前立腺肥大症とは? #2
以前にも前立腺肥大症についての総論を述べましたが、内容が普通すぎて面白みに欠けるので、観点を少し変えて改めてここで述べます。
【概念】
前立腺は生殖に必要な臓器です。加齢とともに生殖が必要ではなくなるので、前立腺は退化します。退化の仕方が2通りあります。それが前立腺萎縮と前立腺肥大症です。
私が研修医になった28年前頃は、前立腺萎縮:前立腺肥大症が4:1であったのが、最近では前立腺萎縮:前立腺肥大症が1:4と逆転しています。ペニスの大きい男性=高齢になっても性行為は現役=前立腺肥大症という印象でしたが、今ではその法則は成り立ちません。
なぜ萎縮から肥大へと移行したのでしょう?理由は近年の食生活の欧米化、高カロリー・高タンパク・高コレステロールにあるのだと私は考えています。
右の写真はMRI検査で観察された前立腺肥大症です。前立腺の周囲との位置関係は写真をクリックしていただければ分かります。
さて、前立腺肥大症=前立腺が大きいということではありません。ここが誤解されるところです。前立腺肥大症とは病理学的組織検査の結果の診断名です。顕微鏡で判別する診断名ですから、前立腺肥大症のサイズが小さくても、前立腺肥大症は前立腺肥大症なのです。臨床医が前立腺肥大症による排尿障害の患者さんを目の前にして、前立腺は大きくないから前立腺肥大症ではないと、誤診する医師が多いのに驚きます。
【症状】
前立腺肥大症の多岐に渡る症状をスコア化して、誰でもが客観的に共通に評価できるようにしたのが国際前立腺症状スコア(IPSS)です。
前立腺肥大症の症状をすべて網羅している問診表ではありませんし、現在でも賛否両論ありますが、世界共通の問診表です。
A・B・D・Gが膀胱・前立腺刺激症状の質問です。
C・E・Fが排尿障害の質問です。
最後の質問が、患者さんの主観的満足度、つまりQOL(生活充実度)を質問します。
まったくの健常者はスコア0点です。
スコア6点以下であれば、症状はあるが治療の必要はないと判断します。
スコア7点から21点の間は、検査をした方がよいでしょう。
スコア22点から35点は、必ず検査・治療を受けましょう。
【検査】
直腸診
以前でしたら、直腸診という触診が必ず行われるべき検査でした。触診で大きければ前立腺肥大症、大きくなければ正常と診断されていました。
右のMRI写真で、肛門から医師が指を入れて直腸診で触診できるのは、赤の部分のラインだけです。
直腸診だけでは、医師は前立腺を赤いラインで囲まれた大きさしかイメージしません。30cc以下の大きさです。
しかし,このMRI写真を前立腺だけを緑で囲めば、実際には40cc以上の大きさがありますから、本当の前立腺の大きさよりも小さく認識してしまうのです。
私でも直腸診だけの診察であれば、同様に誤診してしまいます。
●超音波エコー検査
この患者さんのように前立腺の位置が膀胱側に片寄っている人の場合は、触診では前立腺は大きく触れないという欠点があります。その誤診を避けるために必ず行なわなければならない検査として超音波エコー検査があります。超音波エコー検査には経腹式超音波エコー検査(腹部エコー)と経直腸的超音波エコー検査に分けられます。
膀胱と前立腺の位置関係を判別するためには、腹部エコー検査の方が優れています。逆に経直腸的エコー検査は前立腺ガンに診断に有用です。
●尿流量測定ウロフロメトリー検査
【正常な尿流量測定ウロフロメトリー検査曲線】
(日常診療のための泌尿器科診断学㈱インターメディカから複写)
尿の勢いを具体的に目に見えるようにデータ化したのが尿流量測定ウロフロメトリー検査です。
グラフの縦軸が排尿速度(勢い)でグラフの横軸が排尿時間です。
