ヨーロッパ前立腺癌PSA検診の大規模調査 ERSPC 続き
前回のテーマでは、具体的な数字も分からずに、比率だけで議論していて、とても中途半端な印象が強かったので、本日、2010年11月18日(木)の昼休みを使って、大学の図書館で、この文献を探しコピーしてきました。
右のフローチャートがこの研究の流れです。具体的な数字も掲載されています。
私の読解力のなさから、数字がずいぶんと異なります。182160人がエントリーして、160人が除外され、残り182000人がそのまま研究に入りました。核となる年齢(55歳~65歳)が162243人でした。
まとめると、
・・・・・人数・・・・検診群・・・非検診群
全年齢層 182000人・・82816人・・・99184人
前立腺癌発見・・・6830人(8.25%)・4781人(4.82%)
核年齢層 162243人・・72890人・・・89353人
前立腺癌発見・・・5990人(8.22%)・4307人(4.82%)
この研究で、検診グループと非検診グループの予後を示したのが、右のグラフです。
予後10年間は、両者に有意差はありません。しかし、10年を過ぎると、少しずつ開きが出てきます。
予後10年~13年の間は、検診グループの方が死亡率は少ないように見えますが、それ以降は、またほとんど同じです。
つまり、70歳を過ぎた高齢者の場合、定期的なPSA検査を行っても行わなくても、10年間すなわち80歳ごろまでの寿命にはほとんど影響はないものと考えます。
実際に研究期間中の死亡実数です。
全年齢層の場合、検診群で261人、非検診群で363人です。
核年齢層の場合、検診群で214人、非検診群で326人になります。
この人数から、様々なファクターを考慮しない単純な前立腺癌の死亡率を計算します。
検診群の場合:
全年齢層 261人÷6830人=0.0382(3.82%)
核年齢層 214人÷5990人=0.0357(3.57%)です。
非検診群の場合:
全年齢層 363人÷4781人=0.0759(7.59%)
核年齢層 326人÷4307人=0.0757(7.57%)です。
つまり、前立腺癌にひとたびなれば、非検診群の方が検診群に比較して2倍以上のリスクで死亡することになります。だから定期的にPSA検診した方が良いという結論になります。
ところが、それぞれのグループ全体から、前立腺癌で死亡するリスクを計算してみると、
検診群の場合:
全年齢層 261人÷82816人=0.00315(0.32%)
核年齢層 214人÷72890人=0.00294(0.29%)です。
非検診群の場合:
全年齢層 363人÷99184人=0.00366(0.37%)
核年齢層 326人÷89353人=0.00365(0.37%)です。
つまり、定期的なPSA検診を行っている男性1万人中、前立腺癌で32人が亡くなり、一方で能天気に全く検診を行わなかった男性1万人中、前立腺癌で37人が亡くなるということです。32人は37人より5人(16%)も少ないですが、これだけPSA検査、PSA検査と叫ばれ続けて、『1万人中たったの5人の違いなのかよ!』ともいえます。
対象が各々1千人であれば、四捨五入して3人と4人の違いですから、差はたったの1人です。
意地の悪い見方をすれば、定期的にPSA検診し、結局死亡してしまった1万人中32人は、検診をせずに死亡した32人に比べ、ある意味不幸だったといえるでしょう。なぜなら、PSA検診するたび毎に『今度こそ癌かも知れない』という思いを常に持ち続けていたのでしょうから・・・。
さらに、この表から面白いことに気付かされます。
50歳~54歳の層と70歳~74歳の層に注目して下さい。
50歳~54歳の層では、前立腺癌死が検診群で毎年確認累積人数55241人中6人(死亡率0.011%)、非検診群で毎年確認累積人数53734人中4人(死亡率0.007%)です。
70歳~74歳の層では、同じく検診群で毎年確認累積人数38755人中41人(死亡率0.106%)、非検診群で毎年確認累積人数39228人中33人(死亡率0.084%)です。
すなわち、この2つの年齢層では、検診群の方が前立腺癌死する男性が多いことになります。
50歳~54歳の層で57.1%(0.011%÷0.007%)、70歳~74歳の層で26.2%(0.106%÷0.084%)もリスクが高いのです。
現在、日本で啓蒙されているPSA検査による前立腺癌検診で、「50歳になったらPSA検査を受けましょう!」というキャッチコピーは、このデータからは危険な行為といえます。
また、70歳以上の男性もPSA検査を受ける必要はないことになります。
【疑問】
毎年確認できた人数を累積加算し人数として具体的な数字は表わされていますが、それぞれの年齢層の実人数の内訳は、この表からは確認できません。つまり具体的な数字は隠されています。どうしてでしょう?
