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PSA値が次第に高くなった81歳の男性

ご夫婦で来院した患者さんのお話です。
10年前から前立腺肥大症の診断で、〇〇大学の派遣病院である地元の基幹病院泌尿器科を通院中です。80歳になる前頃からPSA値が上がり始めました。それまで3.8以下だったPSA値が、4.9→4.59→5.25→5.48→5.8→5.7→6.1と多少の波はありますが徐々に上昇してきたのです。地元の泌尿器科主治医は当然のように盛んに前立腺針生検をすすめます。また針生検の結果を確認してからでないと、次の治療が進められないとまで患者さんに迫るのです。
インターネットで私のブログを発見し詳細に読み、印刷までなさって、先日高橋クリニックを受診したのです。
Psa27112m81早速、超音波エコー検査を実施しました。
写真でご覧のようにかなりの大きさの前立腺肥大症です。大きさは計測で72cc(正常は20cc以下)にもなります。前立腺結石を多数認め、若いころからの排尿機能障害を疑います。この排尿機能障害による前立腺刺激が10年単位の長い期間(60年以上)に渡って暴露したので、前立腺→前立腺肥大症に進行したと推察できます。

前立腺の触診をすると、前立腺は「中くるみ大」の大きさで、それ程大きくはありません。前立腺がこの患者さんのように膀胱出口側に突出すると、触診上の前立腺は小さく感じます。
前立腺の硬度を調べると、右~中心にかけて前立腺肥大症ではない明らかな硬さ(硬結)を感じます。恐らく前立腺癌でしょう。前の主治医もこの硬さを確認して、前立腺針生検をすすめたのです。
Psa27112m81pcaこの硬さから、もう一度超音波エコー検査所見を観察すると、正面像(右写真)の左下(患者さんの右下)の前立腺に組織構造が異質な部分を確認できます。(赤い矢印で囲んだ部分)恐らくこれが前立腺癌が占拠している部分でしょう。
では、この前立腺癌の悪性度を推理してみましょう。以前に「グレソン・スコアとPSA-density」というテーマで解説していますが、ここでもう一度おさらいしましょう。

PSA前立腺容積比(PSA-density)(※注①)という考え方があります。未だ確定された根拠ではありませんが、文献的には、そのカットオフ値が0.23/mL/cm3以下が前立腺癌のグレソン・スコアが比較的低い、つまり悪性度が低いと考えます。言い換えると、カットオフ値以下のPSA値は前立腺癌で高くなるのではなく、前立腺の大きさに依存すると考えます。
(※注①:%F/T比よりもPSA-densityの方が信頼性が高いという文献もある。)
この患者さんの前立腺容積は72cc(cm3)でPSA値は6.1ng/mLです。PSA-densityを計算すると、6.1÷72=0.085ng/mL/cm3とカットオフ値0.23ng/mLcm3(※注②)をはるかに下回っています。つまり、この患者さんのPSA値は高いが、実は前立腺容積が大きいために高いのであって、前立腺癌が存在したとしてもグレソン・スコアが比較的低い良性に近い前立腺癌の可能性があることになります。
(※注②:カットオフ値は、文献によって0.18~0.28ng/mL/m3のバラツキがある。)

実際にこの患者さんには、臨床上(超音波エコー検査・触診)前立腺癌を疑いますが、PSA値は前立腺癌で上昇したのではなく、前立腺肥大症で上昇したのです。

また年齢から考えても81歳であれば、50%以上の確率で潜伏癌が存在します。超音波エコー検査上も、触診上も、この根拠を単に裏付ける結果でしかありません。

Psadiagflowchart_2【考察】
総合的に私は次のように考えます。
【1】PSA値が高くなったのは、大きな前立腺肥大症のためである。
【2】超音波エコー検査で大きな前立腺肥大症と、前立腺癌と思われる丸い占拠病変を認める。
【3】前立腺の触診で前立腺癌と思われる硬結を触れる。
【4】超音波エコー検査の所見は、同心円状の発育形式(丸い形)なので癌の悪性度は低いと考える。(逆に悪性度が高い場合は、発育形式は凸凹イビツである。)
【5】PSA-densityから考えて、おそらくグレソンスコアの低い、良性に近い前立腺癌であろう。
【6】81歳と平均寿命を超えている男性の前立腺癌の治療は、待機的治療方針にするべきである。つまり何もしないか、軽いホルモン治療である。

