸凹に腫れ、時として破れて食道に大出血をきたすので吐血します。それが肝硬変の食道静脈瘤破裂です。
食道静脈瘤を治すには、漢方の考え方からすれば、単に食道静脈の流れをよくすれは良いということになります。しかし、漢方で食道静脈瘤を治した!という情報を耳にしたことがありません。
【写真】
血流の悪さは、通常、下流の流れの悪さがリミッターになり、血流全体の流れの悪さになります。
【写真】
例えば、高速道路の渋滞原因は、走行する車の台数が多い自然渋滞の場合と、料金所や交通事故による物理的原因による渋滞に分けて考えることができます。
人間の体の中で血流が急激に増えることはありませんから、生命現象で血流の悪さは、下流での流れの悪さ一つに原因がしぼられ特定されます。
漢方の考え方でいえば、高速道路が渋滞するのは、車に流れようとするエネルギーがない(ガス欠?)から渋滞するのだということになります。荒唐無稽な考え方です。
食道静脈瘤の場合は、肝硬変が物理的原因です。肝硬変を治すことができなければ、バイパス手術で上腸管膜静脈の血流を一部だけ下大静脈につなげれば、食道静脈の負荷が軽減します。全部をつなげると血流内の栄養素が肝臓で処理されなくなり、それはそれで困ります。
瘀血と思われる患者さんの実例をあげます。患者さんは30歳代後半のご婦人です。
平成20年2月に急性膀胱炎になりました。
頻尿・下腹部痛・排尿痛で抗生剤の投与を受けました。しかし、下腹部の痛みが強くなり、猪苓湯・バップフォの投与を受けましたが治りません。平成20年3月に女子医大を受診、五淋散を処方されましたが効きません。地元の泌尿器科でIPD・当帰加補中益気湯を服用しています。
高橋クリニックに平成20年5月に来院しました。
当時の症状は、膣疼痛・右恥骨と鼠径部痛です。この超音波エコー検査は平成20年5月の写真です。膀胱出口のわずかな飛び出し所見があり、ウロフロメトリー検査で、強い排尿障害を認めたので、エブランチルを処方しました。治療の成果が出て、症状は30%ほどに軽減したので、地元の医師にお薬を処方して治療を続けていました。
ところが、最近になり再び痛みが強くなり(80%)、視鏡手術を希望されたので、初診から1年後の平成21年5月に内視鏡手術を受けに来院されました。
この超音波エコー検査は、手術当日の写真です。供覧するためにコントラストを強くしています。
1年前の超音波エコー検査と比較して容易に分かることは、膀胱出口周囲の静脈がとても拡張した(瘀血)ということです。
平成20年5月初診時の3D画像です。
この写真では分からないので、下に注釈を付けました。
【H】が膀胱括約筋の肥厚(Hyperplasia)、たくさん見える【V】が拡張した静脈(Varix)=瘀血、【O】が膀胱出口(Outlet)です。
1年後の平成21年5月の3D画像です。
大きな赤ちゃんの顔のようにも見えますが、膀胱出口周囲を尿道側から観察した所見です。
【H】が膀胱括約筋の肥厚、たくさん見える【V】が拡張した静脈=瘀血、【O】が膀胱出口です。
1年前の写真と比較すると、【H】の肥厚部分がイビツに変形しています。【V】の拡張した静脈の数はほとんど同じですが、静脈の一つ一つが大きくなり自己主張している観があります。
排尿障害があると膀胱出口周囲に負荷がかかります。その負荷は振動であったり圧力であったりいろいろです。そのため、膀胱出口周囲の組織は次第に硬くなり、組織内の静脈の流れは悪くなります。それが静脈瘤=瘀血という形で表現されるのです。1年前の検査でも3D画像で小さなで静脈瘤は確認できますが、今回の所見は2D画像でも容易に確認できるほどの静脈所見です。この患者さんにはエブランチルを服用していただいたのですが、残念ながら病気の勢いを止めることはできなかったのです。
瘀血は病気の2次的反応あるいは結果であって、瘀血が病気の原因ではありません。ところが、残念なことに泌尿器科医も含め一般的な医師も漢方医も「瘀血」という病名で思考がストップしてしまい、それ以上原因を探ろうとしないのです。「瘀血」所見を見つけたら、流れをせき止めている原因を必ず調べてください。4千年前の中国なら「気虚が原因で瘀血になる」でよかったかも知れませんが、現代では私のような開業医でも、ちょっと工夫すれば検査・診断は可能です。瘀血=根本原因と考えずに、さらに深く原因を探って下さい。
手術前にこの所見が得られることで、膀胱出口から肥厚部をどのくらいの深さで削れば安全であるかが分かります。大きな静脈に電気メスが達すると、出血を止める(止血操作)が難しくなるのです。この3D画像で測定すると、肥厚部の厚さは8mm~10mmあることが分かりました。したがって6mm以上は余裕で手術操作ができることになります。
| 固定リンク
コメント