慢性膀胱炎・間質性膀胱炎の手術治療の変遷
慢性膀胱炎・間質性膀胱炎を手術で治すといっても、ワンパターンの内視鏡手術を行っている訳ではありません。この5年間に難治性非細菌性慢性膀胱炎といわれる病気の病態生理を解明し、私も含めた医師の慢性膀胱炎に関する常識(呪縛)の誤解を解き、毎日試行錯誤をしながら少しでも良い治療結果を出そうと研鑽しています。
慢性膀胱炎・間質性膀胱炎の本格的な手術治療は、日本でも恐らく私だけでしょうから、私が先頭走者だと自負しています。その内、きっと優秀な医師に次々に追い越され、私の治療が当たり前の時代になるでしょう。でも現時点でトップランナーであったことを誇りにしたいと思います。
さて、私が慢性膀胱炎を手術で治そうと思い付くには、ある男性患者さんのエピソードがありました。
他の有名クリニックで慢性前立腺炎と診断されたタクシー運転手さんにたまたま排尿障害を見つけたのです。その排尿障害を治療するために手術を行ったら、何と慢性前立腺炎症状が消失したのです。それを機に、難治性非細菌性慢性前立腺炎は排尿障害がその本質病態と考え、内視鏡手術で排尿障害を治せばよいと思いつきました。このエピソードは、泌尿器科医の私としては「目からうろこが落ちる」的大事件でした。新興宗教でいえば、「神からの啓示」でしょうか?(チョッと大げさですが...)
このエピソードをヒントに、原因不明とされている慢性膀胱炎・間質性膀胱炎も同じ病態で排尿障害が原因ではないかと考え出したのです。
【術式の変遷】
手術は全て内視鏡手術です。開腹手術ではありません。
当初、慢性膀胱炎・間質性膀胱炎の患者さんは、膀胱知覚センサーである膀胱三角部が過敏で強い臨床症状が出ていると考えました。その過敏になっている膀胱三角部をYAGレーザー光線でスポット照射を行いました。要するに膀胱三角部を所々焼くわけです。
すると、私の予想通り、頻尿・残尿感などの膀胱刺激症状が軽減したのです。私は大いに喜びました。
しかし、この方法では、時間が経過していくうちに再び頻尿・残尿感などの膀胱刺激症状が再燃するのです。仕方なく、仙骨神経ブロックを行い膀胱水圧拡張術を定期的に行うという対症療法を行っていました。
慢性前立腺炎の患者さんのエピソードを経験してから、ご婦人の慢性膀胱炎・間質性膀胱炎の原因も排尿障害ではないかと疑い、慢性膀胱炎のご婦人も排尿障害の検査、尿流量測定ウロフロメトリー検査・残尿量測定検査を行うようになりました。するとどうでしょう、期待した以上に排尿障害のご婦人を見つけることが出来たのです。そして、レーザー光線手術と膀胱水圧拡張術を行っていた22歳のご婦人に、慢性前立腺炎患者さんのことを十分にご説明して、膀胱出口切開手術を行ったのです。膀胱出口の12時方向を十分に切開・切除して排尿障害を治したのです。その結果は目を見張るものがありました。
YAGレーザー光線スポット照射+膀胱出口切開手術の併用でかなりの方の頻尿症状は改善しました。劇的に症状がなくなる方もおられますが、残念なことに、尿意切迫感や陰部疼痛・恥骨疼痛が最後まで残る方がおられました。排尿障害を治しても、症状に応じた中枢神経・脊髄神経反射回路が、長い経過のためにすでに確立してしまい、膀胱三角部照射・排尿障害を治しても手遅れ?と、手術治療での限界を感じていました。
他に見逃している理由は?と考えているうちに、膀胱頚部・膀胱出口の6時方向が膀胱三角部と直結していることに注目しました。今まで手付かずであった6時方向を切開・切除すると膀胱三角部に効果が出るのでは?とその箇所の手術に心掛けました。しかし、まだ完全な結果が出せません。
そこで、今まで行ってきた膀胱三角部のレーザー光線照射は止め、電気メスで膀胱三角部の中央から膀胱出口まで一直線に正中切開を加え、膀胱三角部の緊張を一挙に解除することに心血を注いで現在に至っています。
【麻酔法の変遷】
私の得意技である仙骨神経ブロックを利用して手術を行い始めました。
仙骨神経ブロックの利点は、筋肉弛緩が少なく、手術後早い時間に歩行できます。
仙骨神経ブロックの欠点は、麻酔レベルがなかなか上昇しにくいことです。手術では膀胱まで十分に麻酔が効かなければなりません。膀胱の脊髄レベルは、胸椎9番くらいまでです。仙骨神経ブロックで胸椎9番まで上昇させるには、麻酔薬が20ml以上必要になります。