以上のことから、まずは排尿機能障害の治療と前立腺肥大症の治療の2本立てで行うことにしました。
以前からハルナールのジェネリックを服用していましたから、(PSA値が高くなったのは実はジェネリックに変更してからです。ハルナールのジェネリックは価格は少し安く、効き目は2分の1~4分の1で排尿機能障害を治す効果が低いので、そのためPSA値が高くなったとも推理できます。)ユリーフに変えました。
前立腺を小さくするためにプロスタールを処方しました。プロスタール(※注③)は抗男性ホルモン剤で前立腺細胞を細胞死させる作用があります。比較的良性の前立腺癌は正常な前立腺細胞に近い訳ですから、前立腺肥大症の治療薬で細胞死する可能性が高くなります。前立腺肥大症は小さくなるし、前立腺癌は細胞死してくれる、ある意味一石二鳥です。
(※注③:前立腺肥大症の治療薬でありながら、悪性度の高い前立腺癌にはプロスタールが有効で、悪性度の低い前立腺癌にはアボルブでも有効だというデータがある。)

【備考】
PSA高値=前立腺癌の疑い→前立腺針生検→病理確定診断→前立腺癌治療というワンパターンの診断・治療の思考方法に疑問を感じます。この考え方で上手く行くのは、前立腺針生検はまったくの無害で、その病理診断結果で癌が見つかれば、早期治療により前立腺癌で亡くなることはないという場合に限りです。しかし現実にはそのようにはなりません。過去の「前立腺針生検は癌の予後に影響なし」という誤った根拠を盲信したために、前立腺癌と診断される人は増え、さらに前立腺癌で亡くなる方はますます増えるという笑えない現実があるのです。
無害で大人しい潜伏癌を針生検により顕在化させ、危険で凶悪で致死性の高い癌に変貌させているとしか思えません。

【その後の経過】
プロスタールとユリーフの治療2ヵ月後、前立腺の大きさは72ccから51ccに縮小しました。しかし、前立腺の癌と思われる硬結の硬さは変わりません。そこで治療開始8ヵ月後にエストラサイトという抗癌剤を週2回1錠ずつで開始しました。抗癌剤4ヵ月後味覚障害が出現したので、週1回1錠に減量しました。その後、前立腺の硬結は軟らかくなり、PSA値も0.2程度になったので、エストラサイトの服用回数を2週間に1回1錠に減量しました。平成25年10月現在で病気発見から1年と10ヵ月ですが、患者さんは83歳で今も元気に通院しています。

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コメント

- 高橋先生

 2月24日に診て頂いた診察カード31286
の川村です。81歳です。総合病院で「前立腺癌の疑いあり、何もしないか・針生検を受けるか選択するよう」迫られ、かねがね先生のブログにより針生検の危険性と高齢者に対する待機的療法の情報を知って励まされていましたので、治療をお願い致しました。その節は大変お世話になりました。

 当日は、問診・超音波エコー検査・触診の結果、

 ① psaが高くなった(26・1・31
  12.538)のは・排尿障害のためである。
 ② 前立腺は肥大し、48.51ccになっている。
 ③ 触診で癌と思われる硬結を触れる。
 ④ そこで、先ず排尿障害の治療と前立腺肥大症の  治療を始める。
 ⑤ 排尿障害を治すためにユリーフを前立腺を縮小  するためにプロスタールを処方する。
  とのこでした。

 その後、服薬のかたわら、先生のブログを丹念に読ませて頂いています。私と似た症例の「psa値が次第に高くなった81歳の男性」は、非常に勉強になり、今後の闘病の目標にもなっています。

 ブログには、癌の悪性度について詳しい情報があります。
 私のpsa densityは、12.538÷48.51=0.528 なります。
 まだ、確定された根拠でないとはいうものの、カットオフ値が0.23ですから、かなり悪性度が高いのではないかと考えました。
【回答】
悪性度とは関係ありません。」

 更に精密な検査が必要なのかもしれませんが、現時点で、私の癌の悪性度はどの程度のものなのか先生のご判断をご教示頂ければ幸いです。
【回答】
中等度でしょう。」

 宜しくお願い申し上げます。

投稿: | 2014/03/09 11:14

  高橋先生

 昨日 メール致しました診察カード31286の川村です。

 psa densityの計算結果に明白な誤りがありましたので、訂正させて頂きます。

正しくは、12.538÷48.51=0.258 です。

 宜しくお願い申し上げます。
 

投稿: | 2014/03/10 09:55

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