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前立腺肥大症の2つのタイプ

超音波エコー検査の2D画像と3D画像を比較していくうちに、「?」と気がつくことがありました。
大きな前立腺肥大症が、2D画像では同じように見えても、3D画像では2つのタイプが存在するように見えるのです。
超音波エコー検査機器の特性(機器内のソフト特性)でそのように見えるのかも知れません。たまたま、同じものが、何かの条件で違った所見として捉えられるのかも知れません。超音波エコー診断装置で3D・4Dの複雑なソフトというフィルターを通過してきた情報ですが、思わぬ発見をしたのです。
機器による幻覚かもしれませんが、機器にだまされたと思って信じ、仮説を立て考察してみました。
Bphbns21378m743【タイプ1】
74歳の男性患者さんです。地元の社会保険病院の泌尿器科で、10年前から前立腺肥大症で治療を受けています。ハルナールを服用していますが、日中9回、夜間4回の頻尿があります。
前立腺ガン腫瘍マーカーであるPSAが25と高値になったので、過去に3回も前立腺針生検を行なっていますが、いずれも異常なしの結果です。
セカンド・オピニオンで来院されました。
超音波エコー検査2D画像では、膀胱に突出した前立腺肥大症を認めます。大きさは約70ccで正常(20cc前後)の3倍以上の体積です。明らかに大きな前立腺肥大症です。
側面像でくびれている部分が膀胱出口で白く見えるのが前立腺結石です。

Bphbns21378m74超音波エコー検査3D画像の膀胱側から観察した所見です。膀胱出口の小さな穴が確認でき、その周囲を盛上がった前立腺が確認できます。

Bphbns21378m742超音波エコー検査3D画像で、上の画像の裏側から観察した所見です。
不思議に見えませんか?洞窟のように伽藍堂です。所どころに観察できる塊は前立腺結石です。洞窟の奥が行止まりになっていて、わずかながらスリットが入っています。それが膀胱出口でしょう。
2D画像で確認できる前立腺は、3D画像では透明になり、そのスペースが空虚な洞窟として描出されます。
3D正面像で盛上がっていたのは、前立腺肥大症そのものではなく、膀胱粘膜?なのです。

Bph21272m744_2【タイプ2】
74歳の前立腺肥大症の男性患者さんの2D画像です。
2D画像からは、【タイプ1】の患者さんと同様に、前立腺肥大症が膀胱内に突出している所見が確認できます。
前立腺の大きさは約77ccと巨大です。

Bph21272m743D画像の正面像です。
【タイプ1】の正面像と比較して「?」ではありませんか?
正面から観察しているのに、膀胱粘膜で覆われた所見ではなく、洞窟、洞穴のように空虚なスペースが直接観察できます。
この画像からは次のことが分かります。
この大きな空洞が前立腺そのものとすれば、膀胱三角部まで巻き込んでいます。すると左右の尿管口は圧迫されますから、腎臓から膀胱への尿の流れが悪くなる筈です。
患者さんは、案の定、他の医療機関で水腎症を指摘されています。排尿障害があるから水腎症になったと診断されて、1日4回の自己導尿を強いられています。しかしよくよく考えてみると、自己導尿を行い残尿を減少させても、前立腺肥大症による尿管口の物理的圧迫ですから、水腎症は治らないことになります。

以前に前立腺肥大症について説明に使用したMRIの患者さんの前立腺肥大症は、このタイプでしょう。当時は3D4D超音波エコー機器がなかったので、この検査で確認することはできませんでした。

【考察】
Bphbns21378m744Bphbns21378m74
【タイプ1】の患者さんの3D画像をここで改めて詳細に観察すると、前立腺の突出した周囲が凹んで見えます。緑に着色した部分です。ここは凹んでいるのではなく、実は前立腺で3D上は透明に見えている部分なのです。