現在、脊椎麻酔を主流にしています。麻酔薬には工夫を凝らして、麻酔後4時間以内に歩けるように心掛けています。
【実際の手術の流れ】
28歳の患者さんの実際の手術をご覧に入れましょう。
【経過】
2004年6月膣炎を起こし婦人科で治療を受けました。膣炎の治療期間中に残尿感が出現しました。膀胱炎の診断で抗生剤で治療しましたが改善しません。
陰部の熱感も出現したので、別の婦人科を受診しました。排尿痛・尿道閉塞感・毎日20回以上の頻尿が出てきました。
止む無く、泌尿器科を受診、膀胱炎の診断でやはり抗生剤を処方されました。
排尿日誌をつけてみると、夜間は排尿がなく、日中で13回、1回の排尿量が最大で270mlでした。「気にし過ぎ」と医師に忠告を受け、別の泌尿器科を受診しました。
2004年11月に受診した別の泌尿器科では、膀胱鏡検査を行い、膀胱内は全体的に赤く、尿道が狭いという診断でした。尿道をブジーという拡張器具で拡げ、エブランチル(αーブロッカー)の処方を受けたところ、今までになく残尿感が軽減しました。
しかし、残尿感や尿意頻拍が時々出現し安定しないので、高橋クリニックを受診しました。
【初診時の検査】
尿流量測定ウロフロメトリー検査では、300mlの尿を61秒かけて排尿しています。高齢者の排尿様のグラフ曲線です。
排尿直後の尿の残った膀胱です。計算概算で108mlの残尿です。
引き続き排尿していただいた直後の残尿です。2回目の排尿後でも概算で31mlの残尿を認めます。
膀胱鏡検査では、膀胱出口に多数の炎症性ポリープを確認できます。炎症性ポリープは出口が狭くて尿流がジェット流になっていると私は判断します。
膀胱鏡検査を行っている最中に還流液で膀胱を膨らましたため、容易に点状出血が出現します。間質性膀胱炎を診断するためのより所の所見です。
【手術所見】
手術直前の膀胱出口です。手術に使用するループ型電気メスの直径が6mmです。いかに膀胱出口が狭いかお分かりいただけますか?電気メスの大きさと比較すると、膀胱出口は直径2mmほどしかありません。
膀胱出口の6時部分を切除した直後です。一気に膀胱出口が拡がります。
膀胱出口がまだ十分に開いていないので、切除した部分の6時を中心に、膀胱三角部を含めて、長さ3mmの電極型電気メスで正中切開を行います。
膀胱出口の6時部分を縦に切開しました。深さ3mmの溝が縦に走ります。
膀胱出口の12時部分がテント状に突っ張っている(緊張している)ので、膀胱出口がまだ十分に開きません。12時部分を電極型電気メスで切開します。
手術直後の膀胱出口の所見です。膀胱出口は十分に開大しました。直径6mmのループ型電気メスが余裕で通過できます。手術前と比較して、面積にして10倍以上大きくなりました。
【手術後所見】
手術1ヵ月後の尿流量測定ウロフロメトリー検査です。初診時の同じ検査と比較しても、排尿状態は明らかに改善しています。同じ患者さんとは思えないくらいです。204mlの尿を14秒で済ませています。
手術後の残尿量測定検査では、残尿量わずかに10mlです。手術後1ヶ月ですから、今後もっと改善するでしょう。排尿直後に尿を残さない状態とは、膀胱にとって負担や物理的ストレスのない状態を意味します。すなわち、排尿のたびごとの今までの膀胱の仕事量が減ったということです。この状態になって初めて、皆さんが口にする自然治癒力が働き、膀胱は健康に戻ります。排尿障害を治さない、膀胱水圧拡張術や薬剤膀胱注入では、膀胱にさらに負担を強いるばかりで永遠に自然治癒力は働らかないと私は考えます。
【患者さんの感想】
尿の勢いはとても良くなったと実感できるそうです。オシッコの切れも良くなったそうです。排尿直後の一時的な残尿感は、治療前と比較して50%程度に落ち着きました。その後に続く尿意切迫感は全くなくなりました。陰部を含めた下腹部の不快な症状も全くなくなりました。全体的なQOLは、過去の健康時を100%とすると、現在(2005年5月25日)は90%だそうです。
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