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前立腺癌の悪性度とPSA

S07985091f002PSA値が高い=前立腺癌という短絡的な発想が広まっています。物事は、それほど単純ではありません。そこで、前立腺癌の悪性度とPSAについて解説したいと思います。
以前にも説明しましたが、前立腺癌の悪性度をグレソン分類で観ると、1~5まで分けることができます。
悪性度が増加するに従い、つまり1から5に近づくに従い、前立腺としての腺腔構造が次第に崩れます。グレソン分類の4と5には腺腔構造がほとんど観察することができません。(右の組織図参照)
前立腺の腺組織で作られたPSAという酵素は、腺腔構造から次第に集合して大きな導管に貯留します。悪性度が増して腺腔構造がなくなるということは、腺組織で作られたPSAの逃げ道がなくなることになります。逃げ道のなくなったPSAは腺組織の外に漏れ出ることになります。漏れ出たPSAは細胞外液に拡散しリンパ液・リンパ管・静脈と流れ血液中にPSAが採取されます。これが、PSA検査の原理です。
しかし、この考え方で理論を進めて行くと、悪性度の低い=グレソン分類の1・2・3では腺腔構造が保たれていますから、PSAが逃げ場を失うことはありません。すると、前立腺癌でグレソン・スコアが6(3+3)以下の48.4%(アメリカの統計)の患者さんは何故PSA値が上がり、前立腺癌が発見され、結果として前立腺全摘出術を受ける破目になったのでしょうか?
極論すれば、腺腔構造のほとんど消失したグレソン分類の4と5だけがPSA値が上昇する筈です。グレソン・スコア8(4+4)・9(5+4)・10(5+5)のたった6.9%(アメリカの統計)の患者さんだけがPSA値が上がる筈です。

Psagleasonnol解説のために前立腺組織の単純化モデルを作りました。
前立腺上皮細胞が腺腔を取り囲み、それが集合して導管を形作ります。前立腺は堅い被膜に覆われており、前立腺組織には一定の圧力がかかっています。上皮細胞で産生したPSAは腺腔に集まり導管から前立腺外に放出されます。

Psagleasonbph前立腺肥大症や膀胱頚部硬化症が存在すると、堅い前立腺被膜に阻まれて、前立腺が大きくなればなるほど前立腺の密度は高くなり、前立腺組織内の圧力は高くなります。(大きさが2倍であれば、密度・圧力は4倍以上)
すると、腺腔→導管へのPSAの流れが障害されますから、PSAが組織外に漏出します。これが排尿障害で偶然検出されるPSA値異常です。
PSA値が高く、針生検を何回実施しても前立腺癌を発見することができないのが、このタイプです。主治医は前立腺癌が発見できるまで、意地になって針生検を繰り返す愚行を続けるのです。

Psagleason13グレソン分類の1・2・3の比較的悪性度の低い、つまり良性に近い前立腺癌の場合は、狭くはなりますが腺腔構造は保たれています。腺腔構造が保たれていれば、腺腔→導管へのPSAの流れは維持できますから、PSAが組織外へ漏出することはありません。
前立腺細胞の周囲は基底細胞や基底膜でがっちり固められていますから、腺構造が保たれている限りPSAは組織外へ漏出することはありません。しかし、前立腺癌の存在=PSA値上昇という盲信が、診断を間違った方向へ誘導するのです。

Psagleason4グレソン分類の4になると、腺腔構造が相当狭くなります。そのため腺腔→導管へのPSAの流れが確保出来ている場合と出来ない場合が生じます。グレソン分類4では、癌のためにPSAが上昇する可能性が少なからずある訳です。

Psagleason5グレソン分類の5になると、腺腔構造は癌細胞の異常増殖のために消失しますから、PSAの導管への流れは閉ざされ、組織外へPSAはたくさん漏出します。ですからグレソン分類5の場合は、早期であってもPSAは上昇する可能性が高くなる訳です。
排尿障害や前立腺肥大症がなく、PSA値が高い場合に限って、グレソン分類5を診断予測できます。

Psagleason14bphこれから解説するケースが一番問題になり、誤解されるところです。
グレソン分類1~4までの前立腺癌が存在し、癌細胞だけではPSAが漏出する筈のない状況であるにもかかわらず、前立腺肥大症や膀胱頚部硬化症があるために組織内圧が上昇したり、導管が圧迫されることによりPSAが漏出する場合があります。
この状況が、潜伏癌が存在してPSAが上昇するケースであり、またPSA検査で引っかかり、針生検で偶然に前立腺癌が見つかるのがこのケースでもあります。主治医は『前立腺癌のためにPSAが高かった!』と誤解するパターンです。このケースで発見される前立腺癌は寿命にはほとんど影響しない癌である場合が多く、「臨床的に意義のない癌」とされる範疇の前立腺癌です。針生検で癌細胞を刺激したために、発見できたけれど悪性化を促し、浸潤・転移させてしまう可能性が高いと考えられます。
前立腺癌は発育が遅く、倍になるまで(倍加速度)10年~20年かかります。このタイプで発見される前立腺癌は容積がわずかで、少なくても10万個の癌細胞集団から成り立ちます。この10万個の癌細胞が10年かかって倍の20万個になるまで、毎日30個の速度で増える計算になります。(30個×3650日=109500個)
マイルドな抗男性ホルモン剤は、毎日のこの生まれたての無防備な若い前立腺癌を抑え込んでくれますから、10年たっても20年たっても倍にはなりません。

PSA値が高い場合には、排尿障害・前立腺肥大症の除外診断をまず行い、もしも排尿障害・前立腺肥大症を否定できないのなら、それらを積極的に治療すべきです。一連の治療でPSA値が正常化しない時点で、初めて前立腺癌を強く疑います。その場合でも、前立腺肥大症の治療であるマイルドな抗男性ホルモン剤(アボルブ・プロスタール)でグレソン分類の1・2・3はある程度消滅しますから、残っているであろう前立腺癌はグレソン分類4・5だろうと予測できます。
治療中にアボルブやプロスタールに反応しない患者さんに遭遇することがあります。その場合でも、なるべく針生検をせずに保存的治療を心がけます。前立腺癌の抗癌剤であるエストラサイトの低用量で治療開始すると、気持ちが良いほど効果が出ます。針生検を行っていたら、こうはいかないだろうと思うこともしばしばです。

PSA検査で異常が検出された場合、上記の一連の細々としたことを考慮しなければなりません。しかし、「PSA値が高い=前立腺癌」という短絡的で安易な発想は、非科学的な荒唐無稽の信仰としか思えません。この誤解による医師の誠実で積極的な診断と治療により、前立腺癌の患者さんは相当数増え、また前立腺癌で亡くなる方も比例して実際に増えるという現実があるのです。癌があれば見つけ出して、治療すれば良いという素人でも容易に分かる単純な問題ではありません。

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