左のグラフが前立腺肥大症患者さんの勢いで、右のグラフが健常者の勢いです。一目瞭然です。
●内視鏡検査
十分に麻酔をかけて行う検査です。患者さんが痛がるようでは、泌尿器科医として失格です。
画面の中央下に見えるのが、精丘です。精嚢腺からの精液噴出孔です。精丘の周囲にはゴマのような石灰が確認できます。排尿障害の所見です。
左右から圧迫しているのが前立腺(前立腺肥大症)です。正面に見えるはずの膀胱出口が確認できません。
同じ患者さんの超音波エコー検査の所見です。前立腺が膀胱側に突出しているのが判別できます。
膀胱出口から尿道に沿って石灰が確認できます。精丘も石灰で白く見えます。(前立腺というマークの真下)
内視鏡手術を行なって、カテーテルを抜いた直後の超音波エコー検査所見です。
十分に切除されたのが分かります。膀胱三角部が本来の位置に戻っています。
同じ患者さんの内視鏡手術直後の所見です。精丘から膀胱出口を確認できるようになりました。切除した量は、10gも満たないわずかな量です。
この患者さんは前立腺肥大症の中葉肥大タイプです。正面に崖のように粘膜が行く手をふさいでいるように見えます。本来なら、精丘の後には膀胱出口が確認できなければなりません。
左右から圧迫しているのが前立腺(前立腺肥大症)です。
●尿道造影
造影剤を尿道から膀胱に向かって注入するレントゲン検査です。造影剤で作った影絵で、尿道の圧迫の幅と圧迫の長さなどから前立腺肥大症の状態を想像するのです。排尿とは逆向きの流れを作るわけですから、検査中は多少の不快感や痛みを伴います。
しかし、私はこの検査をほとんど行ないません。超音波エコー検査で、前立腺肥大症の様子が手に取るように分かるからです。昔ながらの医師が未だに行っているでしょう。
【診断】
前立腺肥大症を診断するためには、問診と直腸診、超音波エコー検査、尿流量測定ウロフロメトリー検査、残尿量測定検査、尿一般検査の少なくとも5つの検査を行うだけで十分です。
これら検査で、前立腺の大きさ、排尿障害の程度、患者さんの悩みが把握でき診断できます。
検査結果をすべて平等の価値として把握し、前立腺の大きさにのみとらわれることなく診断しなければなりません。
前立腺の大きさは、前立腺肥大症の必要条件かもしれませんが、十分条件ではありません。大きさが20cc~25cc内の正常範囲であっても、排尿障害などの症状が出てくるからです。
【内科的治療】
●生薬
パラプロスト
エビプロスタット
セルニルトン
どのお薬も前立腺肥大症の軽い症状に処方します。
前立腺肥大症の排尿障害による前立腺の炎症を軽減させ、排尿を促進させます。
●漢方
八味地黄丸
牛車腎気丸
八味地黄丸はテレビ・コマーシャルでおなじみの市販薬のハルンケアです。
前立腺肥大症の症状は、漢方でいう「腎虚」という下半身の衰えの症状の一つです。ですから、坐骨神経痛・足の冷え・足のシビレ・ED・足腰の弱りなどと一緒として治療されるので、これら漢方薬になります。
●ホルモン剤
プロスタール
正式には抗男性ホルモン剤です。前立腺肥大症は男性ホルモンで成長します。ですから男性ホルモンを抑えれば、前立腺は萎縮するのです。
しかし、最近はこの治療は下火になりました。なぜなら、前立腺が萎縮しても排尿障害が治らないことと、男性ホルモンを抑えることで男らしさが失われる、男性としてのQOLが低下するからです。
●αブロッカー
前立腺肥大症の排尿障害治療薬として、αブロッカーがあります。本来、αブロッカーは、高血圧の治療だったのですが、前立腺組織の平滑筋がαブロッカーでゆるみ、排尿障害の治療薬として有効なので開発されるようになりました。
現在、前立腺肥大症用のαブロッカーは、正式にはα1ブロッカーで、前立腺に特異的に効果があり、血圧には影響のない薬です。次のようなα1ブロッカーが処方されます。