Bphbns21378m745_2Bphbns21378m742
上の写真の裏側から観察すると、前立腺の部分が正面の行止まりの周囲を回り込むように見えます。上の写真の凹んで見える部分に当たります。
Bphbns21378m746これら一連の写真から、前立腺と膀胱との勢力争いが見えます。
前立腺肥大症で前立腺が次第に大きくなると、前立腺は膀胱に向かって成長します。膀胱は前立腺の浸入を抑えようと膀胱出口周囲の膀胱平滑筋が発達してきます(赤い矢印)。そして前立腺の中心線に向かって覆いかぶさるように伸展発達します(黄色い矢印)。

Wnlmorifice・・・と単純に画像を理解していましたが・・・よくよく考えてみると、前立腺は元来膀胱の直下に位置していますから、膀胱平滑筋が前立腺に覆いかぶさっているのは当たり前です。膀胱平滑筋が伸展発達したとして考えるのには違和感を覚えます。
右の画像は、排尿障害のない男性の正常像(実は55歳の私のものです)です。前立腺は腫れていないので、膀胱下からの前立腺の隆起がほとんどありません。膀胱出口もこじんまりと小さく観察できます。膀胱出口は膀胱尿道移行部ですから、3D画像では、この程度の穴として観察できます。(実際は閉じていますが、尿道の厚さ分だけ透明に穴として観察できるのです。)

心理学のテストと同じで、見方を変える必要はあります。すると異なる本当の姿が見えてきます。
Bphbns21378m747前立腺が見える部分(赤い実線)は、膀胱平滑筋が裂けて前立腺が顔を露出して透けて見えるのだと考えると納得がいきます。そのように考えると、この画像からは膀胱出口周囲の膀胱平滑筋は3分の2は裂けたのだといえます。赤い点線の部分は、これから裂けつつあるくぼみなのかも知れません。
緑の矢印の部分は、膀胱平滑筋の縦走筋でしょう。縦走筋は膀胱出口を開くためにあるのですが、膀胱出口周囲の3分の2は切られてしまったと考えると、この患者さんの縦走筋による膀胱出口の開かせる能力は、一般の男性の3分の1以下(33%以下)ということになります。

また、膀胱平滑筋が裂け、前立腺が露出している周囲の盛上がりが気になります。これは膀胱平滑筋が裂けてその断端が団子状に固まった姿かも知れません。膀胱平滑筋が裂けていない周囲の膀胱平滑筋が平坦であることからも想像に間違いはないでしょう。そのような膀胱平滑筋の盛上がりは、機能的には何の役目も果たさないです。

さて、これでは膀胱の本来の力だけでは排尿は十分にできません。そのため腹圧をかけて力んで何とか排尿することになるのです。膀胱出口周囲にわずかばかり残されている膀胱平滑筋は孤軍奮闘頑張っているので、一見してマッチョです。最後のあがきにも見えます。

このように前立腺の膀胱内成長を抑えるように膀胱平滑筋が発達したのが【タイプ1】で、前立腺の膀胱内成長を容易に許してしまったのが、膀胱平滑筋の発達が前立腺周囲にとどまる【タイプ2】なのです。


Bphtypeイラストの青い大きな円が膀胱、緑のだ円が前立腺肥大症です。赤い部分が発達した膀胱平滑筋です。

Bphtypearrow_2タイプ1では前立腺の上に膀胱平滑筋が覆って、前立腺の浸入する力(緑の矢印)と膀胱平滑筋の抑え込む力(赤の矢印)が均衡状態です。
タイプ2では膀胱平滑筋が前立腺に道をゆずるように前立腺が膀胱に浸入(緑の矢印)しています。

イラストから患者さんの症状を予想すると次のようになります。
タイプ1は、発達した膀胱平滑筋が前立腺を覆っていますから、排尿時に容易に開いてくれるとは思えません。そのため「出が悪かったり」、「すぐに出なかったり」の症状があるでしょう。
タイプ2は、膀胱出口に前立腺が顔を出しているので、排尿はそれ程苦もなくできるでしょう。しかし膀胱出口周囲に発達した膀胱平滑筋とのバランスで、排尿中に膀胱出口の振動のため、膀胱三角部が刺激されて頻尿・残尿感・夜間頻尿の症状があるでしょう。

