前立腺肥大症内視鏡手術の進歩と前立腺癌の変遷
泌尿器科医として35年働いています。
その間に、内視鏡手術をたくさん行ってきました。一番多いのがTUR-P、つまり経尿道的前立腺切除手術(Trans Urethral Resection of Prostate)です。
私の前立腺癌に対する針生検の危険をこのブログでさんざん解説していますが、ラテント癌も含めて前立腺癌はかなりの頻度で存在している筈です。すると内視鏡手術で傷害を受けた前立腺の中に存在したかも知れない前立腺癌細胞が刺激されて、癌細胞が勢いを増す筈です。
ところが前立腺肥大症の内視鏡手術を過去に行った患者さんに前立腺癌が多いという印象は全くありません。当時、前立腺肥大症の内視鏡手術を実施していた対象は、ほとんどが70歳代です。ラテント癌のリスクから考えると34%の確率で前立腺癌が存在している筈ですが、前立腺肥大症の内視鏡手術を実施した患者さんの34%の方が前立腺癌で亡くなられたという記憶はありません。
これは不思議なことです。考えられる理由は、内視鏡手術の際に使用される電気メスの高周波の電流が、前立腺全体に流れ、前立腺の正常細胞のみならず、隠れていた前立腺癌細胞にも電撃暴露されて、前立腺癌細胞が死滅(アポトーシス)しているからではないか?と考えるのです。
細胞は、大まかに細胞膜・細胞質・核に分けることができます。電気抵抗的に細胞膜は一番強く、細胞内の微細な細胞質や核を守っています。また細胞は集団で規則正しく存在していて、細胞間の結合は強固になっています。文献的には、細胞膜の電気抵抗は500Ω~10kΩ/cm2ですが、細胞内の電気抵抗は33Ω~333Ω/cm2と一桁も二桁も違うのです。
ところが癌細胞は、自由に動き回るために細胞間の結合はゆるく、形は不整形です。つまり正常な細胞膜の強靭さ強固さを犠牲にしています。当然、細胞膜の電気抵抗は脆弱にできています。文献的には癌細胞の電気抵抗は正常な細胞に比較して高いということになっていますが、これは癌細胞の核が大きく、電解質を含んだ細胞質が非常に少ないため細胞全体に比して核の比率が多いので電気抵抗が高くなるのです。細胞膜だけに関して比較すると、癌細胞の細胞膜は正常の細胞膜に比べると脆弱に出来ています。【図:がん細胞の生物学Medical Bio参照】
この癌細胞の特質を利用すると、正常な細胞が電気エネルギーで暴露されても、強固な細胞膜で守られてる細胞の核は助かります、癌細胞が電気エネルギーで暴露されると、脆弱な細胞膜は核を守ることは出来ずに、癌細胞の核は破壊されて死滅(アポトーシス)してしまいます。
最近の内視鏡手術の電気メスは、身体の中に電流が通電しない生理的食塩水によるTURisという方法ですから、前立腺細胞や前立腺癌細胞が電撃暴露されることはないので、前立腺肥大症の手術後に前立腺癌が発見され亡くなる方が以前より増えているかも知れません。また、流行のレーザー光線手術も熱エネルギーで前立腺を蒸散させている手術ですから、残存する前立腺癌を刺激こそすれ前立腺癌を死滅させることはできないでしょう。【図:オリンパスTURisパンフレット参照】
『以前に前立腺肥大症の内視鏡手術をしたから前立腺癌になったんだね?』という時代が、もう直ぐやって来るのかも知れません。
一つの方法として、排尿障害がなくても前立腺癌の患者さんに軽い内視鏡手術を実施するのです。前立腺を全部削ることなく、前立腺の中に溝を作るようなイメージで行うのです。これをチャネリングといいます。そして必ず古いタイプの電気メスで手術するのです。それも前立腺の360度全周に渡って電撃暴露を実施するのです。手術中の電気メスから流れた高周波の電流は前立腺や前立腺周囲を経由してアース(対極板)に流れていきます。その際に前立腺癌細胞にかなりの電撃ダメージを与えながら・・・です。超音波温熱治療や放射線治療や陽子線治療や重粒子線治療よりも、直接的で直感的で簡便で安心・安全・安価に出来る治療です。
この方法の欠点は、電気の流れが神経を痛める可能性があることです。一番懸念されるのは、陰部神経を傷害することでインポテンツEDになることでしょう。【図:オリンパスTURisパンフレット改変】
ただし、この方法は私の仮説をもとにして考案したものですから、参考にする文献的エビデンスはありません。
【参考】
電撃刺激を与えた癌細胞は抗癌剤の効き目が増すという実験結果があります。これは、電撃により癌細胞の細胞膜に小さな穴が形成され、そこから抗癌剤が取り込まれるからだと言います。同じような事を考える人はいるのですね。
電気メスの電撃暴露で前立腺癌の細胞膜に傷害を与えれば、エストラサイトなどの抗癌剤の効き目が倍増するかも知れません。



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