前立腺癌検診と前立腺癌生存率 前立腺癌検診ガイドラインから
たまたま、購入した本をペラペラめくっていくうちに、前立腺癌検診群と非検診群の生存率比較を論じている部分を読んで疑問を感じました。
斜め読みをすると、なるほどなるほどと理解してしまいますが、データの解釈に落とし穴があるように思えたのです。
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その部分を拡大した写真です。
外国のある地域で、前立腺癌検診を定期的に実施した検診グループ21210人と前立腺癌検診をまったく実施しなかった非検診グループ21166人の5年生存率を比較した研究報告の評価です。
検診グループからは、21210人中1339人(6.7%)の前立腺癌が見つかり、非検診グループからは、21166人中298人(1.4%)の前立腺癌が発見されたというものです。ここで、検診の優位性が評価されます。
5年生存率を各治療で比較すると、手術した場合、検診グループが84.4%、非検診グループが58.9%、放射線治療の場合、同じく71.0%と58.0%、ホルモン治療の場合、40.5%と16.3%という結果になりました。
検診グループで発見された前立腺癌は、どの治療においても非検診グループの前立腺癌に比較して、5年生存率が高く、検診することの重要性が際立ちます。
結果から、検診グループの方が前立腺癌を早期発見でき、悪性度が増す前に前立腺癌を発見して治療できたと考えられました。これを表にすると次のようになります。
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・・・・・・・・・・・ 人数 癌発見 手術 放射線 ホルモン
・・・・・・・・・・・ 5年生存率 〃 〃
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検診グループ 21210人 1339人 84.4% 71.0% 40.5%
非検診グループ 21166人 298人 58.9% 58.0% 16.3%
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ここでちょっと意地悪な見方をしましょう。
5年生存率を5年死亡率の観点から見ると、次のようになります。
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・・・・・・・・・・・ 人数 癌発見 手術 放射線 ホルモン
・・・・・・・・・・・ 5年死亡率 〃 〃
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検診グループ 21210人 1339人 15.6% 29.0% 59.5%
非検診グループ 21166人 298人 41.1% 42.0% 83.7%
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各治療の具体的な人数が記載されていないので、正確なことは言えませんが、極端な数字で比較してみましょう。
全員が各治療をそれぞれ単独に受けたとして、死亡人数を上の表から計算すると、
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・・・・・・・・・・・ 人数 癌発見 手術 放射線 ホルモン
・・・・・・・・・・・ 5年死亡実数 〃 〃
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検診グループ 21210人 1339人 208人 388人 796人
非検診グループ 21166人 298人 122人 125人 249人
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どの治療法を受けても、検診グループの方が死亡人数の実数が多くなります。
ここで検診グループを特別扱いにして、検診グループがすべて手術可能な前立腺癌だったとして5年死亡率を計算すると、1339人×15.6%=死亡人数は208人です。
また、非検診グループ全員が手術や放射線治療ができない進行した患者さんで、全員ホルモン治療しかできなかったとして計算すると、298人×83.7%=死亡人数は249人です。
ここまでお膳立てして、やっと、本当にやっと検診グループの前立腺癌患者さんの予後の実数が、非検診グループに比較して良かったことになります。現実には起こり得ない割合ですが・・・。
ここまで面倒な計算をしなくても初めの人数がすべてを示唆しています。
つまり検診をしなかったグループの方が、前立腺癌になった数は、検診グループと比較して、たった22.3%に過ぎませんでした。それぞれの5年生存率は確かに検診グループの方が良かったのですが、この%を超えるほどの良さではありませんでした。
つまり検診グループの方が前立腺癌にかかる患者さんが4倍以上多く、生存率が優位に良かったとはいえ、5年間生存できない患者さんの実数もはるかに多かったということが分かりました。いくら生存率が良かったとはいえ、母集団が21210人と21160人とほぼ同数にもかかわらず、死亡人数の実数が明らかに多くなるのでは、何のための検診か分かりません。
もしも、この生存率の5年生存率のデータが検診グループの方に味方するとすれば、癌発見者の数が同数に近い場合に限り有効です。つまり、非検診グループも1339人の癌患者さんがあった場合に限りです。
検診グループで癌発見が多かったので研究者は喜んでいたのでしょうが、逆にこれが致命症で、検診の優位性を否定してしまった研究になったのです。結論として、むやみに前立腺癌検診をしてはならないという教訓だけが残ったのです。
私たちは、少なくても凡人の私は表向きのデータに大いに惑わされます。
『検診グループが常に優位に違いない!』という確信に満ちた思い込み・盲信が、データの解析を誤った方向に導き、結果として一般人を不幸にさせてしまっています。
このデータは外国の論文ですが、意図してこのように評価したとすれば、前立腺癌で有利になる団体が後押しをしているのかも知れません。また、意図していなかったとすれば、この論文を評価した外国の医学専門誌の力量が知れます。
もちろん、この内容だけで前立腺癌検診を否定できるとは思えません。その他の文献的データから、さらに深い考察が必要でしょう。
【補足】
このブログのコメントをヒントに、次のような表を作りました。
すべての治療法がそれぞれ同じ数だけ平均して実施されたとして、その治療法における平均5年死亡率を計算すると、下の表になります。
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・・・・・・・・・・・ 人数 癌発見 治療による 治療による
・・・・・・・・・・・ 平均5年死亡率 平均死亡実数
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検診グループ 21210人 1339人 34.76%・・・・・・・・465人
非検診グループ 21166人 298人 55.6%・・・・・・・・166人
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その平均5年死亡率から、平均5年死亡実数を計算すると、検診グループは465人、非検診グループは166人になります。
検診グループは、治療による平均死亡率は明らかに低いですが、死亡実数に関しては、非検診グループの2.8倍も多い結果になります。
どんなに率が良くても、実数がはるかに悪ければ意味がないと結論付けるのは、素人でも容易に判断できます。
非検診グループを上回るためには、平均5年死亡率が12%を下回らなければなりません。つまり検診グループのすべての治療に対する平均5年生存率が88%を超えなければならないことになります。現実的には不可能な数字です。
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コメント
高橋先生の、いつもの鋭い分析力には敬服致します。
確かに、素人目にも検診群はPSAの値から、少しでも怪しい人が、ガンとして認識されたと解釈されます。一方、非検診群からどうしてガンが発見されたかは不明ですが、多分、何らかの症状を訴えてから、つまり、かなり進行してからガンが発見されたと言うことでしょうか。
【回答】
おそらく前立腺肥大症の症状が出現し、触診で前立腺を触診したら前立腺癌を触れたというのが大方の状況でしょう。
先生がご指摘されましたように、調査総数に対する生存者の数は推測するしかありませんが、各治療法が均等に選ばれたとしても、死亡数には3倍近くの差があります。PSAでガンを早期認識して、ガン患者となって、何らかの治療を施す方が危ないと解釈できそうです。
【回答】
前立腺針生検が危ないのであって、PSA検査の段階で検査をストップして、マイルドなホルモン治療するのがベストでしょう。
PSAによる検診を続けながら、怪しそうな結果が出ても、じたばたせずに、理解のある医師の指導の下に適切な処置を行いながら様子を見ると言うのが正解!と言うことになりそうですが?先生はいかがお考えになりますでしょうか。
【回答】
私も、そのように考えます。
次の記事を楽しみにしております。
【回答】
ありがとうございます。
投稿: | 2010/10/26 16:33