Bph3typearrow上のイラストをジッと見ていたら、右のイラストのようにも考えられることが分かりました。
つまり、タイプ1とタイプ2はそれぞれ独立した形態ではなく、タイプ1からタイプ2へ移行した、あるいは悪化したとも考えられるのです。その移行期をタイプ1.5として表現しました。
今回、タイプ1で紹介した実例は、亀裂が入っていることにより、タイプ1.5と表現した方が的確かも知れません。


★観点の違いにより、次のように名称を考えました。
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観点の違い   3D画像   解剖学的観点   膀胱平滑筋から
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タイプ 1:   キャップ帽型   正常解剖型    浸入阻止型
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タイプ 2:    ドーナツ型    貫通型       開放型
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★予想可能な臨床的違いは、次のようでしょう。
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臨床的違い α-ブロッカー  PSA値  
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タイプ 1:  α1dが効く    高い   前立腺ガンと誤診
                         結果、何回も針生検
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タイプ 2:  α1aが効く    正常   
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★予想可能な臨床症状の違いは、次のようでしょう。
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臨床症状の違い  臨床症状  前立腺大きさ
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タイプ 1:   ポタポタ・出難い  小さい 慢性前立腺炎と誤診
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タイプ 2:   頻尿・残尿感    大きい
         会陰部痛     小さい場合は慢性前立腺炎と誤診
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ではタイプ1とタイプ2とでは、どちらが重症なのか?は、現時点では不明です。これから、このような観点で観察すればハッキリするでしょう。

Bph77m183732【実例】
77歳前立腺肥大症の男性です。前立腺の大きさは61ccです。
【タイプ1】です。
Bph3d12027m6833cc【実例】
68歳前立腺肥大症の男性です。前立腺の大きさは33ccです。
【タイプ1】です。
Bph18108m633d【実例】
63歳前立腺肥大症の男性です。前立腺の大きさは33ccです。
【タイプ2】です。
Bph3d11624m5037ccpsa49【実例】
50歳前立腺肥大症の男性です。
前立腺の大きさは37ccです。
【タイプ2】です。

Bph21394m7159cc【実例】
71歳男性です。夜間5回の頻尿です。日中は10回です。
前立腺の大きさは59ccです。
【タイプ1】です。

Bph21394m7159cc2上記の画面から深部にピントを合致させた所見です。
膀胱平滑筋が尿道に沿って二枚貝のように前立腺内に浸入しているのが判別できます。

いかがですか?前立腺肥大症のタイプが容易に判別できるでしょう。大学病院の泌尿器科医でさえ知りえない事実をあなたは理解し会得したのです。
外観だけでは支離滅裂・一貫性がないように思える現象も、ひとたび理由が分かれば、その姿形に規則が見えるのです。
その昔、お釈迦様が「ハッ?!」と悟りを開いた一瞬は、このような想いだったのかも知れません。

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PSA検診の動向

PSAとは、前立腺ガンの腫瘍マーカーです。
腫瘍マーカーとは、特定のガンに呼応して数値が変動する生体検査を意味します。
血液中PSAは、正常値が4.0以下ですが、前立腺ガンの存在で4.0以上の値になり、10.0以上で前立腺ガンはほぼ90%以上の確率で存在します。
住民健診で、前立腺ガン検診(PSA採血)を行なう自治体が増えつつあるのですが、それを否定するような研究結果が下記の記事のように出たのです。
前立腺ガンが存在しても死なないという潜伏ガンについて、以前に説明しました。
その事実と照らし合わせて考えてみると・・・どちらの意見が正しいのか?・・・面白いでしょう。

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前立腺がん厚労省研究班、分裂…5人脱退へ 泌尿器科医、検診否定に反発

記事:毎日新聞社

【2007年10月16日】
前立腺がん:厚労省研究班、分裂…5人脱退へ 泌尿器科医、検診否定に反発

 前立腺がん検診の有効性を検討する厚生労働省研究班(主任研究者、浜島ちさと・国立がんセンター室長)が、「PSA(前立腺特異抗原)検査による集団検診は勧められない」との報告書案をまとめたことに関し、メンバーや研究協力者の泌尿器科医5人が研究から脱退する意向を示していることが分かった。「内容に責任を持てない」ことが理由。PSA検査による集団検診は市町村の7割が実施しており、研究班の分裂は自治体に混乱を招きそうだ。

