前立腺癌のPSA産生能力
私が大学の医局員だったころ、研究のためPAP(PSAが世に出る以前の腫瘍マーカー)に蛍光抗体法で染色して前立腺癌を観察しても、周囲の正常な前立腺組織と比較して、取り立てて前立腺癌の発色は際立ってはいないのです。それどころか、発色がいまいちの印象がありました。PAP=前立腺癌と信じられていた時代ですから『???』と疑問で頭はいっぱいです。私の染色法が失敗か?とも思っていました。
しかし、よくよく考えてみれば当たり前のことです。
正常の前立腺細胞は前立腺液=PSAを分泌するのが仕事の細胞です。その細胞が、PSAを産生するエネルギーを分裂・増殖に配してしまったのが、前立腺癌細胞の本質と考えれば納得がいきます。分裂・増殖にエネルギーを持っていかれるのですから、PSAの産生・分泌が二の次になるのは必定です。
では、なぜ血清PSA値は正常よりも上がるのでしょうか?
これは、PSAが納まるべき形で正常な組織構造に存在しないために起きる現象なのです。つまり前立腺癌によって崩れてしまった正常の組織構造が、PSA値が高くなる原因になるのです。
【PSA値が高い=癌細胞の正常組織構造の破壊】に他ならないのです。PSA値が高ければ高いほど、癌による前立腺破壊が進んでいると考えるべきでしょう。
見方を変えれば、本来PSA産生能力がないのに、正常組織構造の破壊・崩壊が血清PSAを高くするための増幅装置の役目を担っているとも考えられます。
前立腺組織の破壊は前立腺癌に限って起きる現象ではありません。
前立腺炎でも前立腺肥大症でも前立腺外傷でも前立腺マッサージなどでも生じます。それらの原因をすべて排除した時に残る最後の原因が、前立腺癌だと考えると、PSAにまつわるいろいろなデータやその解析・解釈の本質が垣間見えてくるでしょう。
この図で示すように、%free-PSAはグレイ・ゾーン(PSA4~10)の範囲での前立腺肥大症と前立腺癌の鑑別に役立つ指標です。
PSA-densityは、前立腺肥大症と前立腺癌の悪性度(グレソン・スコア7まで)の鑑別に役立つ指標です。
専門書には、上に掲げた内容の一節があるにもかかわらず、その観点からの理論展開はしていません。
あくまでもデータの解析と解釈に徹しています。「木々の枝ぶり」ばかり見ていて「森全体」が見えない状態です。研究者の陥りやすい癖です。原因は幼稚園・小学生から大学生・医師に至るまで英才教育を受け、いかにIQを高めるかを競い合って、そのような効率的な思考方法が「よし」とされてきたからに違いありません。眼先のことしか見えないので、ゆっくり考えてその緩やかな流れに眼をやり、太公望や仙人のように振る舞うと理解できる、そんな本質も存在するかも知れません。
【参考文献】
「早期前立腺癌モノグラフ」
ニューヨーク市スローン・ケタリング記念癌センター
前立腺癌センター副所長
大堀理 著
泌尿器科主任教授
ピーターT.スカルディーノ 著
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コメント
何時も貴重な情報発信有難う御座います。前立腺に関する新しい見識を拝見するに、病気の克服に勇気付けられます。さて、あるHPで次亜塩素酸カルシウムを服用することで、前立腺癌が消失したと言う記事を見かけました。医学生なら誰でも次亜塩素酸カルシウムが体内で生成して解毒殺菌作用を発揮することを教わっているとのことでした。もしそうなら、製薬業界真っ青の新説となりますが、癌に悩む人には大きな福音です。先生の見解は如何でしょうか。
【回答】
次亜塩素酸カルシウムはプールの水に入れる消毒薬です。
一般的には「サラシ粉」といわれる消毒薬です。
これが病原菌や癌細胞を殺すことは分かりますが、あくまでもミクロの世界での話です。白血球・リンパ球・組織球などの免疫細胞が標的の細菌に対して周囲に漏れないようにしながら微量を一瞬にして産生し攻撃し、すぐに中和される物質です。
それを大量に摂取したから、これらのシステムを超越して癌に対して効果があり、そして人体にほとんど悪影響がないとは思えません。
例えば、塩酸や硫酸を細菌や癌細胞にかければ、死滅するのは当然ですが、それを服用したから体の悪い部分だけに効果があるとは思えません。
一般の医学理論を越えた理論がなければ信じられません。ところがご指摘の文献は、一般的な医学理論での次亜塩素酸カルシウムの働きを解説し、その上で服用をすすめているのが納得できません。
前立腺癌は、ホルモン治療で一度は完全消滅します。しかし、5年~10年くらいの期間で30%前後の方に再発するのです。この文献の前立腺癌患者さんがホルモン治療を全く受けていなければ、信憑性は高いでしょうが、ここには残念ながら、そのことが記載されていません。
投稿: | 2010/04/22 18:54