前立腺癌の確率論的推理
前立腺癌の患者さんが増加の一途です。原因は分かりません。そのため、前立腺癌の初期のうちに発見して治療しようとする機運が高まっています。テレビコマーシャルで流れているPSA検診の啓蒙放送も、その一環です。
前立腺癌PSA検診で1万人が検診を受けたと仮定しましょう。
平成17年度全国前立腺癌検診でのPSA異常値の出現率は7.2%ですから、PSA値が高くなる人は、10000人×7.2%=720人です。
日本人男性の前立腺癌が潜伏している(ラテント癌)確率は50歳以上で25.6%ですから、720人×25.6%=184人に前立腺癌(悪性度に関係なく)がすでにあることになります。
1千人のPSA値が高い患者さんが、前立腺針生検を受けて前立腺癌が発見される確率は、偶然の確率として考えれば、184人×50%=92人になります。
1万人中92人に前立腺癌が発見されて、治療されることになります。
前立腺癌の5年生存率は、概算で70%程度ですから、30%の患者さんは、5年で前立腺癌が原因で亡くなることになります。つまり、92人×30%=28人が、1万人の前立腺癌PSA検診で5年後に前立腺癌が原因で亡くなることになります。あくまでも、確率論的な仮定でのお話です。
ところが、現実では、ヨーロッパで行われた大規模研究調査において、PSA検診1万人中131人が5年以内に前立腺癌で亡くなられています。(比較として、PSA検診を実施しなかった1万人中60人が前立腺癌で5年以内に亡くなられています。)
私が上記で掲げた無謀とも思える仮定での概算の4.7倍もの患者さんが実際に亡くなられていることになるのです。
この違いはどこから来るのでしょう。
考えられるのは、前立腺針生検の検出率の向上にあるのでしょう。最近の論文では、針生検の数を競っているのが現状です。1回の検査で16本、18本、20本と数を競っているのです。精度が上がるでしょう。
また、数を競うことは、前立腺全体に針による傷害的な物理的ダメージをたくさん与えることになります。そのダメージは、前立腺に物理的炎症を起こし、前立腺内に残っている前立腺癌細胞を刺激し、さらなる悪性化を促し、癌細胞の転移を誘発させるのです。当然、前立腺癌で亡くなる方は増えます。
泌尿器科学会の努力で、年間4万3千人の男性に前立腺癌が新たに発見されています。そして一定の割合で前立腺癌で亡くなられる患者さんがいます。
日本で50歳以上の男性がどのくらい存在するか正確には知りませんが、おおよそ3千万人以上でしょう。その3千万人の男性のうち潜伏癌(ラテント癌)を持っている方は、計算上、3千万人×25.6%=768万人にもなります。この全員が前立腺針生検で前立腺癌が発見され、768万人全員が「前立腺癌」と診断されたとすれば、恐ろしいと思われませんか?そして一定の確率(20%~30%)で5年以内に前立腺癌で亡くなるのです。その数、153万人~230万人にのぼります。
現在、毎年8千人~1万人の前立腺癌の患者さんが亡くなられています。今後40年間で32万人~40万人が亡くなる勘定です。
仮に4万3千人中8千人と考えて、毎年新たな前立腺癌患者さんの18.6%が前立腺癌で亡くなることになります。
この確率で計算すると、786万人×18.6%=146万人の患者さんが40年間で亡くなることになります。年間で3万6千5百人の方が亡くなる計算です。つまり、前立腺癌検診が普及して、PSA検査で前立腺癌の患者さんが増えれば増えるほど前立腺癌で亡くなる方が増えるのです。PSA検診をしなければ、悪性度の高い前立腺癌の患者さんだけが亡くなり、悪性度の低い前立腺癌の方は知らずに天寿を全うできると考えられます。
| 固定リンク
コメント
いつもブログ診療拝見しております
悪性度の高い前立腺癌/悪性度の低い前立腺癌の針生検以外で一番安全な判定方法は何でしょうか?
【回答】
悪性度が高い前立腺癌は増殖率が大勢なので、前立腺触診で硬結が触れます。
排尿障害がなければ、PSA値は必ず10以上です。
排尿障害があり、触診で触れずにPSAが10未満であれば、悪性度の低い前立腺癌と考えられます。
しかし、前立腺癌は早期発見できないと考えた方が正しいのかと思います。
PSA検査と針生検で前立腺癌が早期発見できると考えるのは、医師の無知と無謀です。
投稿: 納豆 | 2011/07/28 17:22