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流体力学的発想

大学の泌尿器科学教室同門会会誌に以下の文を投稿しました。
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将来の泌尿器科学に流体力学の発想を  昭和54年卒 高橋 知宏

炎症性ポリープ
polyp31日20回以上の頻尿で苦しむ若い女性が時々来院することがあります。慢性膀胱炎・神経性頻尿・気のせいとすでに診断されており、決まって何箇所もの有名な医療機関をドクターショッピングされています。そのようなご婦人に膀胱鏡検査を行うと、膀胱頚部の炎症性ポリープと膀胱三角部の白苔・ビロード状変性を見つけることがしばしばです。前医において膀胱鏡検査をされている場合が極たまにありますが、どういう訳か異常なしと診断されているのがほとんどです。
研修医の頃(25年前)、炎症性ポリープを観察されても特に重要な意味として論議された記憶がありません。炎症性ポリープの存在価値は何?という質問に明確に答えることが出来る泌尿器科医がこの日本に何人いるでしょうか?「慢性の炎症だから」などと意味不明の回答をするのが関の山でしょう。慢性の炎症があるとポリープがなぜ出来るのでしょうか?
さて、皆さん、ご婦人の膀胱鏡検査の時にパンエンドスコープを行ったことがありますか?写真はドクターショッピングされたご婦人3人を撮影したパンエンドスコープの所見です。膀胱鏡検査の時に、膀胱頚部にチラッと見える炎症性ポリープは、パンエンドスコープで観察すると、膀胱鏡で見るのと随分違って見えます。実に偉そうに内尿道口のかなりのスペースをポリープが占拠していることがお分かりでしょうか。

後部尿道炎
uethritis320代から40代の比較的若い男性で会陰部の疼痛、睾丸の不快感、恥骨部の痛みなどで来院される方が時々おられます。すでに他の有名医療機関で非細菌性慢性前立腺炎・慢性前立腺炎・前立腺症・前立腺疼痛症候群・骨盤内静脈うっ滞症候群などと診断され6ヶ月から10年以上治療を続けておられる方がほとんどです。かなりドターショッピングをされているこれらの患者さんに膀胱鏡検査を行うと、写真のような後部尿道炎なる所見をたびたび観察できます。後部尿道炎という呼称は、慈恵医大泌尿器科だけの呼び方なのかもしれません。なぜならある東大出身の先生が、そのような呼称は聞いたことがないとインターネットで明言されていましたから。
ご婦人の炎症性ポリープよりも数多いポリープが集族的に膀胱頚部・前立腺部尿道・尿道括約筋部粘膜に密集しています。まるでイソギンチャクのような外観、易出血性で細かい石灰沈着を認めることもしばしばです。ただしこの所見は粘膜麻酔下では修飾されて判別できませんから、必ず仙骨神経ブロック下で行います。

ウィングレット
winglets炎症性ポリープや後部尿道炎の所見のある患者さんは、若いのですが調べてみると決まって排尿障害を認めます。排尿障害とこの事実の因果関係を調べていくうちに、あることに気付きました。それは泌尿器科学の分野ではなく物理、特に流体力学と呼ばれる専門分野に出てくる「乱流」という考え方です。流体が液体であれば乱水流、流体が気体であれば乱気流とよばれるものです。
最近のジャンボジェット機などの航空機の主翼の端にウィングレットなる小さな垂直翼を見かけることが多くあります。
ECN-4242ウィングレットは航空機の翼に生じる乱気流を減じる働きがあります。下の写真はウィングレットの装着されていない航空機の飛行場面です。翼の両端やジェットエンジン部に乱気流が生じて飛行機雲を作っているのがわかります。この乱気流は航空機の進行方向と逆向きの力が作用するので、航空機の飛行効率が低下します。ウィングレットの装着により乱気流はなくなり、航空機の燃費効率が約2%改善するそうです。


パンタグラフとフクロウ
500-881時速300kmを超える新幹線500系の製作段階でパンタグラフの風切り音による騒音が問題となり、当時の技術者を悩ませていました。

fukuro-wingある時フクロウの翼の前面にある「風切羽」に消音効果があることを技術者は知りました。地上にいるネズミなどの獲物を滑空して捕らえる時に、一般の鳥では翼の風切り音で獲物が察知して逃げてしまいます。しかしフクロウの場合は全くの無音状態で飛来するので易々と獲物が捕まってしまうのです。風切り音は翼に生じるShort Bubbleと呼ばれる「気流の泡」が原因で、細かいノコギリのような逆羽毛の風切羽がこのShort Bubbleを消してくれるのです。

sinkansen500pantagraphこれをヒントに500系のT字型パンタグラフのマスト(支柱)の側面にボルテックス・ジェネレーターと呼ばれる細かい突起を作ったところ、風切音は低減して500系の騒音問題は解決したのでした。