ユリーフ(α1aブロッカー)
ハルナールD(α1a>>α1dブロッカー)
フリバス・アビショット(α1a<<α1dブロッカー)
使い分けは、排尿障害症状が強い患者さんはユリーフ、排尿障害症状と膀胱刺激症状がある人はハルナールD、排尿障害よりも膀胱刺激症状が強い人か、ユリーフ・ハルナールなどのα1a優位の薬が効かない人にはフリバス・アビショットです。
【外科的治療】
●温熱治療
一時は、一世を風靡した温熱治療(高温度治療)は、下火になってしまいました。手術をしないで効果が絶大とまでいわれたのですが、効果はそれ程でもなかったのです。効果があっても1年~2年位で効果が薄れてしまうので、治療する側の医師からすれば「な~んだ」という思いが出てきたのでしょう。
原理的には、熱で前立腺肥大症の平滑筋αレセプターを焼くというものです。αブロッカーを服用しなくてもよい状態にするということですが、αレセプターというタンパク質が再生されてしまうので、効果が持続しないという結果になったのです。
各医療器械の会社が様々な製品を作りまいた。高温度の熱源が、マイクロ波・ラジオ波・レーザー光線・超音波などですが、結果は50歩100歩でした。医師に興味が薄れたので、現在、前立腺肥大症高温度治療を行なっている病院は、数えるほどでしょう。
●内視鏡手術・レーザー手術
100ワットクラスの高出力のレーザー光線で前立腺肥大症を蒸発・凝固させる方法です。
レーザー光線の波長により、手術法が変わります。
【合成写真】
一般的に行なわれようとする、執刀医の理想的な内視鏡手術後のイメージ
このイメージは、開腹手術の前立腺摘出手術のイメージです。前立腺はすべて取り去り、前立腺被膜のみを残す方法です。前立腺の大きさが40ccであれば、摘出量は40gになります。
【合成写真】
実際の内視鏡手術後のイメージ
このイメージ通りであれば、排尿障害の症状は改善されますが、膀胱・前立腺の刺激症状は改善しません。また、排尿後の、尿の切れの悪さも改善しません。
前立腺の大きさが40ccであれば、前立腺切除量は25g(25cc)程度でしょう。
【合成写真】
私は、右写真のようなイメージで手術を行ないます。
膀胱出口の前立腺を切除して、膀胱出口を十分に開くこと、前立腺部尿道が圧迫されない程度に前立腺を削ること、敏感で硬く肥厚している膀胱三角部を切開し、膀胱三角部を鈍感にすることです。
一般の手術よりも削る前立腺の部分が少ないのです。前立腺の大きさが40ccであれば、前立腺切除量は10g(10cc)程度でしょう。
こんなに少なくて大丈夫かな?とお思いになるでしょう。
この方法の方が、排尿障害の症状と膀胱・前立腺刺激症状の両方が改善するのです。
手術の差がどこにあるか分かりづらいので、下に拡大写真で説明しましょう。
一番左合成写真が、手術前の状態です。赤く塗りつぶした部分が、膀胱三角部を示しています。
中央合成写真の一般的な内視鏡手術では、膀胱出口から前立腺の中程にかけて十分に切除しているのが分かります。しかし、膀胱三角部は手付かずです。
右合成写真では、膀胱出口は十分に切除して、膀胱三角部も一部切除して薄くしています。
実際の患者さん(50歳代)の手術前・手術後の超音波エコー検査の所見です。
膀胱側に突出しているタイプの小さな前立腺肥大症の患者さんです。
上の1列目左が手術前の前立腺正面像、右が同じく手術前の前立腺側面像です。
2列目左が手術後の前立腺正面像、右が同じく手術後の前立腺側面像です。
手術後の超音波エコー検査でご覧のように、少ししか削っていないのが分かるでしょう。
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