早期前立腺癌統計のデータ解釈 #3
このグラフは前立腺手術で摘出され前立腺に含まれた癌組織の体積を年代別に比較したものです。
近年、グラフで示すように「臨床的に意義のない前立腺癌」が増えています。要するに手術をしなくてもよかった患者さんが増加しているのです。グラフで見ると、前立腺手術を実施された20%以上の患者さんが、実は手術が無意味であった可能性があるのです。
癌なのに『臨床的に意義がない?』と、『???』に思われる方も多いと思います。つまり、手術しなくても、その患者さんにとっては生命をまったく脅かさないであろう前立腺癌の一群を意味します。
具体的には、病理進行度がT1で、前立腺癌組織の全ての体積が0.5cc以下で、組織悪性度がグレソン・スコア5以下の癌を指します。
これらの基準を満たしている癌は、2倍の大きさになるまで10年~20年の期間が必要で、場合によっては発見されてからその患者さんの本来の寿命までの期間よりも長くなることがあります。
「・・・手術しなくても、その患者さんにとっては生命をまったく脅かさない・・・」と書きましたが、もっと突き詰めれば、手術したために寿命を短くする可能性もあります。人間の体から、臓器を一つ取り去る訳ですから、体に影響があると思われても仕方がないでしょう。
基準の0.5ccを大したことのない大きさだと思われるでしょう?
60kg体重の人間には約60兆個の細胞が含まれています。単純に1kgで1兆個の細胞数と考えれば、0.5cc≒0.5g≒5億個と推定できます。
つまり、0.5ccの大きさの癌には5億個の癌細胞が存在することになるのです。驚くべき数です。
このグラフは、PSA検査値と「臨床的意義のない前立腺癌」の相関を表すものです。
PSA値4以下で32%、PSA値4~10の範囲で16%の患者さんが「臨床的意義のない前立腺癌」だったことになります。
PSA検査で癌を疑われ、針生検を行い、結局、前立腺全摘出手術を受けたことが、良かったのかどうか疑われる患者さんが存在する事実です。
少なくても、直腸触診で硬結が触れずに(T1)、針生検でグレソン・スコア5点以下であるならば、待機治療を選択すべきであろうという事実もありますが、これを読む泌尿器科医の方々は、どう思われますか?
癌が見つかれば、早期発見・早期治療の考え方で、積極的に治療を行い、癌を根絶やしにした方が良いのに決まっています。またそれが常識でしょうが、現実はそうではなさそうなのです。「現実は小説よりも奇なり」ということわざがあるように、医学も含めた私たちが思いつく常識よりも、現実・真実はもっと深くもっと広大なのです。
【関連ブログ】
早期前立腺癌の解釈 #1
早期前立腺癌の解釈 #2
【参考文献】
「早期前立腺癌モノグラフ」
ニューヨーク市スローン・ケタリング記念癌センター
前立腺癌センター副所長 大堀理 著
泌尿器科主任教授 ピーターT.スカルディーノ 著
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コメント
相変らずの鋭い分析に敬服致しました。医学の知識の有無に関わらず、待機治療のことに理解を示してもらうのは難しいのでは無いでしょうか。一般的に、癌を克服するには早期治療に限る、治療も即手術、即放射線、即抗癌剤しか選べない、と言うのが常識になっているようです。待機治療は医師から見ればお金にならないかも知れませんが、患者側から見れば、お金を払っても良いから、これらの治療も考えて欲しいと言うところでは無いでしょうか。次回の記事を心待ちにしております。
【回答】
頑張ります。
投稿: | 2010/03/03 14:07