美浜原発事故
rapture040811この事故は去年の8月ですから、皆さんもまだご記憶に新しいでしょう。テレビや新聞報道で分かるように、配管の途中にオリフィス(オリファイス)という流れを調節する狭い部分があり、その下流に乱流が生じ金属疲労を起こして配管が破裂したのでした。事故後の調査報告によると配管の壁の厚さは元々10mmなのですが、破断した部分は1.4mmと極端に薄くなり「減肉現象」が認められました。配管内のオリフィスからの強烈なジェット流が乱流を作り、その結果配管の金属壁にかなりの負荷を掛けた結果でした。

真意
さて、長々と一見支離滅裂に説明しましたが、私が言いたいのは、炎症性ポリープも後部尿道炎の所見もすべて尿道内の尿ジェット流による乱流が引き起こした生体の生理的適応現象ではないかということです。下部閉塞性尿路障害である機能性膀胱頚部硬化症や神経因性膀胱では膀胱内尿道口の開きが不十分で、尿道内や前立腺部尿道に強いジェット流が流れます。すると尿道内壁近傍に乱流が生じます。乱流は尿道内壁を吸引し尿道内腔径を狭めます。また乱流の吸引刺激は尿道粘膜の部分的な成長を促し、その結果、「ウィングレット・ボルテックスジェネレーター・風切羽」のような形状の炎症性ポリープが形成され、結果として乱流を抑える整流装置になると考えると、下部閉塞性尿路障害の中で発見される炎症性ポリープの存在価値が理解できます。つまり炎症性ポリープ・後部尿道炎を見たらジェット流を伴う閉塞性排尿障害と疑うのです。
しかし、尿道内のジェット流による乱流の発生を直接的に証明することは難しいでしょう。経直腸的カラードップラーエコー検査で排尿させると、映像として確認できるかもしれません。興味がある方は研究してみて下さい。

最後に
尿検査やEPS検査で異常ないから「心因性」「気のせい」「間質性膀胱炎」「非細菌性慢性前立腺炎」などと安易に診断をする泌尿器科医がとても多いのが残念です。泌尿器科医の検査方法は多岐にわたっており、そのすべてを駆使して患者さんに臨んでいただきたいと思うのは私だけでしょうか。癌などの診断は器質的証明で専門外の医師にも容易ですが、泌尿器科的な機能性疾患で悩んでいる患者さんに対して明解に証明することこそが、プロである泌尿器科医の仕事です。また、長期に渡って同じ治療を行い、訴えが改善しない患者さんに、「気のせい」などと色メガネで見ないで、現在の診断・治療に疑問をもち、もう一回見直して他のアプローチから進めてみようと努力していただきたい。機能性疾患は画像診断として表現しにくいのですが、今ある検査方法をいくつか併用することで間接的には診断可能です。今回の炎症性ポリープや後部尿道炎所見は、泌尿器科医の基本技術である内視鏡検査で簡単に観察できます。ドクターショッピングをなさる患者さんを拝見するたびに思うことですが、内視鏡検査も行わずに、尿検査だけで「気のせい」と安易に診断する泌尿器科医の何と多いことか!慈恵医大の後輩の先生方には、もっと繊細なアプローチで患者さんに臨機応変に接していただきたいと思います。「病気を診ずして患者を診る」の精神に返って...。


【参考】
NASA航空写真:http://www002.upp.so-net.ne.jp/a-cubed/aero-misc/winglet.html
レイルウェイフォトアルバム:http://www1.harenet.ne.jp/~nishi-da/
nagashi2-11/shinkan-500.htm
飛翔の力学:http://www.kyoto.zaq.ne.jp/morioka/supplement-08.html
東大航空部OB会誌「翼友」Short Bubble:http://www.mos.t.u-tokyo.ac.jp/
~taka/utsc/yokuyu/11bubble.txt
野鳥博士入門 唐沢孝一著 全国農村教育協会

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