そこで、具体的な人数を割り出してみましょう。
検診群82816人中核年齢層は72890人ですから、50歳~54歳群と70歳~74歳群の加えた人数は、
82816人-72890人=9926人です。
同様に、非検診群のそれは、
99184人-89353人=9831人になります。
この表から、検診群の50歳~54歳群と70歳~74歳群の加えた年間累積人数は、
55241人+38755人=93996人です。
同じく、非検診群の50歳~54歳群と70歳~74歳群の加えた年間累積人数は、
53734人+39228人=92962人です。
検診群の50歳~54歳群と70歳~74歳群の加えた人数9926人が毎年何年間か追跡調査されたと考えて、
93994人÷9926人=9.469回≒9.5回になります。
同じく、非検診群は、
92962人÷9831人=9.456回≒9.5回になります。
つまり、どちらも9.5回(9年半)調査研究に協力していたことになります。
表の中の各累積人数を9.5回で割れば、おおよその実数が出ます。
・・・年齢層・・・・・・・・・検診群・・・・・・・・非検診群
50歳~54歳人数・・・・・・5814人・・・・・・・・5656人
前立腺癌死・・・・・・・・・6人(0.10%)・・・・・4人(0.07%)
70歳~74歳人数・・・・・・4079人・・・・・・・・4129人
前立腺癌死・・・・・・・・・41人(1.0%)・・・・・33人(0.8%)
50歳~54歳の男性の場合、定期的に検診すると、前立腺癌と診断された1万人に10人が前立腺癌死することになります。また、検診をしない場合には、前立腺癌と診断された1万人に7人が前立腺癌死することになります。
70歳~74歳の男性の場合、定期的に検診すると、前立腺癌と診断された1万人に100人が前立腺癌死することになり、検診しない場合には、1万人に80人が前立腺癌死することになります。
実数を割り出して比較しても、やはり検診群の方が非検診群よりも悪いことになります。
さてさて、何もPSA検査が悪いと言っているのではありません。PSA検査の異常=前立腺針生検=前立腺癌の発見=前立腺癌治療、この一連の流れの中に、隠れ潜んでいた前立腺癌を悪化させる原因があるのです。おそらく、前立腺針生検がそうでしょう。
PSA検査を行い、高かった場合には、『前立腺癌が存在するかも知れない』という気持ちで、勇気を持って前立腺針生検をせずに、さっさとマイルドな前立腺癌治療(前立腺肥大症の治療)を始めればよいのです。前立腺肥大症の抗男性ホルモン剤(アボルブ・プロスタールなど)を投与することで、前立腺肥大症とともに前立腺癌も委縮していくでしょう。この治療で前立腺癌が治療に抵抗して発育するのならば、前立腺針生検で前立腺癌を確認してから手術しても放射線治療を行っても、おそらく進行するのでしょう。この文献からは、そのように理解できます。
【後書き】
データの統計処理は、生(なま)のデータでは比較しにくいものを母集団を統一したり様々なファクターを補正して、分かりにくい真実を比較検討できるようにする手段です。あくまでも生データの真実・本質を正確に反映するものでなければなりません。
ところが今回のこの文献は、調査を実施した研究者たちの意図(PSA検診は国民の健康に極めて有用だ!)を反映させるべく、生データを統計処理によって本質を歪曲して解釈しているように思えます。この手法は「結論が先にありき」と思われます。逆に、意識的に誤った方向へ大衆を導こうとさえしているように思えてなりません。
研究者たちは、報告内容の印象をそのまま信じるのではなく、生データを一度咀嚼して吸収し、改めて自分たちの判断で結論を導くべきです。
| 固定リンク
コメント