前立腺肥大症と「ベルヌーイの定理」と「てこの原理」
前立腺肥大症の排尿障害を説明するのに、一般的には前立腺の大きさが云々(うんぬん)されます。
例えば、「大きいから出にくいでしょう」とか、「小さいからまだ治療しなくてもよいでしょう」という具合です。
本当に前立腺の大きさだけで排尿障害の程度を云々してよいのでしょうか?
この図は、尿をためている際の下部尿路の状態です。膀胱・前立腺・尿道の順に図式されています。
黒い矢印は、上から順に、内尿道括約筋(膀胱平滑筋)、前立腺内平滑筋、外尿道括約筋(骨格筋)です。
平常時は、これら筋肉は閉まっていて尿を外に出さないようにしています。
さて、ひとたび排尿命令が脳中枢から伝達すると、これら筋肉はいっせいに開放されて、排尿になります。
白い矢印は各筋肉がゆるんでいる状態を示します。勢いよく青い矢印のように排尿されます。
前立腺肥大症の排尿障害を説明するのに必要な物理学の法則として、ベルヌーイの定理があります。この定理は流体力学に必ず出てくる重要な法則です。排尿の尿流は流体力学の素材でもありますから、この定理を知った上で、前立腺肥大症の排尿障害を考えると、とても理解しやすくなります。
空気や水などの粘性のない流体が、一定の閉ざされた空間を流れる時、どの時点においても流体の全エネルギーは常に一定であるという法則です。
正確ではありませんが、理解しやすい式として表すと、
P1+V1=P2+V2=P3+V3=・・・=Pn+Vn=K(定数)
P:流体の圧力、V:流体の速度
つまり、流れがゆるやかな時には圧力が増し、流れが速い時には圧力が低下するというのです。
電気掃除機の吸引口とゴミをためるダストボックスを考えれば、ベルヌーイの定理の応用だということが理解できます。吸引口は狭いので空気の流れが速く、そのため圧力が低下してゴミを吸い上げます。掃除機の本体の中では広いスペースに空気の流れが入りますので、流れの速度は遅くなり、圧力は増すので、ゴミを置いて行きます。
また、ソバを食べる時に、口元をすぼませてソバをすする自然な行為は、ベルヌーイの定理を無意識に利用していることになります。
【大きい前立腺肥大症の場合】
流体が狭い場所を通過する際に、流れは速くなるのですが、その分、圧力は低下します。そのため、大きな前立腺肥大症で狭くなった尿道を尿が通過すると、圧力が低下して前立腺が吸引(赤い矢印)され尿道はさらに狭くなります。
しかし、それ以外にも排尿障害の要因は隠れています。それは、紫の?で示した黒い矢印です。
前立腺肥大症が大きいと、膀胱出口が開いた力が梃子(てこ)の力点になり、前立腺内に仮想のてこが出現して、前立腺の出口近くをふさぐように作用点が発生します。
てこの長さが長ければ、言い換えれば前立腺肥大症の長軸が長ければ長いほど、大きければ大きいほど、この作用点の力は大きくなるので、つまりは排尿障害になります。
さらに話は続きます。膀胱の圧力を借りて狭い尿道を何とか通過した尿は、前立腺の出口部分を通過する時に前立腺出口を押し広げます。その際に今度は先ほどの仮想のてこが前述とは逆に、前立腺出口が力点になり前立腺入り口(膀胱出口)が作用点になります。つまり膀胱出口を閉じるように働くのです。
この一連の動き、つまり仮想のてこを利用したシーソーのギーコンバッタンのような動きが、1回の排尿中に前立腺の上下で生じるので、排尿効率が極端に低下して排尿障害になるのです。
このシーソー運動は、膀胱や前立腺に対して振動刺激になり、頻尿・残尿感・陰部症状の原因になります。
「前立腺が大きいから排尿障害になる」というほど簡単な現象ではありません。
この仮想のてこの原理を想定すると、ハルナールやユリーフなどのαーブロッカーが排尿障害の治療薬として作用する理由が分かります。
αーブロッカーは前立腺組織内の平滑筋の緊張をやわらげる薬理作用があります。つまり前立腺を柔らかくするのです。すると、前立腺内の仮想のてこは、柔らかいてこ、あるいは関節を持った中途半端なてこになってしまうので、作用点が消失します。あとはベルヌーイの定理で生じた吸引力のみが排尿障害の原因になるので症状が軽減するのです。
ところが、前立腺肥大症が進むと、前立腺内の平滑筋の占める割合が少なくなります。ハルナールの作用する平滑筋が少なくなれば、前立腺は軟らかくなりませんから、仮想のてこは硬いままで、排尿障害は改善しなくなります。
ここまでは、大きい前立腺肥大症の排尿障害について充分に説明しました。ご理解できましたか?
次に小さい前立腺肥大症で排尿障害が生じるメカニズムを説明しましょう。
【小さい前立腺肥大症の場合】
小さい前立腺肥大症の場合、排尿障害を来たすのは、前立腺の位置が問題になります。すなわち、前立腺の入り口が膀胱の内腔に突出している形の人の場合に、前立腺肥大症が小さくても排尿障害になります。
前立腺の入り口が膀胱の内腔に突出すると、排尿の際に内尿道括約筋(膀胱出口平滑筋)が開こうとしても、膀胱出口は十分に開放できません。膀胱に突出している部分に膀胱の圧力が前立腺の入り口を閉じるように作用するので、いっそう開かなくなります。
狭い膀胱出口=前立腺入り口から尿が尿道に流れるので、尿流はジェット流状態になります。流体の運動エネルギーは増加しますから、圧力は極端に低下して前立腺に対して吸引力が働きます。そのため、ますます前立腺部尿道は狭くなり、排尿障害は悪化します。
ここでさらに排尿障害を悪化させる力(紫の疑問符が示す黒い矢印)が作用します。
何となく想像できるでしょう?大きな前立腺肥大症のところで説明した仮想のてこがここでも登場するのです。
小さな前立腺肥大症の場合は、前立腺の出口部分は十分に開いています。すると前立腺内の仮想のてこが、その部分で力点になり、膀胱出口=前立腺入り口部分を閉じるような力の作用点が生じます。
大きな前立腺肥大症の排尿障害と違う所は、ギーコンバッタンのシーソー運動にならないということです。すなわち、常にこの形のままなのです。もしかすると、大きな前立腺肥大症よりも排尿障害が強いのかも知れません。
αーブロッカーであるハルナールが、仮想のてこを壊してくれますから、膀胱出口の作用点の力は消滅します。ですからこのタイプの前立腺肥大症にもハルナールは効くのですが、いかんせん、前立腺の膀胱内突出はなくなりませんから、構造欠陥による排尿障害は残ります。
前立腺肥大症が小さく、ハルナールが効かないので、「治療の必要なし」「気のせい」「年のせい」と誤診されるのが、このタイプの前立腺肥大症です。
また、膀胱にとって、無理やり吹けないトランペットを吹いているようなものなので、膀胱や前立腺に物理的負荷がかかります。そのため、膀胱刺激症状・前立腺刺激症状が顕著に出現する場合には、慢性前立腺炎と誤診されてしまいます。
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