 研究班は主任研究者と分担研究者9人(うち泌尿器科医1人)で構成。研究協力者11人(同4人)も研究に参加する。脱退を表明した5人はいずれもPSA検診推奨の立場を取る日本泌尿器科学会の会員。連名で研究班に文書を送り、脱退のほか、今月末完成予定の報告書に名前を掲載しないことも求めている。

 分担担当者で脱退を表明した伊藤一人・群馬大准教授は「議論は最初から結論ありきで泌尿器科医の意見は受け入れられなかった」と話す。一方、浜島室長は「議論を重ね、経緯も報告書に盛り込まれている」と説明する。

 PSAは、前立腺の組織が壊れると血液中に漏れ出るたんぱく質。報告書案は、国内外の研究論文を評価した結果から、「PSA検査を使った集団検診に、死亡率減少効果があるかどうかを判断する根拠が不十分だ」とした。一方、泌尿器科学会はPSA検診を推奨する見解を表明し、学会独自の前立腺がん検診の指針を刊行する準備を進めている。

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1日4回の自己導尿

福島県在住の74歳の男性患者さんです。
人間ドックで両側の水腎症(すいじんしょう:尿の流れに障害があり腎臓がパンパンになること)を指摘され、地元の有名な病院の泌尿器科で精密検査したところ、「神経因性膀胱」と診断されました。
要するに膀胱に力がないための排尿障害と診断されたのです。治る病気ではないと告げられ、今年の4月から毎日4回~5回の自己導尿(じこどうにょう:自分で尿道から膀胱へカテーテルを挿入して排尿すること)を指導されて行なっているそうです。
患者さんは何とかならないものかと高橋クリニックを受診しました。

Bph21272m7442D超音波エコー検査では大きな前立腺肥大症を認めます。
その大きさ、何と77cc!、正常の大きさが25cc以下ですから普通の男性の3倍以上の容積です。
誰が何と言おうと押しも押されぬ立派な前立腺肥大症です。

Bph21272m743D正面画像です。
ゲイン(感度)を調節して前立腺組織は透けていますから、大きな洞窟が見えます。

Bph21272m742メジャーで洞窟の中ごろを間口と高さで測ると、4.37cm×2.65cmです。手前の方がもっと広いですから、膀胱内に突出した前立腺肥大症ということが分かります。
Bph21272m74enhance上図を線画風に強調したのがこの写真です。
★印が膀胱平滑筋の肥厚した部分です。
前立腺内にまで膀胱平滑筋が浸入しているようにも見えます。

Bph21272m7433D背面画像では、最大径で同様に4.78cm×4.36cmというかなりの広さです。
さらに詳細に観察すると、2時と10時~8時の位置にシコリが確認できます。恐らく膀胱平滑筋の肥厚でしょう。
Bph21272m743enhance上図を線画風に強調した写真です。
★印が膀胱平滑筋の肥厚したと思われる部分です。
膀胱側から尿道側まで肥厚した膀胱平滑筋が浸入しているように見えます。前立腺内の平滑筋が肥厚したという話は聞いたことがありませんし、前立腺肥大症そのものが3D画像では透明になるので、このようには描出されません。
前立腺肥大症というと、前立腺の大きさしか議論されませんでしたが、3D画像の登場により、画像による前立腺肥大症の分析が詳細にできます。
これにより、きめ細かい治療法が確立するかも知れません。
例えば、肥厚した膀胱平滑筋にボトックス注射をするのです。むやみやたらに注射するに比べたら、効果も絶大でしょうし、副作用も出ないでしょう。

排尿障害は神経因性膀胱が原因ではなく、容積77cc(重量77g)という前立腺肥大症からくるものでしょう。
たとえ、神経因性膀胱があったとしても、結論を出すのは前立腺肥大症の治療を行なってからの判断です。
この主治医は初めから神経因性膀胱という誤診で治療した可能性があります。1日4回の自己導尿を患者さんに科すという重大な過ちを犯したことになります。

取りあえずα-ブロッカー(ユリーフ)を1ヶ月処方して様子を見ることにしました。

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